2-1.三度目の死
自身のプレイアブルキャラクター
《凶蚊》の身体を得てから
52試合目。
「どこ行きやがった…、アイツ!」
「この区画に逃げ込んだはずだ!この先は行き止まり…、逃がすんじゃねぇぞ」
「あぁ。周囲の警戒をしろ。俺は左と前方を…。」
野郎の声が近づいてくる。恐らく、2人。
息を潜め、ただ静かにグリップを握りしめた。俺の目には、金網の影と無機質な天井が映るだけ。
じりじりと迫る足音に耳を澄ませた。
寝そべって床につけた背中に、かすかな振動が伝ってくる。
風の流れが———かすかに変わる。
(来る…)
引き金に手を掛けた。
身体は今、動かせない。錆びた金網の隙間へ意識を集中させ、ただその時が来るのを待つ。
灰色の冷たい天井の前に、ぬっ、と薄汚れた靴底が現れた————その瞬間だ。
(撃て!)
パン!!
引き金を引くと同時に、銃声が轟き長い廊下に反響する。
金網越しに勢いよく放たれた弾丸は、踏み込んできた男の大腿を下から貫いた。
「…えっ?」
天井めがけて突き上がった小さな肉片と血飛沫が、ガスマスクのレンズに落ちてくる。
そんなことは気にもくれず、ただ冷静に相手の銃痕と出血量を確認した俺は、すぐにハンドガンをしまった。
(一人行動不能にしたな。よし。)
敵が尻もちをつく音を聞きながら、狭い空間を仰向けのままもぞもぞと前進する。
「嘘だろ、最悪。撃たれたんだが!」
男の声は、その割に随分と他人事のようだ。一方、駆けつけたもう一人は姿の見えない敵に動揺を隠せないでいる。
「は?!どこからだよ!?」
「分からん。なぁ、回復アイテム持ってない?」
「自分で探せ!くそっ…どこだ…!」
3メートルほど進んだ所で、俺は腕に取り付けていた小型ナイフを抜いた。
(ここで注意を引く。)
音が聞こえるように、わざとそれを突き立てる。
キィ…。
不快な金属音が鳴ると、相手もその方向を向いた。
「———あ!いた!」
(一回のスクラッチで気づくか。中々の手練れってわけだ。)
「どこにいた?」
「アイツ…っ
排水路に潜んでやがった!」
正解。
俺は、床下の排水路からずっとお前たちを待っていたのだ。二人をここまで誘い込めば、後々大物が釣れる算段だからである。
その二人目の男が滑り込むように近づき、すかさず発砲してきた。しかし金網が邪魔して弾丸が上手く刺さらない。
(撃てるもんなら撃ってみろ。)
俺はピースサインをして奥に引っ込む。アバターの顔までは見えなかったが、その声から奴が相当の怒気をはらんでいるのが分かる。
「チッ、あの野郎…!!」
暗く狭い排水路を、ひたすらに進んでいく。その頭上で、男がドタドタと駆ける音が聞こえてきた。
きっと出入り口のある設備室まで向かうつもりだろう。
(それも、正解。)
“勝利のため”なら。俺はどんな場所からでも銃を構える。
このFOR:WINSというゲームの世界が 究極にリアルに作り込まれている以上、どんな手段だって有効打につながる手立てとなるからだ。
(いやしかし、近道のためにこの水路を選んだってのに動きづれぇ。こんなに狭かったか、ここって…?)
肩に提げている愛用のスナイパーライフルが、壁に引っかかる感覚を覚える。
見慣れたはずの場所でさえ、生身で体感するとなるとそれだけ勝手が違うらしい。モニター越しでは感じなかった狭隘が、これまでのやり方に水を差す……数十試合を経て、その現実に焦りを感じつつあった。
(なによりっ…汚ねぇし、臭ぇ。俺は今まで、こんな洒落たスーツで、こんな酷い場所を這いずり回っていたのか。)
廃墟となっているここ一帯の水路に、水は通っていない。
しかし長らく整備のされていない空間が清潔であるはずもなく、排水路ともなれば尚更だ。下水のような腐った匂いと、カサカサ動く何かしらの生物の気配。
———パソコンの前に座っている時は、気にも留めなかったグラフィックなのに。
見た目のオシャレのためだけにつけていたガスマスクが、こんな形で役に立つとは。
出口の明かりが近づいてきた所で、体勢をくるりと変えてうつ伏せになる。
このまま隣の部屋まで匍匐前進していけば、開けておいた蓋から抜け出して次の狙撃地点まで移動できる寸法だ。無論、部屋の鍵はかけている。
———ちょうどドアノブを乱雑に回す音が聞こえてきた。
上手く誘導できているようだ。
「よし、それで今度は…」
なんとか排水路から這い出る。
配管や様々な機械が並ぶ設備室は、二階部分まで吹き抜けになった広い空間だった。隣接する格納庫との境界はガラス張りになっており、その向こうには戦闘機が八機ほどずらりと並んでいる。何度見ても壮観な眺めだ。
天井を仰ぐと、頭上にせり出した渡り廊下の手すりに、いくつかの赤いサインランプが点滅しているのが見えた。試合開始直後に仕掛けておいた設置爆弾だ。
狙撃手の俺にとっては、最高の空間。
まずはこの設備室で、男を迎え撃つ。
「さぁ来い!」
俺は奥のリフトに乗り込み再びハンドガンを握った。勝手口の扉の鍵穴に向かって発砲すると、見事鍵が外れて勢いよく開く。
男が慌てて飛び出してくるが、入れ違うようにリフトが上昇した。
「待てっ、この……!」
アサルトライフルを向けるも、動くリフトになかなか照準が合わない。
対する俺は片目を瞑り、ハンドガンの銃口を迷いなく 遠のく男の脳天へ向けた……
—————その時だ。
ガラリと空気が変わった。
『お前か?
私の即席チームメンバーちゃん達を、こぉんなところまで連れ込んだ…… 悪い虫 ってのは?』
広い部屋に響き渡る、どすの効いた女性の声。
ゆったりとした足取り。ヒールの音。
覇気に満ちた気配。
刹那、確信する。
「……釣れたか、大物。」
扉から現れたのは、チェス盤のような衣服に紫色のキング ローブをまとった美女。
プレイヤーネーム、《ベラドンナ》。
個人ランキング、日本34位。
束の間の静寂。
「……お前は。この前の大会優勝者、凶蚊。」
——視認。反応。エイミング。
彼女は俺の姿を見るなり、迷わず手にしていたリボルバー拳銃を撃ち込んできた。
ダァン!
「うぉっ!」
その大きな発砲音と共に、乗り込んでいたリフトが突然傾いて急降下する。
滑車に見事命中したのだ。
体勢が崩れる。
ちぎれかけたロープに気を取られた一瞬の隙に、ベラドンナが間合いまで踏み込んでくる。
今度は銃口を目の前に向けられた。引き金にかけた指が 押し込まれる瞬間を視界に収める。
———しかし俺もハンドガンを構える。
わずか0.02秒後の反応。
西部劇の決闘の如く、お互いの顔を睨み合いながら……
ダダン!!
ほぼ同時に発砲。
だが、ベラドンナの弾丸は———体勢を崩して倒れかけていた俺のこめかみを ギリギリかすめて遠くの壁に砕けた。
一方こちらの弾は、もっと大きく外れて彼女の頭上を通り過ぎていく。
が、
(狙いはその後ろだ!)
放たれた9mm弾は、上階にせり出した渡り廊下まで飛んでいく。
その先には、赤いサインランプ。
「設置爆弾か…!」
「大正解!」
熱波が押し寄せた。
ガラスが爆風で一気に割れる。
まさに、大爆発。
爆弾が一つ起動すると、連鎖して次々と隣の爆弾も起動していく。
リフトが落下すると同時に、赤黒く膨張する炎の塊が花火のように撃ち上がった。
ガラス片が飛び散り、巨大なフィールドから蛍光灯の光が差し込む。
締めは遮蔽物と開けた空間が入り混じる、格納庫という大舞台だ。
「す、すごい……なんなんだ、あの二人……。」
俺は割れたガラス窓の縁を飛び越えて、戦闘機の並ぶレーンへと駆け出す。ベラドンナも獲物を前にした捕食者さながらに、爛々と輝く目で追いかけてきた。
その滑らかで無駄のない動きを見れば、キャラコンの上手さは明らかだ。恐らく、今回の参加者の中でも彼女は別格…!
後方確認のために振り返ろうとすると、チャンスとばかりにぐんと腕を伸ばし、再び眼前に銃口を向けられる。
(思ったより速い!だがお仲間の警戒は手薄になった!)
すかさず肩を大きく捻り、二人の激闘に呆気を取られていた男の方へ拳銃を向けた。
(チームメンバーである以上、アイツを殺される訳にはいかねぇだろ!)
しかし、ベラドンナの目はただ一点、俺だけを捉えていた。
「……っ?!」
ダダン!!
同時に発砲。
「ゔ!」
左の肩に直撃。激痛に思わず、思わずハンドガンを落としてしまう。
他方、俺の弾丸は男の胸に命中したようだった。
キルカウントが一つ増える。
凶蚊、15キル。
これで、今試合の参加者64人中、ベラドンナと俺がトップキラーとして並び立った。
彼女は狂気の混じる笑顔を浮かべながら 更に一歩踏み込んでくる。
「いいね!いい試合だ!」
その時、突然の轟音が二人の熱狂を制した。
爆発に耐えかねた渡り廊下の支柱が、ついに折れる。巨大な鉄骨が軋みを上げ、頭上から崩れ落ちてきたのである。
お互いが咄嗟にローリングで飛び退く。
直後に鉄骨が床に叩きつけられた。爆風が吹き荒れ、視界が一面真っ白に染まる。
(分断された!)
立ち込める硝煙と粉塵。彼女の姿は見えない。
俺は身を潜め、冷静にスナイパーライフルを取り出した。
轟音の余韻が消えていく。
先ほどまでの激戦が嘘のように、辺りは途端に静まり返る。
煙が晴れるまでの、束の間の静寂。
互いの位置は分からない。向こうも、こちらを見失っているはずだ。
俺は白煙の向こうへ、静かに言葉を投げた。
「…ランダムマッチングとは言え、チームメンバーを簡単に見殺しにするとはな。おかげで俺も15キルで同点だ。ここであんたを殺せば、今試合は俺が1位になり、あんたの国内個人成績34位の称号も剥奪…。」
未だ薄白い視界。
「どういうつもりだ。」
次第に粉塵が晴れていく。
彼女の、紫の口紅が薄ら笑みを作った。
『いや、凶蚊ちゃん?お前は既に1位だ。』
「……。」
『私は国内のトップランカーとして、実力のない今回のチームメンバーちゃんにも慈悲を施し、この私が勝たせてあげるって約束をしたのさ。……それで、排水路の上で倒れてた彼…。君はあえて、行動不能にして殺さなかったでしょ。』
俺はスコープに目を押し当て、次第に明るみを帯びる庫内をただ捉え続けた。
『死体はすぐに泡になって消えるからねぇ。私を誘い込むために、生かしておいたんだろ。』
ヒールの音がする。近くではないが、しかし音が反響して場所の特定が難しい。
『だが、私は彼に回復アイテムも渡さず、弾も回収して自殺という手段も取らせなかった…。ただ———『死を待て』と命令したんだ。』
「……!!」
その時、待ちわびていたかのように、
自分のキルカウントがもう一つ———増えた。
「まさか、あんた……」
『おぉ、ちょうど3分経ったね。失血死で、お前のキル判定になった。』
凶蚊、16キル。
トップキラーに、自身の名が躍り出る。
『お察しの通りだ。
FOR:WINS。このチーム戦においては、一番多くプレイヤーを殺した5人組の勝利となる。
だが一つ、どんなにキル数が少ないチームでも
逆転できるチャンスがある!
……君も分かるだろう。』
引き金に指をかける。ただ視界が晴れるのを待つ。
時間稼ぎ故の饒舌だというのは分かっている。
しかし、彼女の声に、言葉に……自分の置かれた状況に、焦燥を抱かずにはいられない。
『参加者の中で、最終的に最もキル数の多いプレイヤーを殺すこと。
—————キラースレイヤー(殺し屋ごろし)、という追加得点。』
「……。」
肩の銃傷があまりにも痛む。
それでも彼女の影に反応し、静かにそちらへ照準を合わせた。
俺の背後はガラス片が飛び散って、歩けば確実に音でバレるはず。狙うなら、この正面しかあり得ない。
『私はそれに賭けたんだ。お前を殺せば私も16キルとなって同点だが……
キラースレイヤーという追加得点により、私個人でも、チームとしても最高得点で優勝だっ!』
視界が晴れる。
正面に鎮座する戦闘機の コックピットの窓に、紫色のマントが映りこんでいるのを捉えた。
0.001秒。
脳天を撃つ。
窓ガラスが割れた。
しかし、そこに彼女の姿はない。
「…反射?!」
「ここだよ。」
カチャ、と背後から音がした。
焦げ付く硝煙の香りがする。
ベラドンナは…俺の後ろに立っていた。
「誘い込んだのは、最初から私の方だったのさ。」
「くそ……!!」
FOR:WINSトッププレイヤーの中で、彼女の二つ名を知らない者はいない。
『どんな強者でさえ、彼女の前では盤上の駒に過ぎない。』『戦況を自在に操り、敵をも勝利の踏み台にする天才的なゲームメイカー。』
個人ランキング日本34位。
プレイヤーネーム、《ベラドンナ》
またの名を、盤上のクイーン。
「戦闘スキルこそ高いが、所詮この程度の頭か。先の大会の優勝はまぐれだったのかな?」
圧倒的な覇気を放つ彼女を前に、硬直する。
息を吸い込むのもままならず、ただ後頭部にリボルバー拳銃の銃口を突きつけられている。反撃の余地すらない。指先の一本でも動かそうものなら、即お陀仏だ。
(これは……負けた……!)
大量の汗と歪む視界。
戦場での死は、既に二度経験している。
それでも恐怖に、迫りくる死には耐えられないものだ。
「——だが、しかし。」
そこで突然、ベラドンナの声色が少しだけ穏やかになる。
「凶蚊ちゃん。お前のプレイスタイルもなかなか嫌いじゃない。気に入った!」
「……え?」
俺はどきりとして、思わず振り向く。
目が合うと彼女は、艶やかな紫色の唇から歯をのぞかせ、屈託のない笑顔でウィンクをしてみせたのだった。
「フレンド申請しとくよ☆今度のプロ戦で、是非ともお互い、最高のチームメンバーを引き連れて再会しようね!」
「えっ、あ……」
ダン!
被弾。消滅。
遠のく意識とホログラムが疼く不快な感覚の中で、『フレンド申請が届きました』という場違いな着信がこだまする。
凶蚊の身体を得てから、三度目の死を迎えた。




