12.少女と吟遊詩人
隣街で動物好きな親子と出会ったリイナは首尾よく、同乗者を見つけることが出来た。
彼女と同年代の娘が2人、少し年下だろうか、息子が1人、それに気のよさそうな中年夫婦。
同年代だけあって、リイナは彼女達によく話しかけられた。
王都で流行の服だとかアクセサリー、話題など、よくもまあ飽きずに話せるものだと思うくらい、彼女達の話はきりがなかった。
世間知らずだと十分理解しているリイナは、その話についていけず曖昧に言葉を濁し、適当に相槌を打つだけに留まった。
彼らもまた王都が目的地だと言うので、その目的地まで有難い事にご一緒させて頂く運びとなった。
馬車に乗っている間、彼女達から花祭りに関して有意義な話を聞くことが出来た。
彼女達に別れを告げ、リイナは王都の街に降り立った。
「うわぁ・・・」
その華やかさに彼女は感嘆の声を上げる。
「いつきても、この時期はすごいなぁ・・・」
毎年、この時期王都に足を運ぶのは彼女の年中行事だが、華やかさに変化はない。
むしろ、年々華やかさが増しているような気もした。あまやかな花の香りが鼻をくすぐる。
決して甘ったるいものではなく自然の、どこかさわやかさを感じる香りだ。
森育ちで五感の鋭いリイナは、香水といったきつい匂いが苦手だった。
だから、甘ったるいのではなく自然を感じさせる花の香りには安心した。
「観光は後にして、まずはお金を手に入れないとね」
今年はマリカが奮発してくれた結果、軍資金がいつもより多い。
来年のことも考えたら、多少は残しておくのが賢明だが、去年よりは遙かに王都にいられる。
花祭りもしばらく楽しめる。もしかしたら、あの家族にも会えるかもしれない。
それを考えると、彼女はワクワクと心を躍らせた。
なじみの店でマリカの薬を現金に換えた彼女が一番最初に行ったのは宿屋の確保だ。
以前、観光にかまけて宿屋を確保できなくて野宿を余儀なくされたことがある。
野宿はそこまで苦にならないが、せっかく王都に来たのだから宿屋に泊まりたかった。
比較的低料金でペットも泊まれる宿屋を発見し、チェックインを済ませる。
この花祭りの時期は、客が多いので低料金でも運営できるのだと宿屋の受付の人が話していた。
軍資金を手に彼女は華やかな王都へと繰り出す。
馴染みの種物屋さんは明日にでも廻ればいいとして、
「今日は花祭りを楽しんで、美味しいものを食べて、ふかふかのベッドで寝るぞー!」
おーと彼女は小さくガッツポーズをした手を掲げた。
次の瞬間、後方からくすくすと笑い声がして振り返った彼女はそこに青年の姿を認め、途端に恥ずかしくなる。
「こんにちは、初めまして、お嬢さん。随分と楽しそうですね」
青年の言葉に、彼女は素直に頷いた。
「田舎育ちですから、王都の全てが珍しいです」
「それはそれは」と彼は目を細める。
「ではこういうのはどうでしょうか?」
灰色の瞳に悪戯っぽい笑みをのせ、彼が取り出したのは楽器、リュートだった。
「僕は吟遊詩人のラウールと申します」
にっこりと笑った彼は、リイナと同じ茶色い髪をしていた。
瞳の色は灰色で決して人目を引く容貌ではなかったけれど、優しげな好感の持てる顔立ちだった。
「私はリイナです、こっちはシルク」
定石通りに彼女は名乗る。ラウールもまた他の人達と同じようにシルクの美しさを褒めてくれた。
「それじゃあ、一曲」と彼がリュートを弾きながら、詞を吟じる。
どちらかというと透明感のある高めの声。それでも綺麗な声だなと彼女は思った。
歌い終えた彼に、リイナは盛大な拍手を送る。それから色んな話をした。
「そういえば、今年は小麦が不足みたいですね・・・」
「そうみたいだね」と彼はリュートの即興演奏をしながら頷いた。
「実は私、家で育てる小麦を買いに来たんですよね」
そこにと彼女はなじみの菜種店をちらっと見た。「へぇ・・・」と彼はその店を一瞥した。
そして、何かに気が付いたように、
「おや、あそこに道に迷っている仔猫ちゃんが・・・」
と笑いながら、リイナの側を離れる。リイナもそれに気付いていたので、手を振って見送った。
その後、彼女は宣言通り、花祭りを楽しみ、宿屋で就寝したので夜中の出来事については全く知りえなかった。
否、街中誰一人、その夜中に起きた出来事は知りえなかっただろう。
事件は静かに、しかし、的確に行われたのだから。
闇はゆっくりと、そして確実に王都に広がっていきます。