14.不穏
死体を発見したのは付近の住民だった。
「死体を発見したら、そりゃあ、腰抜かすわな」
部下からその一報を受けたのはディオン・メルディム。
剣の腕前は王都騎士団の中でも中の下ぐらいだが、騎士団の中でも随一の処理能力の持ち主である。
本来、事件の一報は騎士を通じて、責任者であるエディオールに届くのだが、今回伯爵である彼は花祭りの祝典の準備で多忙で、彼の補佐をしているディオンに一報が届いた。
ディオンの実家であるメルディム家はエディオールの実家であるフラムヴェルト家の親戚筋で、彼の幼馴染みにもあたる関係であり、そのつてで王都騎士団に入団出来た。
実際には、幼い頃からマイペースで誤解されやすい幼馴染みをそれとなくフォローしてくれと頼まれたからだ。彼の処理能力はいわば幼馴染みのおかげで磨かれたものであった。
「医者は呼んだか?」
ディオンの問いに1人の騎士が「はい」と肯定する。
「先程、呼びに生かせましたのでそろそろかと・・・」
ふむと彼は腕を組み、死体を眺めた。医者の診断がまだなので、死体は動かせない。
心臓を一突き、失血死だな・・・
伊達に命を遣り取りする騎士ではない。一瞥しただけで大体の死因は予想が付く。
随分と荒っぽいな・・・
彼は肩をすくめた。今日びの殺人事件はもっとスマートだ。どうも、殺せばそれでいいという意図が見え隠れしている。
「身元は?」とダメ元でディオンは尋ねた。顔が潰されているからその望みは薄だが・・・。
騎士達はその言葉に一様に頭を横に振る。
顔は潰してあるのに、身元特定に至る重要な証拠のひとつである服は着せたままと、身元を隠そうとするにはあまりに杜撰だ。
殺すことが重要で、身元判明についてはさほど頓着はしないということか・・・。
そうなると、やはり怨恨からの殺人という線が有力だが、その行動は中途半端な印象を拭いきれなかった。
なんともいえんな・・・
ディオンは茶色い頭を掻いた。茶髪にブラウンの瞳。彼の容姿は比較的地味だ。
顔立ちはそこそこ、気配りの出来る好青年だが、男性離れした美形である幼馴染みと比較されると霞んでしまうこと間違いなしである。
「お待たせしました!」
医師を呼びに行った騎士が帰ってきた。背後に居るのがこの街の医者だ。
灰色の髪に茶色いフレームの眼鏡をかけ、よれよれの白衣を着た冴えない中年男性は、ディオンの顔なじみの医者だった。急いで走ってきたのか、少し息があがっている。
「済まないな、祭りだというのに」
「構わないですよ」
彼は苦笑した。街中で医者が必要になれば、彼が呼ばれることが多い。
王宮内では専属の医者がいるが、外ではそううまくはいかないため、街医者が呼ばれるのだ。
内容は、騎士達の急な怪我や病気、今回のような死体の検視など様々である。
「さすがに水につけたままはかわいそうだったんで、引き揚げさせてもらった」
それ以外は死体に触れていないとディオンは説明した。心得たとばかりに彼は頷いた。
沈黙の中で検視が続く。
「死因は心因性失血症、心臓への刺し傷だね」
ふむとディオンは頷く。自分の見立ては間違っていなかったようだ。
「随分と荒っぽいやり方だな」
彼は眉をひそめた。医者の視点から見ても、この傷は荒っぽいと映ったようだ。
「死亡推定時刻は、紫斑、死後硬直から見て、深夜1,2時と言ったところだな」
この辺りは専門外の知識なので、ディオンには解らない。ふむふむと素直に納得する。
「深夜1,2時あたりだと目撃者を探すのは難しそうだな・・・」
いくら祭りとはいえ、深夜の1,2時ともなれば住民達は寝静まっているはず。
一ヶ月も続くお祭りだから、体力温存のために適度に切り上げるのが得策なのだ。
例外は酒場だが、酒場の喧騒にかき消され、悲鳴といった声は聞き取れないだろう。
「最悪だな・・・」
ディオンは吐き捨てた。よりによって祭りの時期に・・・。否、祭りの時期だからこそか・・・。
この時期は祭りを目当てに不特定多数の人間、王都に出入りするため、どうしてもいつもより身元審査が甘くなる。
つまり、殺人を犯しても数日ばれなければ、何食わぬ顔で王都を脱出できることができるのだ。
かといって、出入りを制限してしまえば不満が出る。両立とは本当に難しい。
検視を終えた医者がゴム手袋を外しながら言う。
「診断書は騎士団のほうに送っておくからなー」
「ああ、ご苦労様」とディオンは医者の労をねぎらう。
ここから先は自分達の仕事だ。医者が帰ると同時に、今度はこちらの検分が始まった。
「身元特定にたどり着けそうな服は残しておきたいが・・・」
「服は嵩張りますしね・・・」
考えあぐねるディオン達に、
「それなら、服の切れ端を保存するというのはどうでしょう?」
1人の騎士が提案する。いい考えだ。
その考えに同意したディオン達は死体の衣服を切り取り、箱に保存した。
「死体はとりあえず共同墓地に葬ろう」
有機物から出来ている人間は、生命活動を停止したら腐り始める。それは動物も植物も同じだ。
この死体も後数日もたてば腐り始め、耐え難い悪臭を漂わせるだろう。
そうなる前に死体を埋めるかどうにかして処置を施さなければならない。
部下達も異存はないようなので、ディオンはすぐに手配をした。
「上にはしばらく報告をよすよ」
祭典の準備で忙しい彼らに、殺人事件と言う更なる憂いに煩わせてはならぬ。
報告をするのであれば、祭典後の話になるであろう。
「この事に関しては、住民達には緘口令を敷こう」
折角の花祭りを殺人事件と言う血生臭い話題で暗くしてはいけない。
「気付かれない程度に聞き込みをしてくれ」
部下達は一様に頷いた。
ラグラージは、騎士団=警察、軍。