15.祭典にて
ラグラージ王国の王弟殿下ジウヴァルトは表に出ることが苦手だ。
故に表の行事に顔を出すことは稀で、年に数える程度である。
その彼が数える程度に出席する行事のひとつがこの花祭りの祭典だった。
侍女達に渡された衣装は、白地に彼の瞳にあわせ青糸の刺繍が施された華やかな衣装。
白い服を好み、華美が好きではないジウヴァルトにあわせた恰好だろう。
その衣装を身に纏うだけで、一介の騎士から王弟へとスイッチが切り替わるあたり、自分にも王族の血が流れているのだと改めて実感するのだった。
準備を整えた時点で、彼は妹達の部屋へと向かうことにした。
婚約者の居ない妹達をエスコートするのは、兄弟か親かと決まっているが、今回は何故か、エディオールと自分が勤めることになっていた。
昨日、突然決定したことであるが、これはどうも一部の家臣達の思惑が絡んでいるようだった。
妹達には婚約者はいないが、一部の家臣達の間で、妹をフラムヴェルト家に降嫁させようという意見がある。勿論相手はエディオールだ。
ふざけた真似を・・・
ジウヴァルトは密やかに舌打ちを打った。
友人であるエディオールは、容姿、家柄、年齢と共に申し分がないし、妹を任せるには十分に値するいい奴だ。
妹が納得し、エディオールも納得した上での合意であるならば、自分が口を出す間もない。
だが、妹はいまだ恋に恋をしている。だからこそ、ジウヴァルトは懸念しているのだ。
妹がこれをそのまま持ち込めば、双方にとって良い結末は望めない。
恋愛にしろ政略にしろ、縁談話は時期尚早である。
そう結論が出たはずなのだが、家臣たちはそれを蒸し返そうとしている。
一部の家臣の勇み足だといいのだが、どちらにしろ、牽制はしていても損は無さそうだ。
表に出ることを嫌がる王弟殿下は、未成年ながらいつも友と妹の幸せを模索し続けているだった。
途中でエディオールと合流する。
相変わらず男性離れした美貌だと、自分の事を棚に上げ、ジウヴァルトは思った。
流れる銀糸のような髪は、まるで丁寧に櫛を通したかのようにさらさらだ。
切れ長なアイスブルーの瞳はえもいわれぬ色気を醸し出しているが、決して嫌味ではない。
一見すれば女性にも間違われそうだが、長身な上にきりりと引き締まった口元が女性らしさを払拭させている。
彼の衣装は、瞳の色に合わせ青色を基調とし、所々に銀糸で刺繍がほどこされていた。
そんなに素晴らしい衣装でも、本人が不機嫌では華やかさも半減してしまう。
彼が着ている衣装は明らかに、彼が着ることを前提にして作られていることが解る。
冷涼たるアイスブルーの瞳は、表情を読みにくいと揶揄されがちだが、ジウヴァルトに言わせれば能弁である。
エディオール自身がマイペースすぎるため、読み取れない人が多いだけで、彼の瞳は素直に感情を表す。
「式典の時だけは、その不機嫌そうな顔を引っ込めてほしいんだけどな」
エディオールの不機嫌の理由は痛いほどに理解できたので、今更、それを引っ込めろとは言えなかった。
しかし、各国要人が出席する式典でこの不機嫌顔は非常に困る。
「善処する」と彼は一言だけ答えて、ふいと横を向いた。不機嫌顔を直しているのだろうか。
しばらくして妹達が出てくる。綺麗に着飾ったサフィニアは迷うことなく、エディオールの腕を取る。
虚をつかれた彼が驚いたような表情を浮かべた。
「大臣達にはこのほうがお望みでしょうね」
にっこりと微笑む彼女は、どうやら今回の狙いについて大方の見当が付いているようだ。
「参ったな」とジウヴァルトは頭を掻いた。「まさにその通り」と彼は肩をすくめる。
「私達はそんな関係ではないのにね」とサフィニアはくすりと笑う。
貴族院からの付き合いであるためか、エディオール、ディーノはサフィニアと面識がある所か、よく遊んだ気心の知れた友人だった。あまりに近すぎて、そういう目で見られない。
それがサフィニアと友人達の関係だった。
それにしても、幼い頃は随分とわがままだったが、今やそのわがままがなりをひそめ、サフィニアはここのところ、富に一国の王女らしく成長している。
いつのまにか、王族として必要な物事の真意を探るという聡明さ、駆け引きを身に付けてきている。
エリシアは幼すぎて真意が測れず、きょとんとしているが・・・。
妹の成長は兄として嬉しいが、一抹の寂しさも覚えたジウヴァルトだった。
妹達のエスコートをして、応接間に入ると、ざわりと空気が震えた。
原因は十中八九、サフィニアとエディオールだろう。
サフィニアは、ジウヴァルトと同じように見事な金髪の持ち主であるから、エディオールと並べば金銀と美しい二人となる。
周囲を見回せば、しきりに頷く家臣達がいた。
あいつらか、後で牽制しておこう・・・
ジウヴァルトは心中ほくそ笑んだ。真相を確かめに来た連中には、曖昧に言葉を濁す。
エリシアにはまだこの言葉の駆け引きは無理なので、何も言うなと釘を刺す。
そこは我が妹、心得たとばかりに頼もしい肯定が返ってきた。
滞りなく式典は終了し、各国要人たちは宴会場へと席を移す。
王族が催すイベントは式典だけ。ここからは街の人々が主体となったイベントが催されていく。
式典が終われば、街の人々が催す第一のイベントが始まる。それが料理大会である。
王都中の料理店が腕を競い、作り上げた料理を各国の要人たちが食し、一番を決める。
料理店にしてみれば、各国の要人たちに食べてもらう栄誉もさることながら、味を気に入られれば、この街にいる間、御用達の料理屋にもなれるというチャンスがあるのだ。
だからこそ、彼らはこの日を照準にあわせ、毎年色んな味に挑戦している。
「よお!ジウ!」
移動中に声をかけてきたのは、見慣れた人物。友人であるディーノだった。
彼も式典に出ていたのか、自分と同様に華やかな衣装を纏っている。
彼の衣装は黒地で、緑糸の刺繍があった。彼は決して美形ではないがいい男だ。
元々は貴族の出だから、華やかな衣装を纏えば男ぶりがますますあがる。
加えて、社交性は三人の中でもダントツに富む。夜会にでも出れば、さぞかしもてるだろう。
ディーノの姿を発見し、エディオールが駆け寄ってくる。ディーノも笑顔で軽く手をあげた。
しばし、久方ぶりの旧友との会話を楽しむ。
「王が俺をこっちに呼んだのは、何となく予想がついているんだよな・・・」
実は三人の中で最も思慮深いのもディーノであった。
「恐らく、王は俺をこちらに置きたいと考えているはずだ」
そこには信用の置ける人物を手元に置きたいという国王の思惑が見て取れた。
正式に国王を譲られたとはいえ、まだ若干30代の現国王はやはり家臣達に甘く見られがちだ。
「ということは、王都騎士団か?」
エディオールの問いに、「さあな」と彼は素っ気無く答えた。
いくら思慮深くても、他人の心を読むことなど、どだい無理なことである。
ディーノは目敏く発見していたある人物を、「それより、ほれ、ジウ」とジウヴァルトに顎で示す。
彼に示され、赤い髪の青年を見つけたジウヴァルトの表情が微妙にこわばった。
隣国アーゼルト王国の王子、キゼル王子だ。
キゼル王子は狩りが大好きで、滞在中によくジウヴァルトは狩りに連れ出される。
が、狩りを好まない彼にとっては苦痛でしかなく、狩りを好まないジウヴァルトをキゼルは「臆病者」と罵るのだ。
そんな事を言われても、苦手なものは仕方が無いではないか・・・
今年もあの日々が続くかと思うと、過去の情景が蘇り、ジウヴァルトはげんなりと肩を落とした。
服装の描写が陳腐すぎる・・・(涙)。