1-4.現実
キィィ———……。
キィィ———……。
「な、なんの音だ…。」
プレイヤー名 mori081は、謎の不快音に反応して周囲を警戒した。
既に四発使ってしまっている。
この散弾銃なら多少エイムが悪くても命中するとはいえ、弾はもっと探しとくべきだったな…。そう呟く。
足元には死にかけの敵が一人転がっていた。殺しきれなかったが、ゲームもまだ序盤。救急セットは持ってないだろ。
「大人しくしてろよ…。後で殺してやる。」
キィィ———……。
また音がして咄嗟に警戒態勢を取る。大丈夫だ、ここは狭い。敵が現れてもすぐ反応できる。
残りの弾で行動不能にして、あとは殴り殺して一気にニキルだ!はは!
キィィ———……。
壁にナイフを突き立て引っ掻く音。近づいてくる。mori081はトリガーに指をかけた。
どこから来る。
キィィ———ッ!
「そこか!!」
音のした方向へ即座に発砲。よし取った!
しかしそこには誰もいない。代わりに、自身の視界が大きく傾いていた。
「……はっ?」
操作も効かず、彼はその場に倒れ込む。画面が真っ赤だ。これではもう死んでしまう。
「やられたのか?なんで…オレ…音のした方に…!」
凶蚊。
霞む視界に映っている、男の名前。
———俺は、横這いになったmori081の前にしゃがみ込んだ。瀕死状態になったアバターが苦しがるモーションを見せているが、それをたしなめるように、しかし焦りを隠すようにナイフを突きつける。
「……大会。このFOR:WINSで、昨日公式大会があったことは知っているか。」
低い声で問い詰める。相手のアバターの顔は酷く怯えた表情になっていた。
「えっ……し、知ってます。」
ボイスチャットのマイク越しから、彼が動揺しているのが伺える。
さぁ、聞け。聞いてしまえ。
ぐいとその刃先を押し付け、震える声を噛み殺して尋ねた。
「俺が、誰か知っているか。」
mori081は俺の顔を見つめる。少しの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「え、し、知りません……———」
声をかき消すように、俺は咄嗟に右腕を突きだした。刃物特有の鈍い音が響き、mori081はそのまま泡になって目の前から消滅してしまう。
消滅。それはつまり死を意味する。
もうボイスチャットからは何も聞こえてこない。血を払う自身のモーションを眺めながら、乾いた笑いが漏れる。
「いや……。流石に、まぁ。全員知ってるなんてことはないしな。想定内だ。」
そう呟く俺は、既に緊張でいっぱいの絞り出すような声になっていた。
大丈夫、たった一人でいい。俺を知っていると言ってくれる誰かがいれば、それでいい。
なんたってまだ60人も戦場にいる、となだめるように何度か頷く。
後ろを振り返ると、死ぬに死にきれない一人のプレイヤーが這いつくばっていた。
「あのー…すいません、僕のことも早く殺してください!」
プレイヤー名 眼鏡太郎だ。
「どうせこれ勝てないし、次のゲームに早く行きたいんですけど、弾丸なくて自殺できないんすよ。」
その言葉にピクリと反応するが、俺は静かにナイフを突きつける。ガスマスクのレンズから、冷たい眼光を覗かせた。
「俺のこと、何か知っているか。」
しかし眼鏡太郎は、こちらを見上げようともしなかった。
「いや、そういうのいいからw。早く殺してくださいよ。」
あまりにも軽い返事に心臓がギュッと縮む感覚がした。既に向こうで新たな銃声が聞こえてきている。ここでもたついてる余裕はない。
ナイフを突きだすと、眼鏡太郎は泡となって消滅した。
『凶蚊 2KILL』
画面の端のカウントが増えるが、心には少し穴が空いたような感覚になる。
まだ二人にしか聞いてないしな。
そう言い聞かせ、外に出る。やけに環境音が大きく聞こえた。崩れかけのコンクリートに、革靴の足音が響く。
ひたすら無心で走った。
着々と戦場からプレイヤーが減っていく。聞き出すことに必死で時間を割きすぎたんだ。急がなければ。
「……。」
しばらくすると、開けた場所が見えてくる。激しい銃撃戦の音はここからか。
旧第三アーケード。錆だらけの看板が至る所に掛かり、元々活気のある商店街だった面影を見せている。そういう設定のエリアだ。
つまり、落ちているアイテムも多い。
(東から二種類、西から三種類の射撃音。)
商店街の脇道で一人、耳をすませる。今のところ所持アイテムはナイフと空のライフルだけ。
問題ない。
———東から一人動いた!
即座に俺は走り出す。おそらく回り込んで、東のもう一人と挟み撃ちにするつもりだ。徒党を組んでの連携といったところか。
「そうはさせない。」
「えっ」
フードを被った異様な様相の男——凶蚊が、脇の暗がりからナイフ片手に身を乗り出す。
一瞬の出来事に、プレイヤー名 ハナマルは為す術なくこちらの鈍色に光る閃撃を受けた。短い悲鳴をあげて倒れ込んだ彼女の喉元に、ナイフを突きつける。
「昨日、FOR:WINSの公式大会があったことは知っているか。」
「えっ、はっ?しら、知らない———」
トドメを刺す。また消滅した。
鼓動が速くなっていく。いやいや、まぁそんなもんだろ。そもそも称号を外しているから、余計分かりづらいだろうし。
しかし休む間もなく、周囲を警戒して歩いてきたプレイヤー にっしーが角から現れた。
「うわっ!」
向こうが気づいた時には、俺が既に間合いに入って真横の射程圏外に立っていた。銃を向けられる前にナイフで致命傷を与える。その反応速度に敵も唖然とする。
「俺のことを聞いたことはあるか。」
「は?…ねぇよ…」
「っ————」
消滅。
音に気づいたプレイヤーがドアを開けて飛び出す。壁側に立って背後を取った俺は、またナイフで切りつける。
「おまえ、誰……。」
消滅。
もう一人、熱心に拳銃を撃ち続ける敵を背後から切る。
消滅。
静かになって、東側に残っていた一人がアーケードの通りに顔を出す。
「あれっ、ハナマルさんが倒してくれたのかな…。おーい———」
ザクッ!と鈍い音を立て、そのまま倒れ込む。背後に立つガスマスクにフード姿の男と目が合った。
「俺の名前に、見覚えはあるか。」
「凶…蚊?えっと…。あ、フレンドさんでしたっけ。」
消滅。
呼吸が荒くなっていた。心の奥で少しずつ黒いものが疼く感覚。
違う、違う違う。分かっている。皆プレイヤー名なんて興味ないんだ、称号さえ見れば理解ってくれる人もいる。名前だけじゃ、そりゃ知らないのも無理はないって。自意識過剰か俺は。
そう頭の中で何度も何度も言い聞かせた。頭では納得している。
納得しているのに、なぜだ?なぜ吐き気が止まらない?
もはや冷静に聞いていく余裕はなかった。
「ナイフっ…ナイフじゃ効率が悪いな、あぁ。」
先ほど倒したプレイヤーから奪った拳銃を構え、旧第三アーケードを抜けて、中心地へと歩を進める。
殺し殺されるために、人は自然と中央へ集まってくるのが、この戦場の常識。
第ニ棟エリア、監視塔エリアを通り、中央広場へ。既に数人の足音が近くに迫っている。
戦場からはどんどん人が消えていく。早く、もっと多くの人に聞かないと。
ドンッ、
唐突に目前に迫ってきた誰かの弾丸が頬をかすめ———その軌道を読んで即座に発砲、命中。前進して、回復しようとするその男に問う。
「俺が誰か知っているのか。」
「誰だよテメェ」
消滅。
手が震えていた。コントローラーに触れる指が汗で滑る。
なに動揺してんだよ、俺!キモいって。
———ちらりと物陰から見えたアバターに反応して、わずかの隙も見せず発砲する。俺が撃ち外すことはなかった。
軽症を負ってその場から逃げようとするプレイヤーを背後からまた撃つ。わざと足を狙った。動けなくなったアバターに勢いよく拳銃を突きつける。
「俺が誰か、知っているかっ…!」
「え怖い怖い、なにコイツやば———」
消滅。
分かっている!称号さえあれば俺を知ってると言ってくれる人もいる。今は称号を外したから、皆理解していないだけ。
たった一回、チャンピオンになったからって、そんなすぐに有名人になれるわけないだろ。バカか俺は!
俺だって、他のゲームのeスポーツ選手の名前はそんなに把握してない。身勝手だろう。俺だけ特別だなんて。
分かっている。頭の中では理解しているのに。
「知らない」、消滅。「知りません」、消滅。「知らねぇよ!」、消滅———――――—
「———七年だぞ!!!」
しかし気づけばパソコンの前で叫んでいた。
声に反応してニ方向から銃弾が飛んでくる。軽症を負うがそれをものともせず拳銃を向けた。
相手の弾はライフルタイプのものだ。時間が経って、残っている奴らは少しずつフル装備になりつつあるんだ。
「大会優勝を目指し始めてからは五年経つっ……。」
発砲した。短い悲鳴のあとに撃った場所の窓から人が降ってきた。背後からも射撃され続ける。そっちはアサルトライフルで、素早く移動しながら近づいてきている。
「たった一度の優勝じゃ、有名になれない…。」
発砲した。もはや見向きもせずに撃った。それでも命中した音が聞こえる。
「違う———七年。俺は七年やってきた。七年間ほとんど勝ち続けてきた。」
倒れたプレイヤーの胸ぐらを掴む。
「俺のことを知っているか?」
「知らないよ。」
消滅。
俺は何をやってるんだ。皆がみんな、このゲームに本気な訳じゃない。八つ当たりしてどうする。
視界がチカチカとしだして、荒くなる呼吸の音がゲーム音よりも大きくなっていた。
高所から落ちて重傷になっていたプレイヤーの元へ向かう。
「俺のこと、しっ、知っているか。」
しかし俺が近づいた途端、そのプレイヤーは———自殺した。
「うわあぁァッ……!!!」
俺は心の底から悲鳴をあげた。
Back to The Jail。手っ取り早く、自殺と呼ばれるその行動は、FOR:WINSにおける一つの手段だ。敵を多く殺すことが勝利条件のこの試合では、長く生き残ることよりも、どれだけ敵にキル数を稼がせないかが大事になってくる。誰かに殺されるくらいなら自分の手で
死んだほうがマシ。
という最終手段。
直接的な表現こそ、ほとんど泡のエフェクトで隠されている。しかしそれを見た俺はサァと血の気が引いて まるで本当の現場を見たかのように絶望した。
目眩がする。
深い深い暗闇がどんどん心を蝕んでいくのが分かる。
『————なんのために生きてるのよ。お前は。』
「っ………!!」
どこか遠くで母親の声がした。
『親が必死に働いて貯めた金を、お前は無駄にした。金だけじゃない。これまでお前に費やしてきた時間も、努力も。お前は全て、ほかでもない両親の前で捨てて見せた。』
ついに雨が降り出した。視界は途端に悪くなり、雨音が人の気配をかき乱す。
ほとんど意識もはっきりしない状態で、俺はただ戦場に残るプレイヤーを探した。
顔に、服に、滴る水で視界は歪む。もうゲームを正常にプレイできる精神状態ではない。心を映し込んだかのように雨は激しくなり、長年の経験と感覚だけが手を動かす。
「違う。違う、違うんだ、か、母さん、父さん。」
一瞬視界の端で動いた影を捉えて発砲した。命中する。
窓縁から狙撃銃を覗かせる男へ発砲した。命中する。
「俺はっ…。優勝した。優勝したら、今まで落胆させた分、全部返せるくらいの『結果』が手にはいるんだ。」
撃ち合いをする二人のプレイヤーに発砲した。命中する。
「優勝賞金を貰った。チームの皆で当分したけど、それでも大金だ。」
命中する。また命中する。
「有名人になったら、ゲームを仕事にして、もっともっと稼ぎ続けることができる…っ。それで昨日、俺、優勝してっ……
俺はやっと有名人に……」
「—————知らない」
「誰だよ。」
「は?」
「知らねぇよ。」
「知りません。」
「知らないです。」
違う、違うだろ。
誰でもいい。名前を呼んでくれ。たった一度でいい。
俺を、知ってると言ってくれ。
銃声が近い。鼻先を弾がかすめる。照準が揺れる。
七年間やってきた。
勉強も人間関係も!全部捨ててやってきた。
全ては優勝するために…。そして俺は、優勝した!七年かけて、やっと!!
銃声。鼓膜が震える。
視界の端で閃光。リロード。間に合わない。
床に転がる薬莢がやけに近い。
足音。右。いや左。
息が浅い。
頼む、誰でもいい。誰か一人でもいいから俺を知ってくれると言ってくれ!
そうしたら、俺が捧げてきた七年間が、無駄じゃなかったと証明できる…!
だから、だから—————
「知ってるよ。」
プレイヤー unknownは、そう言って俺を見あげた。
「知ってる。『凶蚊』。昨日大会で優勝したんだろ。」
「えっ……。」
ほとんど鼓動の音にかき消されていた世界が、突然静かになる。まだ言葉の意味がのみ込めず、俺は拳銃をunknownの額に突きつけたままその場でピタリと止まった。
顔が次第に火照って、喉はカラカラになる。
し、知ってる。俺のこと……。知ってる人がいた。やっぱり、やっぱりいた。
予感していた喜びとは違う、しかし確かな安堵が込み上げてくる。両親、姉。優勝したあの会場の光景が脳裏によぎる。
ゲームに明け暮れた日常を思い出す。
誰の冷笑を浴びようとも、きっといつか優勝して、報われる時が来ると信じていた日々。
そうだよな。俺の居場所はやっぱりここだ。FOR:WINSだ。
優勝した意味はあった。頑張ってきた意味があった。耐えてきた意味はあった。
俺の…七年……。
あの時間は、無駄じゃなかっ
「でも……、だからなんだよ。優勝したから、『俺強いでしょ〜。見てみて〜!』ってか?自慢しにきたのかよ?」
「や、ちが…。」
「言っとくけどさぁ。配信者のプレイ見てる方がよっぽど価値あるんだわ。昨日のは毎年2、3回開催されるただの企業イベントみたいなモンだし。」
「あ、いや」
「お前が強さ証明したい自己満で参加してんだろうな〜ってのは、そうやって自分の名前聞いて回ってる時点でお察しだけど…———」
「お前が優勝したってそんなに意味ねぇよ」




