1-6.この場所は
「あの……。い、eスポーツ…とかって知ってる?」
「うん、知ってるよ。」
「……。」
心臓が大きく脈打ち、恥ずかしさと緊張で言葉がつっかえる。
「俺っ、…。…ゲームで頑張って、いきたいんだ。」
汗だくの顔を見られたくなくて、俺は壁を向いたまま動けなかった。
「ゲームの腕に自信があって…その、それなら、きっと俺、続けられる。」
言うって決めた。
何度も頭のなかで練習した。
ここまで来たらもう全部言ってしまえばいいんだ。
「だから…俺、eスポーツ選手とか、そういうの目指す。選手になって、いつか大会で優勝する……!それまで頑張っていきたいんだ。」
言ってしまった。
そう思ってすぐに湧き上がるのは、後悔と好奇心。
言って良かったのだろうか。せめて大会の予選に勝ってからの方が説得力あるんじゃないか。でもな、向こうも忙しいし。次いつ会えるかどうか…。
そうやって悩んだ挙句につい、こうして今喋ってしまったんだけども。
返答がない。
緊張で手が震えていた。
やっぱり、両親みたいに失望されるのだろうか。
笑われるのだろうか。
ゴクリと息を飲む。
……けれど、俺に向けられたのは、見たこともないくらい温かな眼差しだった。
「ね、ねぇちゃん?」
目の前で微笑む姉——希藍の輪郭が少しずつ滲んでいく。
「あっそ。まぁ〜、頑張れば?」
言葉では軽くあしらわれたけど、それでも今までとは違うのが分かる。いつもみたいに彼女の容赦ないパンチをお見舞いすることもない。むしろ、心の底から嬉しそうに笑ってみせたのだ。
あぁ、この時からだっけ。姉が少し優しくなったのは。
「応援してあげる」
初めて打ち明けた、俺の夢。やりたいこと。
否定されず、素直に受け入れてもらえたのは久しぶりの感覚だった。
(なんで今更思い出してんだろう、こんな記憶…そうだ。俺、あの時何か言おうとして……)
口を開きかけるが、声が出てこない。
まだ高校生の時で、気恥ずかしさがあったというのもある。けれど数年経った今も尚、言いそびれたことにモヤモヤし続けているんだよな。
何を言おうとしたんだ。
「で…何のゲームやってるのよ」
姉の声がどんどん遠のいていく。
それでもなぜか、俺はどこかで必死に彼女を呼んでいた。
ねぇちゃん、ねぇちゃん……ねぇちゃん助けてくれ……————!!
「FPSのバトロワ系pvpだよ…。今世界ですごく人気の…」
自室で会話している昔の俺の姿も、また遠のいていく。自分の叫びは空虚にこだますだけだった。
「うーんよく分かんないけど……名前よ、ゲームの名前…」
次第に視界は暗闇に覆われて、俺はただ空気を探すように暴れもがく。
いつの間にか、暗闇を背景に 光りを帯びる文字がアナグラムのように浮き上がっていた。自分の体より何倍もある大きな光。
「あぁ…タイトル。タイトルは———」
【FOR:WINS】
「—————あ゛ぁっ!!!」
悲鳴をあげながら、俺は勢いよく飛び起きた。
酷く汗をかいている。
無意識に手を喉元へ当てた。
(声が出せる。痛みもない。無傷だ。何だったんだ、さっきの首の衝撃は。)
なぜかまぶたの裏にゲームタイトルが焼き付いているが…、しかし自分の体にもう異常はないようだ。
色々とストレスでも重なったのだろう。撃たれたと錯覚するほどの激痛が走った あの感覚こそ未だ新鮮であるものの、かなりの時間が経ったようにも感じている。
そう思いながら辺りを見回すと、何一つ変わらない、見慣れた景色が広がっていた。
「あぁここは、……監獄か。」
監獄と言っても、自分好みにリノベーションしたベースキャンプのような場所だ。
赤レンガの壁に薄汚れたコンクリートの床。これまで揃えた衣服や武器たちが並べられ、様々な調度品もこだわりの配置…今日も完璧な見応えである。
(そうか、さっきの試合が終わって、自室に戻されたんだな。)
まだ気だるさの残る体を叩き、ベッドから立ち上がった。早く出かける準備をしなくてはならないのだ。
「お帰りなさいませ。凶蚊様。」
突然声がして振り返ると、ロングスカートのメイド服に輸血パックの異形頭——ブロディアが玄関近くに立っていた。
「…。」
「先ほどのゲームもお見事で御座いました。戦績の確認は、私へお尋ね下さい。」
「…。」
ブロディアは、チュートリアル兼メインNPC。FOR:WINSを初めてプレイしたときから、プレイヤー専属でサポートを行うAIアシスタントだ。
設定じゃ、「プレイヤーの昔からの世話役」として、武器の手入れや戦況分析などの裏方をやってくれる相棒的存在である。
「武器のお手入れは完璧でございます。」
「…。」
「フレンド様のログイン情報は、私へお尋ね下さい。」
「…。」
だが、なぜかボイス設定がオンになっているようだ。
この相棒NPCも、自分で見た目を好きに変えることができる。最初こそこだわって 名前やら性格やら細々設定して、理想のオリキャラなんかを作ろうとしていたが…
「何かお困りごとがあれば、私が対応いたします。」
「…。」
「お茶でもお注ぎいたしましょうか?」
「…。」
「…最新ニュースを確認いたしますか?」
このように、拠点に帰れば事あるごとに話しかけてくるのだ。無視してもシステム上問題はないが、部屋の片隅で無限に喋り続けられるのも疲れる。
「あの…凶蚊様。」
(流石に声無しにしたいな。ボイス設定ってどこで変えるんだっけ…。)
ところがメニューボタンがない。
右手を開いてみても、レザーの手袋が光沢を見せるだけだ。
「…次の試合に参加いたしますか?」
(あれ、何で毎日遊んでるはずなのに…どうやってメニュー画面行くんだっけ…。)
「あ、あの…。」
段々ブロディアの声色が変わっていくが、俺はまったく気にも留めなかった。それよりも、これまでとは操作性が変わっていることに違和感を持つ。
「……マッチングルームの手配は私にお任せを……。凶蚊様。」
(うーん、改悪アップデートでも入ったのかな?)
「あの……っ。あの…!」
(まぁボイスは後で変えればいいか。そんなことより…)
「———んもぅっ!!凶蚊様!!」
「うわ!?」
耳元でいきなり叫ばれ、俺は本気で腰を抜かした。
いつの間にかブロディアが側まで忍び寄っていたらしい。そしてどういうわけか、突然声を荒げたのだ。
なんだ、ちょっとしたホラーゲームよりも怖かったぞ、今の!
自分が下手に輸血パックの異形頭にしたせいで、余計に恐怖を助長させる。
俺がまだ心臓をバクバク言わせていると、彼女はしかめ面でこちらを睨んできた。(正確には、パックを歪ませてシワを作っているだけだが。)
「な、んだよ…。こんなセリフあったっけ?システムエラーか?」
「凶蚊様…」
「ひっ!」
彼女は床に膝をつけ、俺に目線を合わせてくる。衣擦れの音、かすかな風すら感じる。
いつの間にかグラフィックまでアップデートされているようだ。まるで本当に側にいるようである。
「なぜ今日は、そんなにも私を無視なさるのですか…っ?」
俺にぐいと顔を近づけた。
(うぉ…、間近で見るとグロいな。)
ブロディアはそんな俺を責めんとばかりに、今にも泣きそうに肩を震わせ始めた。
「私…っ、何か凶蚊様に嫌われるようなこと、してしまったのでしょうか?」
「えっ」
「な、何でも致します!私、凶蚊様一番の相棒ですもの…っ。その気とあらば、この体だって…」
「いやいや!ちょっ、待て、なんの話だ?」
「で、ですから…凶蚊様が本日は私に口を聞いてくださらないので…」
ブロディアが乱れた服を少し恥ずかしそうに直しながら、チラチラとこちらを見た。恥ずかしそう———というのは、輸血パックの中の血がちょっとピンク色になるので、すぐに分かるのだ…
(ってそんなことはどうでもいい。NPCってこんなに自然と会話できるんだっけか?)
今まで試したことない機能なのか。まさか、七年もやってて気づかないはずは…。
「…なので、私ってば何かやらかしたのかと…。わ、私にはっ!凶蚊様しかおりませんから!怒らせたのであれば、すぐに謝罪と改善を———」
「分かった、分かったからちょっと待ってくれ。そもそも俺、怒ってないよ。」
あまりにも可哀想な声で迫ってくるので、ついブロディアの肩を掴んでしまった。
異形の頭とはいえ、体は人間の女性そのもの。華奢で柔らかな肩に思わず童貞の血が騒ぐも、そういう趣味はない と慌てて首を振った。
(そもそも、なんでNPCに同情してんだ俺は…。)
そう小さくため息をつくが、怒ってないと言われて彼女は嬉しそうにドクンと顔(…というか血液)を紅潮させる。
「あっ…そ、そうなのですね。すみません、早とちりを…。何か熟考でもなさっていたとか。」
「あぁ、うん。」
「新しく試合を始めるのであれば、私が手配をいたします。」
「いや、今は一旦やめるよ。バイトに行くから」
「…バイト、ですか?」
「そう。バ…————」
—————硬直する。
途端に体が震え始め、また右手で無意識に喉を押さえた。
脳裏に次々と映像が浮かんでくる。
優勝した後の会場の光景。
姉との会話。
日中の色褪せた自室。
通知のない携帯の画面。
FOR:WINSを起動した瞬間。
開戦の合図。
「………っ!」
凶蚊の名を聞いて回ったこと。
誰からも知らないと言われたこと。
優勝が……俺の七年が無駄だと分かったこと。
「あぁ…っ、あれ…?!」
ゲームの中で、自殺を試みたこと。
全て、すべてを思い出す。
「凶蚊様?!どうなされましたか!」
ブロディアの声も動揺にかき消されていく。
「俺……っ?!ここ、ここは……」
自殺。画面の中の俺が、こめかみに拳銃を当てるところを見た。
でも違う、それはパソコンの中の映像だ。
それに俺は…。
あの時、まだ戦場にもう一人、誰か残っていたんだ。赤いレーザーで、俺に照準を合わせていた。
「おれ…、俺は…。それで俺は……っ、————結局自殺はしていない。」
なぜか操作が効かなくて、焦りでがむしゃらにをコントローラーを動かしたのを覚えている。それでも、最後まで引き金を引く…そのボタンだけは押さなかった。
「俺じゃない。『凶蚊』を殺したのはっ、俺じゃない。」
まさにあの瞬間、画面の奥からキラリと何か光ったのが見えた。
弾の白い軌道を目の端で捉えていた。
覚えている。
覚えている、俺は……その弾が、パソコンの画面から飛び出してきたことを!! 「殺したのはもう一人の敵だ……。俺は、撃たれたんだ———!」
「凶蚊様、落ち着いてくださいませ!」
ブロディアが必死に震える俺の腕を掴む。
撃たれた、撃たれたんだ。
凶蚊じゃない、この、俺が。
押さえる喉元には、まだ激痛の記憶が残っている。
引きちぎられるかのように、鋭く細い何かが俺の首を貫いたのだ。
「誰かが俺を殺した…っ、それで…。それでっ……。」
膝から崩れ落ちた俺は辺りを見回すと、そこには、見慣れない景色が広がっていた。
赤レンガの壁、薄汚れたコンクリート、黒光りする武器の数々。
違う、違う、ここは、俺の部屋じゃない!
色褪せた天井、セミの音の響く真夏の自室。ねぇちゃんと会話した時のプラスチックの机も、玄関に出されたゴミ袋も、パソコンも、ゲーミングチェアもない。
棚の上の優勝トロフィーもない。
「違う……。」
「凶蚊様、一体なにが…!!」
側で俺の肩を抱く、ブロディアの体温を感じた。温かかった。
あり得ない。
そんなはずはない。
「……ブロディア。」
「はい、凶蚊様。」
「ここは、どこだ。」
「監獄でございます。ここがあなたの部屋……居場所でございます。」




