11.王都ラグレリア
マイペースキャラ、エディオールさん登場。愛称はディー。
ラグラージ王国の王都ラグレリアは、花の都と称される。
その名を冠するだけあって、花に関する店が軒並み顔をそろえていた。その店がにわかに活気出すのが、春先に行われる花祭りだ。小さな祭りは時々行われるが、花祭りほど盛大に行われる祭りは年に一回なので、皆に気合が入る。開催期間は一ヶ月、その間、王都の各地で色んな行事が開催される予定だ。
花祭りの起源は諸説あるが、建国の際に王が一緒に戦った女性に花を贈ってプロポーズしたという、何ともロマンティックな話が伝わっている。その由来故か、プロポーズをこの時期に持ってくる男性も多い。つまりはこの花祭りの時期は結婚ラッシュなのだ。
騎士達の間でもこの花祭りの間に、気になるあのこを連れ出してあわよくば仲良くなろうと考えている者もいるので、花祭りを目前にして浮き足立っているようだった。そのことに関しては黙認している。ただし、
「羽目は外すなよ」
羽目を外しすぎて、けが人が出てしまえば騎士団の名折れだ。
「解ってますって・・・!」と胸を張る騎士達だが、それが逆に心配になった。
大丈夫か、ほんとに・・・
盗賊の事を除けば、比較的平和で安全な国であるラグラージだが、実は魔物の存在も確認されている。
魔物を相手にするには魔法か、大勢の騎士がいるが、その騎士達も無事には済まされない。
最悪、死者が出る。出来れば対峙はご遠慮願いたいのだが、王都を守る騎士団の観点からはそう文句も言っていられないのが実情だった。魔物に関しては、魔法士達が気をつけているようなので大丈夫だろう。
彼ら曰く、魔を帯びる魔物の気配を察知しやすいのは、同じく魔を帯びる魔法使いであり、近くにその気配はないらしい。元々、魔物自体珍しい個体だから、出会うこと自体が稀。だから、彼自身もそこまで気にはしていない。
むしろ、自分の事のほうが大変だ。この時期をチャンスと考えているのは女性も同じで、祭りにかこつけて気になる男性に愛を囁く。顔よし、将来性、家柄よしと三拍子そろったエディオールは、結婚相手としては恰好の相手らしく、毎年この時期は女性からのお誘いが多かった。毎年、騎士団の仕事を理由に断り続けてきたが、
今年はどうしたものか・・・
彼は思案する。去年までとは違って、今年は地位が上がったため多少、休みに余裕がある。女性達がこれを見逃すはずがない。
エディオール・フラムヴェルト、実家は公爵家。父親は切れ者と名高かったエムズ・フラムヴェルト。
彼が宰相として辣腕を振るったのは過去の事で、現在は自分の領地で政に携わっているため、噂という不確かな情報しか入ってこないので断定が出来ないのだ。彼の大きな特徴は、最後まで権力争いに加わらず、傍観者を貫いた。当時、王宮での権力争いは大きく二つに分けられ、権力を握っていたのが前王妃の一族、ディスト家。産んだ子が王になったのだからその権力は言わずもがなだ。
それとは別の一派に組していたのが、ディーノの実家オイラム家で、彼が王都から遠いローザンヌ地方に着任した理由である。体のいい左遷だが、彼がローザンヌという辺境で軍を持つという恐怖を彼らは考えなかったのであろうか。貴族院から付き合いであるディーノ・オイラムは飄々とした外見とは裏腹にかなりの曲者である。人の機微にさとく、さりげなく気遣いが出来るから、在学中は同性にも人気があった。
軍を持てば、その軍をいとも簡単に掌握するだろう。本人にその気配がないのが幸いであるが・・・。
何はともあれ、傍観者を貫いたエムズは息子の交友関係についても口は出さなかった。そのおかげでディーノと今でも続く交友関係を築くことに成功したわけだ。
そのエディオール自身は、銀髪にアイスブルーの瞳をした美青年である。仕事も剣も出来る有能な人物だが、難を言えばひとつだけ、非常にマイペースな人物であるということ。この性格を誤解され、クール、冷酷という過大評価を受けたりしているが、実際のところ、彼は与えられた仕事を黙々とマイペースにこなしているだけだ。評価を受けるほどでもない。
花祭りの警備の最終確認を終えた所で、ローザンヌへ行ったジウヴァルトが帰ってきた。
心なしか、上機嫌で。
「その様子だと、ディンに会えたみたいだな・・・」
エディオールは肩をすくめる。彼もディーノとは友人だが、近しく会っていなかった。
近しく会っていない友人との出会いは嬉しかろう。そんなジウヴァルトが羨ましい。
エディオールとてディーノとは近しく会っていないのだ。
恐らく、陛下は彼がディーノと友人であることを知っていたからこそ、伝言役を任せた。
しかし、自分とて近しく会っていない友人には会いたかったのだが、相手は陛下だ。
陛下が与えた指示なのだから口は挟めまい。何より、騎士団の中で重要ポストについている自分が留守にするより、一般の騎士であるジウヴァルトのほうが混乱がなくて済む。頭では理解しているつもりだった。
ま、式典で会えるか・・・
ジウヴァルトの伝言は、王都召致の伝言だ。花祭りの式典で旧友との再会といこう。
「・・・犬・・・、飼いたいな・・・」
ぽつりとジウヴァルトが呟いた。思わず、「は?」と聞き返す。
「犬なら、サフィニア様やエリシア様が既に・・・」
彼の妹姫が、父親にせがんだ結果、小型犬を譲ってもらった。最初こそ世話をしていたが、今は付き人に任せっぱなしになっている。兄の要望だからと彼女達も譲渡に文句は言わないだろう。
「ち、ちがうっ!!」と彼は思い切り否定する。「だ、誰が、あんな馬鹿犬・・・!!」と言い掛けて、彼は言葉に詰まった。こほんと咳払いし、
「い、いや、あいつらは馬鹿だけど、そこが可愛いし・・・」
と言いなおした。確かに王女達の犬は、馬鹿と言うか阿呆というか、お世辞にも賢いとは言えない。
しかし、可愛がっている人達にとってはそれがいいと言う。阿呆な子ほど可愛いというわけか。
それを口にするほど、エディオールもジウヴァルトも馬鹿ではない。
「あいつらは妹達の所に行けば、いつでも会えるから、飼いたいとまでは思わない」
確かに王家に譲られるほど、可愛い小型犬達である。
「俺が飼いたいのは、大型犬だ!!」
それも狼みたいな奴と彼は力説する。
「ああ、大型犬はいいですね・・・」
マイペースな性格で誤解されやすいエディオールだが、実は大の犬好きだ。
特に、小型犬より大型犬が好きな所はジウヴァルトと共通するところであった。
「そうだよなぁ!」とジウヴァルトは自分が同意したのか嬉しそうに、自分の好みを話す。
それはまさに、狼というべき容姿で、実際にはなかなかお目にかかれそうにないだろう。
「そう言った犬に出会うのは難しいんじゃ・・・」
「ふふふ、聞いて驚け!」と彼は胸を張った。
「ローザンヌで理想どおりの犬に会ったんだよ!」
名前はシルク、名前どおりシルクのような手触りだったんだよとジウヴァルトは、その時を思い出したのか、でれっと顔を緩ませる。
それは・・・、ぜひ、見たかったな・・・
エディオールも、ジウヴァルトの笑みに釣られるように微笑んだ。
彼の頭の中にも、シルクという名前の白い美しい犬の姿が浮かんでいた。
その話を聞いて、余計にジウヴァルトが羨ましくなった。
犬好きの会話。