表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

1-1.自宅凱旋

 Player vs Player、通称PvP。

 プレイヤー同士による対戦ゲームは、システムでは到底予測できない高度な戦闘技術がぶつかり合うことで、白熱したバトルを生み出す大人気ゲームジャンルである。

 近年では技術の進化によって、「ラグの無い、現実同様の物理空間の再現」「操作感の完全一体化」「視覚限界を超える超高精度なグラフィック」が実現。

 まるでアクション映画を現実で体験しているかのような没入感での戦闘が可能となり、その人気はより爆発的な広がりを見せているのだ。

 そんなPvPで、いま世界の頂点に君臨しているタイトルがある。


FOR:WINS(フォーウィンズ)


 数十種類に及ぶ超広大な戦場を舞台に、ならず者達の放つ銃火が交差する———。圧倒的な技術力と世界観が売りの大人気FPS(一人称)PvPゲームだ。


 『勝利条件はただ一つ。

 誰よりも多く敵を殺すこと。』


 発売から七年。未だに世界同時接続数は100万人を超え、ゲーム業界を席巻。各地ではその戦闘力を競い合う公式大会が毎年開催されているほどである。


 つまり、これほどまでのプレイ人口とリアルな操作性を誇るFOR:WINSで、

「勝つ」

ということは、実質

「最強」

ということ。誰もが崇めひれ伏す、一番強い奴ということだ。

 俺は。


 俺は、今日、優勝した。



 これ以上ない喜びに、俺は今人生で最高の満足感に浸っている。

 多額の賞金、優勝トロフィー、そして名誉を手に自宅へ凱旋。

 メディア応対や打ち上げなどですっかり深夜になってしまったが、未だ高揚感は抜け切れていない。数時間前までのあの熱狂が、耳の中でまだこだましているのだ。

 少し思い返すだけで、ヘッドフォンを取った瞬間の光景が鮮明に脳裏によぎる。


ワァ――――――――ッ………


 「あれはドーパミン大放出だったなぁ〜…。」

 独り言は、真っ暗な自室に静かに響いた。部屋の電気をつけ、コンビニで買ってきた焼きそばとサイダーを適当に机へ投げ置く。

 「…。」

 試合を終えてからは 全てが夢うつつのようで、目まぐるしくもあっという間に物事が進んでいったように思う。インタビューやら色々あった気がするが、なにせ恍惚状態の中だ。雑な返答しかできなかっただろう。

 ネットニュースや配信の切り抜きで、MVPである俺のことが終始取り沙汰されているだろうが、見たくはない。恥ずかしい。

 それでも———。

 「優勝したんだ。俺…。」

 そう考えるたび、胸が跳ね、思わず足をばたつかせてしまう。

 「優勝かぁ…!くぅー……!」

 ベッドに飛び込んで、今すぐ叫びたい気持ちを枕に吐き出した。頭に浮かぶのは、賞金をどう使うか?これからどんな顔で町を歩けば良いか?など、これからの期待ばかり。

 自然と顔がニヤける。

 忙しくなるぞ!俺の住所がバレたらまずいし、出歩くときはサングラスとマスクの装備は必須かも。

 サインの練習もしておくべきか?

 学校で皆にどう自慢してやろう。親戚には一応伝える?いや、賞金目当てで色々せがまれそうだしな…

 「…。」


 部屋は、限りなく無音に近いほど静まり返っていた。

 深夜で車通りが少ないせいか、はたまた会場の騒音が耳に残っているせいか。どちらにせよ、なんだか普段よりずっとしじまで、形容しがたい虚無感が背後にある感じだった。


 携帯には、数時間前に終えた友人とのメールのやり取りが数件ある。もうどいつも寝静まった頃だろう。

 目の前には焼きそばとサイダーがあるだけだ。

 「…。」

 人生最高の日。

 思い返せば、鮮明に試合の。優勝した瞬間の光景が浮かぶ。

 優勝は俺の念願だった。優勝すれば、俺の人生は最高になる。人気者になり、崇められ、戦場に立てば恐れられ注目の的。

 学校でも、街を歩くだけでも、この先の生活ずっと、俺は特別になれる。

 「…。」

 目の前には焼きそばとサイダー。

 一瞬、視界が黒くなる。

 「………。」

 自然と顔がニヤけた。

 やっぱり、俺……——————。



ピンポーン!!ピンポーン!!ピンピンピンポーン!!

 「えっ…な、なんだ?!」

 突然呼び鈴が鳴った。こんな時間に、と警戒はするが、この無配慮極まりない乱雑な鳴らし方には覚えがある。

 恐る恐るドアの覗き穴を確認するが……やはり。

 「ねぇちゃん…かよ」

 そこに居たのは、ヘラヘラと顔を赤くした姉の希藍(きあ)だった。黒髪のポニーテールはほつれて、もはやザンバラ頭になっている。

 数ヶ月ぶりの来訪。しかし喜びよりもまず、ため息が漏れる。

 覚悟を決めて鍵を開けた瞬間、ドアが外側から勢いよく引かれた。

 「うぉおっ!」

 横柄にも姉が、俺ごと引きずり出す勢いで開け放ってきたのだ。俺は外まで転がり、危うく膝を擦りむきかける。入れ替わるように玄関に飛び込んでいく姉。いつものことだ。

 大学生になっても姉の怪力には遠く及ばない。

 「酒くっさ!また致死量まで飲んだのかよ!」

 「致死量なんてぇ、大袈裟にゃぁ〜。あんたの祝い酒分は我慢してきて、やったんだぞぉ〜。」

 「は…、祝い…?」

 なんとか泥酔した姉を自室に押し込み、ドアが壊れてないかを確認する。

 「ゲーム!e スポーツ、だっけ。優勝したんでしょ〜」

 「!」

 なぜだかドキッとした。

 両親には、自分がeスポーツ選手だとは打ち明けていない。社会人で俺より先に独り立ちしている姉には、少し話したような気がするが……まさか覚えていたとは。

 「見てたよ…配信。」

 部屋に戻り、机を挟んで姉の向かいに座り込んだ。彼女は相変わらず酷く酔った様子だが、まだ会話ができるようである。なるほど確かに、いつもよりかは飲んでいない。

 「優勝おめでとう〜!いやぁ、私にはよく分からなかったけどさぁ〜。」

 「分からなかったんかい。」

 「でもでも、あんなに超〜!楽しそうな弟を見れて、良かったわ。」

 「そうですか。」

 さっきまでの静寂が嘘かのように、部屋は賑やかな空気になる。少しホッとしてしまう自分に、疑問が湧いた。

 「それでぇ〜…ほれ!」

 そんな俺を差し置いて、姉は持ってきた袋から缶ビールを取り出した。それをぽいっとこちらに渡してくる。

 「祝い酒ぇ〜!遠慮はいらん、私の奢りよぉ。ふふん」

 これには、静電気のような軽い嫌悪感が走った。

 「…ねぇちゃん!だから俺、まだ未成年だって!」

 さっきの打ち上げだって、飲まない姿勢を貫いてきたのに。なんだって姉はいつもこうなのだ。

 「えぇ、どうせあと一ヶ月で二十歳でしょう。私なんか、十八くらいから普通に飲んでたけどぉ?」

 「今はそういう時代じゃないの。ってか昔もダメだろ。それに俺は、あんた——ねぇちゃんの今みたいな姿を見て "酒はそんなに飲むもんじゃねぇ"って決めたん……ですよ。」

 そうだ。こういう感じだ。姉に対して苛立ちこそすれ、そこまで反抗できない感じ。彼女が一人暮らしで家を出て以降、この感覚は久しい。

 (たまにここへ押しかけたと思っても、無言で寝るかまともに会話ができないかの二択だしな。)

 渡された缶を机に置くと、姉は分かっていたように躊躇なくそれを飲みだした。

 「偉そうに…。ま、そうなら私が飲んでやるけど。仕方なくね〜。」

 「はじめからそのつもりだったろ!」

 「わははっ」

 はぁ、と大げさなため息をついた。わざとらしいと自分でも思う。姉に対しては素直な態度になりたくない、とかいうせめてもの反抗心だろうか。

 こうして迷惑がる素振りを見せているけれど、大会に優勝したことを褒めてもらえるのは、実のところ嬉しいのだ。

 それを悟られまいと俯く。

 姉の眼差しは、昔より優しかった。俺が選手を目指していると打ち明けて以降…かもしれない。


 「…父さん母さんには、やっぱ言わないの?」

 突然の発言にギクリとして、姉を見あげた。そんなに飲んでおいて 酔いが覚めてきたのだろうか。依然として顔は赤いが、それでも気付けば神妙な面持ちになっている。

 「…言っても別に。褒められはしないし。」

 「あっそう。まぁ…それは別にどうでもいいんだけどさぁ。私には関係ないし。」

 じゃあ何で、と言いかけたが、これ以上両親の話は避けたかった。無言が続く。

 姉は何か察したか、口調を変えた。

 「とにかく、あんたの夢は叶ったわけでしょ。大好きなゲームで、優勝!って夢。それで、あんたさ……他に何かやることあんの?」

 目を伏せて、見透かすように言い放つ。

 「…ゲームばっかりで、他のことは全部おざなりだったんでしょう。」

 

 机の上の焼きそばは、今は食べる気になれなかった。気を紛らわすように、サイダーの泡に目線を集中させる。

 なんでそんなこと聞くんだよ。こんな時にさ。

 でも、ここで反抗するのは違うだろう。姉との関係まで中途半端にはしたくない。

 素直に話してしまおうと、心の自分が訴えてくる。


 「やること…。まぁ、無いかな。夢叶って…。なんか、全部終わったって感じ…かも。」

 透明なボトルの奥に、歪んだカーテンが映り込んでいる。

 「どうせ明日から普通にバイトがあるし。夏休みとはいえ、大学のレポートも残ってるしさ…。さ、3年生になったら、就活とかも始まるだろ……。目標達成した割に、何も変わってないっていうか。」

 頑なに視線を動かそうとしなかった。映り込むカーテンの、縫い目にひたすら目を凝らす。

 「でも実家には、帰りたく———…。」

 ぐっと言葉をのみ込む。違う、俺が言いたいのはこんなことじゃない。


 サイダーの泡が一つ、弾けるのを見た。

 自然と顔がニヤける。


 「……ははっ!あの優勝した瞬間に、俺の人生終わってたらもう最高だったのにな〜って!」


 部屋はまた静かになった。

 車一台通り過ぎる音が、やけに大きく聞こえるほど。俺はそれが気恥ずかしくて、変に聞かれてもない言い訳を口滑らしてしまう。

 「いや、別に自殺願望とかねぇけど!ほら、そのっ…、ねぇちゃんみたいな社畜になるくらいだったら、このまま死んだほうがマシだって!…感じ?」

 「…む、社畜とは失礼な。」

 姉が反応してくれた。顔が熱くなり、余計に無駄な口を叩きだす。

 「社畜だよ社畜。会社のストレスを全部酒で埋めようとして、いつもベロベロに酔いつぶれてる人なんかに、俺はなりたくないね。」

 「なっ…!ねぇちゃんに向かってその口の聞き方は何よぉ!」

 「酒場が近いときは、連絡もなしに俺ん家に押しかけて一泊しやがる。今日みたいにな。介抱するこっちの身にもなってくれよ。まったく!」

 「あーそーですか!はいはい、どうせ私は社畜ですぅ!私のような底辺になるくらいなら、死んだほうがマシですよねぇ!」

 「そーだよ!!あー!こんな社会人にはなりたくねぇな!優勝して、夢叶えて、今この最高に満足した状態で死にてぇ!」

 「おぅ、死ね死ね!!バーカ!」

 「うるせぇ!」

 その後はすったもんだの殴り合い……にすらならず、俺が力技で負けた。やはり弟は姉に勝てない。幼い頃からサンドバッグにされていたからか、精神的な恐怖で体が先に降参を訴える。

 俺は部屋の隅でひっくり返りながら、姉が机の上の焼きそばを勝手に調理し、勝手に食い尽くすのを見ているしかなかった。

 ゲーム上の肉弾戦なら勝てるのに…。

 「……。」

 それでもなぜか、今回は姉の来訪に救われたような気がした。認めたくはないけれど。

 こんなんでも一番気の許せる肉親なのだ。

 「俺の焼きそば195円。後で返して。」

 「黙れ。」

 枕を投げつけられる。抵抗する気力はなかった。大きな睡魔が既に俺を飲み込んでいたのかもしれない。

 もうほとんど記憶もなく、気付けば俺は深い眠りについていた。疲れていたんだ。それくらい、目まぐるしい一日だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ