空白のスコアボード
球場に照明が灯る時間は曖昧だ。
ここ数年は、昼過ぎに開き、明け方に閉じる。
彼はベンチに座る。
そこが自分の位置だと、最初から決まっているように。
「ウォームアップ」
監督の声で、選手たちは立ち上がる。
同じ動き、同じ掛け声、同じ時間の繰り返し。
彼も立つ。
立つところまでは、もう迷わない。
試合は、まだ始まっていない。
始まる予定だけが繰り返されている。
相手チームはいない。
いや、いるかどうかは関係がない。
観客席もずいぶん人影が減った。
最近は、バックネット裏に常連が二人いるだけだ。
拍手のような音が、遠くで揺れている。
スコアボードには、自分たちのチーム名だけが表示されている。
空白が多い。
「作戦会議、始めるぞー」
監督が間延びした声で言う。
その言葉で、彼の中の緊張が少しだけ形を持つ。
今日こそ、呼ばれるかもしれないという形に。
だが名前は呼ばれない。
球場は、いつも通りそこにある。
ただ、動き出す瞬間だけが来ない。
時間だけが、少し進む。
水筒が回る。
言葉が交わされる。
内容は毎回少しずつ違うのに、
同じ場所に着地する。
「次がある」
それが合言葉になっていた。
******
ある日、マウンドにピッチャーが立っていた。
見覚えのない作業着を着ている。
それがどのチームのものなのかは、誰も言わない。
「よし、勝負だ」
監督の声に、彼の胸は跳ねた。
球場に彼の名前がアナウンスされる。
常連の二人が、拍手をする。
彼の名前を何度も呼ぶ。
その声は、やけに大きく響いた。
彼は、バットを持ち、ベンチを出る。
バッターボックスの手前で、ふと足を止めた。
ユニフォームの袖に、わずかな汚れがある。
彼は、そのままベンチに戻った。
監督は、穏やかに笑いながら言う。
「今日は見送る」
その言葉に理由はない。
ただ、それがいつものことだった。
彼は、躊躇いながら振り返った。
芝はある。
線もある。
照明は眩しい。
だが、常連の二人は少しだけ静かだった。
その静けさに、胸がわずかに引っかかる。
******
ある日、喪服姿のチームが勢揃いしていた。
その中で、ピッチャーが声を荒げていた。
「立て!」
「バッターボックスに立て!」
「さっさとしろ!」
指が何度も、そこを指している。
彼は、監督に視線を向けた。
監督は目を閉じ、首を左右に振った。
ベンチにシャッターが下りる。
球場は見えない。
やがて、怒鳴り声は消えた。
シャッターが、ゆっくりと上がる。
暗闇だった。
何も見えない。
彼は、思わず後ろを振り返った。
監督はいない。
選手の姿もない。
ただ、ベンチだけは残っている。
それが何なのかは、もう分からないままだった。
彼はそこに座る。
呼ぶ声そのものが、もうどこにもないまま。
そして、ベンチの明かりも消えた。




