お断りいたします
手慰み第数弾であります。
お楽しみいただければ、幸いであります。
この国の王には、四人の子がいる。
いや、いた。
現在王太子になった第二王子の二つ上に、本来の後継者がいたのだが、去年の冬、学園を卒業間近の長期休暇中の旅行の最中、事故に巻き込まれて行方知れずになっていた。
一国を纏める王族にしては珍しく、仲が良かった両親と兄弟は、長男の生存を信じて捜索を続けていたが、跡継ぎの座を空席にして、国民を不安にさせるわけにはいかず、第二王子を王太子として世に知らしめ、そろそろ身を固める話を持ち出し、王家一族の不安定な心を悟られぬよう、力を尽くすことと決まった。
そんな事情から、第二王子が望む縁談は、もう叶えてやれないと、不憫に思う。
第二王子は幼い頃に出会った、平民の少女に恋していた。
その意を汲んで、親元に正式な釣書を送り続けていたが、身分の差とさまざまな障害を言い訳にし、色良い返事が来ない。
本来なら、王命で娘を取り上げる事が出来るのだが、相手が悪かった。
少女は、どの国にも戸籍を持たず、各国に拠点を置いて活動する、とある商会の会長の娘だったのだ。
色々な餌をちらつかせて、何とか王城に通わせ、王子と親しくさせる所から始めようと画策しても、返ってくるのは断わりの文だけ。
これは、全く脈がないと、父親である国王も匙を投げた。
最近、第三王子に付き纏われた事を受け、商会から抗議とも脅しとも取れる書簡を受け取ったのも、匙投げの一端だったのだが、その頃から第二王子も焦りを見せ始めた。
周囲も、自分の気持ちを諦めさせようと考えているのに気付いた王太子は、ある時両親に正式な謁見を申し込み、その場で言ったのだった。
「わたしの王位継承権を、剥奪して下さい」
恋する相手を諦めるくらいなら、平民になる。
そんな気概が、まだ若い息子からは感じとれ、国王は覚悟を決めた。
今までは、商会の息女を城に呼び寄せて、抱き込むことしか考えていなかった。
だが、息子の覚悟を知り、自分も妥協する。
「……商会長に、面談を申し込む」
一国の王の、最大限の妥協だった。
両親と双方の子での顔合わせ、と言う条件を出したからか、両家の面談が整ったのは、商会に面談を申し込んでから、ひと月後だった。
場所は、お忍びの王家一家に配慮した、飲食店の個室で、双方の家が向かい合って席に着いた。
威圧感のある銀髪の大男を前に、国王が口を開く。
「本日は、顔合わせの場を設けて貰い、感謝する」
「いえ」
低いが張りのある声が答え、続けた。
「正式な申し出があれば、はっきり断われますので、助かりました」
王家一家が息を呑んだ。
王太子が、何故か夫人を挟んで父親の反対側に座る、商会長の息女を見たが、白に近い金髪の美少女は、こちらを見向きもしない。
「息子との縁談は、受けないと?」
「はい。再三、申し上げておりますが、伝わってはおりませんか?」
「何故だ? 我が息子は、自慢ではないが、容姿端麗で学術も武術も極めている。そうそう見つからない人材だぞ?」
手放しの賛辞に、商会長が目を細めるのを見て、国王は思い当たって続けた。
「もしや、身分の差を気にしているのか? それならば、いくらでもやりようはある。お主たちと仲が良い貴族に、養女に出すこともできるし、王族になるのが不安なら、息子は王位継承権を返上する覚悟もしておるのだ」
「……」
黙り込んだ会長に、ここぞと続ける。
「生活の不安があるだろうが、心配はない。王位継承権返上の暁には、ある程度の爵位を授ける予定だ。どうだ? これなら、お主たちが尻込みする理由は……」
「あの。その条件の何処に、私たちを妥協させる要素が、含まれましたか?」
氷のように冷たい、低い拒絶だった。
「この話は、始めからお断り物件でした」
固まった国王一家に、商会長は低く言う。
「娘がまだ若い時分から、国王の公妾として召し上げようとされておりましたね?」
「っ。私の公妾の打診の釣書ではないっ。これは、あくまでも、第二王子の王子妃の……」
「それは、無理があります。我が家は平民ですらない家柄です。一国の王子に嫁ぐには、身分が曖昧すぎますし、妾としても条件に合いません」
慌てて反論する国王の言葉を遮って、商会長は少し声を和らげた。
「と、今までは、下手にお断りしていましたが、最近、事情が変わりました」
表情すら穏やかになったのを見て、王太子が顔を強張らせた。
「商会長どの。もしや、例の……」
言いながら息女を見た王子を、少女は少し首を傾げて見返す。
思い切って尋ねる少年の声と、商会長の言葉が被った。
「ご息女の思い人が……」
「ようやく、授かれましたので、王室よりの打診は、全てお断りする所存です」
?
聞き違いかと、両親を見た王子は、驚愕する国王夫妻の顔を見てしまった。
「さ、授かったとは、誰が、誰の種をっ?」
「言うまでもなく、あなた方が欲しがっている彼女が、私の種をさずかりました。いや、ようやく、娘も落ち着きましたので、夜夫婦水入らずで過ごせるようになりまして。そのような訳で、王太子殿下の公妾の打診は、お受けできないのです。この際、正式にお断りいたします」
若干、浮ついた表情で商会長は言い切り、その後衝撃が醒めぬ内に、面談は終了した。
初めから、王家の見解と、商会長一家の見解には、ズレがあった。
そう種明かしをしたのは第三王子で、その姉である第一王女もそれに頷いた。
「そうなのかしら……」
二人に答えたのは、あの面談にも参加した、王妃だ。
衝撃を受けたままの王太子を、国王と共に連れ帰って、二日経っていた。
その間に、第三王子と第一王女が、別件で商会の従業員と接触し、ある報告を持って執務を終えた王妃の部屋を訪ねて来たのだ。
失恋で完全に抜け殻になった王太子の代わりに、執務の大部分をこなした王妃は、ついつい、先日の出来事を子供たちに愚痴ってしまったら、顔を見合わせた王子王女は、呆れて言い切ったのだ。
「そうですよ。だって、我々が息女に謝罪に行った時、言ってましたよ。ようやく授かったから、縁談を正式に断われると、父親が言ってたって」
「いくら何でも、身籠った母を無理に、妾として召し上げようとは思わないだろって」
「……え?」
ぽかんとする母を見て、ああ、この人も勘違いしてたかあ、と王女が遠くに視線を投げた。
初めから、王室の対応は間違った。
「もしやと思って確認したら、どうやら商会長宛の釣書には、宛名がなかったようですよ」
「で、でも、年齢的に、息女宛とわかるでしょう? どうして、ご夫人宛と思い込めるのっ?」
「? 身分的に、貴族の、しかも王族の正室はあり得ないでしょう?」
「……はっ」
娘の釣書に混じって、妻の公妾の打診があったと、商会長は困惑した。
貴族からの娘宛の釣書は、身分や彼女自身の事情を説明して断ったが、一国の王の打診は断りにくく、出来るだけ下手に断るしかなかった。
が、手を変え品を変え、娘まで巻き込んで城に呼び込もうとする王室に、商会長は困惑を飛び越え、怒りを覚え始めていたらしい。
「ああ、だから、肩の荷が降りた顔をしていたのね……」
気を抜いて呟く母親を見ながら、王女がしみじみと言った。
「その勘違いのお陰で、この国が救われたと言っても、過言ではないんですよ、母上」
「? 穏やかでない話ね。どう言う事?」
洒落にならない言葉に困惑する母親に、苦い顔で答えたのは、第三王子だ。
「本日、兄上の所在の調査結果を受け取った時、会ったんですよ、ご息女のお相手に」
調査員と共に、偶々早く国入りしたと言うその男は、自分が一時期、息女に付き纏っていたと聞かされ、営業スマイルを一瞬消した。
その雰囲気に萎縮し、再び謝罪してしまったくらいだ。
「あの時、調査員の大男も険しい顔で、王子を睨んでいたから、夫人にちょっかいをかけるより、息女に何かある場合の方が、危険な気がするんです」
「そう……」
王妃は深く頷いた。
誰でもない、聡明な二人の子供が言うのだから、間違いないだろう。
第二王子に真実を告げるのは、辞めると決めた。
今回、第一王子の無事も、確認出来た。
どうやら、記憶を失って隣国で保護され、そのまま隣国の平民と世帯を持ってしまったらしい。
戻ってくる保障がない息子は、そのまま見守る事にして、国の今後を考える。
第二王子が立ち直らない未来も予想して、国の体制を整えていかなければ。
本日先に投稿したものと、オチは一緒です。




