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空白のスコアボード

掲載日:2026/08/10




 球場に照明が灯る時間は曖昧だ。

 ここ数年は、昼過ぎに開き、明け方に閉じる。


 彼はベンチに座る。

 そこが自分の位置だと、最初から決まっているように。



「ウォームアップ」



 監督の声で、選手たちは立ち上がる。

 同じ動き、同じ掛け声、同じ時間の繰り返し。


 彼も立つ。

 立つところまでは、もう迷わない。


 試合は、まだ始まっていない。

 始まる予定だけが繰り返されている。


 相手チームはいない。

 いや、いるかどうかは関係がない。


 観客席もずいぶん人影が減った。


 最近は、バックネット裏に常連が二人いるだけだ。

 拍手のような音が、遠くで揺れている。


 スコアボードには、自分たちのチーム名だけが表示されている。

 空白が多い。



「作戦会議、始めるぞー」



 監督が間延びした声で言う。


 その言葉で、彼の中の緊張が少しだけ形を持つ。

 今日こそ、呼ばれるかもしれないという形に。


 だが名前は呼ばれない。


 球場は、いつも通りそこにある。

 ただ、動き出す瞬間だけが来ない。


 時間だけが、少し進む。


 水筒が回る。

 言葉が交わされる。


 内容は毎回少しずつ違うのに、

 同じ場所に着地する。



「次がある」



 それが合言葉になっていた。




 ******




 ある日、マウンドにピッチャーが立っていた。


 見覚えのない作業着を着ている。

 それがどのチームのものなのかは、誰も言わない。



「よし、勝負だ」



 監督の声に、彼の胸は跳ねた。

 球場に彼の名前がアナウンスされる。


 常連の二人が、拍手をする。


 彼の名前を何度も呼ぶ。

 その声は、やけに大きく響いた。


 彼は、バットを持ち、ベンチを出る。


 バッターボックスの手前で、ふと足を止めた。

 ユニフォームの袖に、わずかな汚れがある。


 彼は、そのままベンチに戻った。

 監督は、穏やかに笑いながら言う。



「今日は見送る」



 その言葉に理由はない。

 ただ、それがいつものことだった。


 彼は、躊躇いながら振り返った。


 芝はある。

 線もある。

 照明は眩しい。


 だが、常連の二人は少しだけ静かだった。

 その静けさに、胸がわずかに引っかかる。




 ******




 ある日、喪服姿のチームが勢揃いしていた。

 その中で、ピッチャーが声を荒げていた。



「立て!」

「バッターボックスに立て!」

「さっさとしろ!」



 指が何度も、そこを指している。


 彼は、監督に視線を向けた。

 監督は目を閉じ、首を左右に振った。


 ベンチにシャッターが下りる。

 球場は見えない。


 やがて、怒鳴り声は消えた。

 シャッターが、ゆっくりと上がる。


 暗闇だった。

 何も見えない。


 彼は、思わず後ろを振り返った。


 監督はいない。

 選手の姿もない。


 ただ、ベンチだけは残っている。

 それが何なのかは、もう分からないままだった。


 彼はそこに座る。

 呼ぶ声そのものが、もうどこにもないまま。


 そして、ベンチの明かりも消えた。




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