1-3.開戦
悪をもって悪を制せよ。
————FOR WINS
テロップがアナグラムのように変化し、ゲームタイトルが現れる。
開戦だ。
画面の暗転とともに、マッチングルームにいた参加者が戦場へ転送された。
ゲームの勝利条件はただ一つ。
誰よりも多く殺すこと。
しばらくすると、泡に包まれながら 俺 こと「凶蚊」は、薄暗い市街地の路地に現れた。
壁の汚れ、二個の室外機。
(今回のマップはアンリディア隔離地区ね。そしてここは、南東の廃ビル第五棟のエリア……。)
画面に周囲の景色が映るやいなや、頭の中で瞬時にマップデータと無数の移動ルートが浮かんでくる。慣れたものだ。俺がこの場所で何千、何万回戦ってきたと思ってる。
視界を埋める廃ビルの間を、縫うように駆け抜けていく。人、とにかく人を見つけなければ。
戦場は、26種類。プレイヤーはゲーム開始時、マッチングルームから 選ばれた戦場内のランダムな場所に転送されるようになっている。チーム戦ならメンバー全員が同じ位置からスタートするが、今回は個人戦にした。
つまり、今回の参加者計64人全員が敵同士となる。
そうこうしているうちに、遠くから乱射音が聞こえてきた。既に各地で銃撃戦が始まっているらしい。
転送された場所によっては、すぐ近くに敵がいることも少なくない。臨機応変に行動しなければ、このゲームでは生き残ることさえ難しいのだ。
(こんな時に限って、近くに誰もいないとか……。いつもならファーストキル狙ってこっちの流れに持ってくのに。)
見渡す限り一面に、朽ちかけたコンクリートのビルが建ち並ぶマップ。曇天は低く垂れこめ、街を灰色に沈めていた。今にも雨が降り出しそうな空気がモニター越しにも伝わってくる。
ゲーム上、この雲行きで雨が降る確率は50%だと知っている。
時間帯のせいか 参加者はいつもより少なく、マップの隅に転送された俺の周囲はがらんとしていた。
このまま誰にも会わなければ良い…。そう思う一方で、「 凶蚊」 が認知されているのか、確かめたい自分もいる。
二時間後にはバイトだ。画面を閉じれば、またあの平凡な日常に戻る。
だからせめて———たった一人でいい。
俺の名前を知っている誰かがいれば、それだけで救われる気がするんだ。
コントローラーを力強く持ち直した。
(アンリディア隔離地区は廃ビルの密集地域。高所を取らないと……狙撃の俺が輝けないな。)
一人称視点で広大な敷地を駆け回っていく。見上げると、屋上の絶好の狙撃ポイントが数カ所見える。自分の手には、長年愛用してきたスナイパーライフルがあった。
(でも…、今回は。)
角を曲がると、地面にアイテムが落ちているのを見つける。物資だ。
ナイフとライフル弾10発。
武器は一つ持参できるが、弾丸などはこうした物資から集めていかないといけない。武器自体が落ちていれば、それを使うことも可能である。
……いつもなら弾を拾ってすぐに装填しているところだ。
しかし俺は、ライフルをそのまま肩に提げ、ナイフに持ち替える。
「直接、この目で確かめるんだ……。」
————ドンドンドンッ!
重い発砲音が近くで鳴る。右から聞こえた。音の大きさからして直線距離50m前後付近での発砲だろう。
ビルの中か。
そう勘が働き、目の前の建物に侵入する。内部の構造も手に取るように分かっていた。
薄汚れた屋内は、空からの光が差し込むだけでかなり暗い。ほとんど感覚だけで進んでいく。ホコリの舞う長い廊下を駆けると、もう一度ドン、と音が鳴った。
かなり近い。この階にいる。
壁際に立ち、深く息をして ナイフを握りしめた。
「優勝、優勝。俺は優勝した……。」
実力に自信はある。おそらく、俺は近接武器一つでもこの試合に勝てる。自分が負けるという心配はなかった。
パソコンから一瞬視界を外し、チラリと背後の部屋を見やる。ベッドに置いたままの携帯は、通知の一つもなく暗い画面を見せていた。
頼む。頼むから、俺の居場所はここだと証明させてくれ。
優勝して、有名になって、俺は……!
ガンッ、と勢いよくナイフを壁に打ちつけた。焦る気持ちを紛らわすように、音を立てながら刃先を引きずっていく。
今更後戻りはナシだ。ここからは時間との勝負。
開戦から34秒———。
誰よりも敵を多く殺すことが勝利条件なら、悠長に敵の出方を伺う猶予はない。こちらから仕掛ければ良いのだ。
そうやって俺は、何十万回と、敵を殺してきた。




