かけがえのない日常
どうせ人は嘘ばっかだし。
まあ、別に私もいつも本当の事ばっかり言ってるわけじゃない。隠したいこともある。でも騙すための嘘とか、言い逃れのための嘘はつかない。善意とか道徳とかからではない。単純に嘘をつくのがめんどくさいのだ。嘘は馬鹿馬鹿しくてつまらない。
だから目の前のこの男を私は許せない。
なぜ昨日、委員会をサボったのだ!
そう大きな声で問い詰めた時、関係のない同級生ですら一斉にこちらを振り返った気配がした。でも、この男ときたら素知らぬ顔で頬杖ついて窓から校庭を眺めてた。そして帰ってきた言葉が「おなかが痛かったから」。小学生みたいな嘘をつくな、ふざけんじゃない。
バンッ!
手に持った委員会の議事録を無言でこいつの机にたたきつけた。次の委員会までに読んでおけ!そんな気持ちを込めたつもりだったが、こいつは一向に姿勢を崩さない。それどころか、さっきからずっと右手でクルクルとシャーペンを回してやがる。それも視線を手先に全く落とさないまま、器用に小指から薬指、中指を経由して人差し指まで。
クソッ!いらだった私は右手を振り回して校庭に向かうこの男の視線を遮ってやる。すると、さすがのこいつもびっくりしたのか、小指と薬指の中間あたりで燕みたいに旋回しようとしていたシャーペンが床へ落ちた。
ざまあみろ。
やっとこっちを向いた男の驚いた顔を脳裏に焼き付けつつ、私は颯爽と振り返る。その瞬間、視界に広がったのは大きくたなびく教室のカーテン。きっと心の鬱憤が風となって教室を吹き抜けたのだ。
***
イラッ!
俺はこの女が振り返った瞬間の得意げな表情を生涯忘れないだろう。容姿がいいのか、成績がいいのか知らないが、劣等生を見下す上級国民のような憎たらしい笑み。
たかが委員会をサボったくらいがなんだというんだ。委員会にクラスから二人も出席する必要がどこにあるのか俺にはいまだに分からない。どっちか一人が聞いておけばいいじゃないか。一度、あの女にそう主張してみたら、晴れた冬の朝みたいな凍える瞳で睨みつけられた。
正直、俺はあいつのあの視線が苦手だ。色々とやましいことがありすぎて、あの冷徹な視線につい動揺してしまう。なるべくあいつとは視線を合わせないようにしよう。そう心に決めて、今日なども半ば無視するような心持で校庭をあてもなく眺めていたのだけど、それがあいつの癇に触ったらしい。
突如として視界を塞ぐ白い掌。動揺した俺はついシャーペンを教室の床に落としてしまう。何をするんだ!といあいつに顔を向けたところに降り注ぐあいつの眼差し。見下すような表情。あいつが振り返ったところに折よくぶわっと広がるカーテンが漫画の悪役の演出効果みたいに見えて、なおの事憎たらしくなる。
俺は指で鉄砲を作って、あいつの背中目掛けて銃弾を撃つ。バンバンバン。ちょっとした憂さ晴らしのつもりだったのだけど、仮想の銃弾を受けたあいつが黒板の前あたりで不意によろめいたので、つい笑ってしまう。よし。
***
「人間ってのは難儀なものですねえ」
ふわふわと空に浮かぶ、背中に羽を生やした赤ん坊がため息混じりに言葉を漏らす。儂は空に寝転がって二人を見下ろしたまま笑みを浮かべる。
「まあ、こういうのも良いんじゃないか?」
二人の間に繋がる赤い糸。さっきは少女が手を振り回したせいで、赤い糸に引っかかってシャーペンが落ちてしまったけれど。本当は二人をつなぐ絆の糸。
「でも、僕の矢をあんなに使い倒す人初めてです。本当、もったいない」羽を生やした赤ん坊の名はキューピッド。少年が何度も何度も少女の心を射るのが残念らしい。「何回撃ったって、重複効果はないんですけどね」キューピッドが見下ろす先には、突如、心臓に発生した痛みに動転する少女の姿。
もしも二人が運命を知っていたなら、きっとそれに抗うことも無いのだろうけど。
突如として発生した胸の痛みを「胸の高鳴り」と呼ぶことすら知らない二人は、今日も互いに互いを心に焼き付けながら迷走するのである。
ちょっと前にどこぞで「様々な視点で小説を書いてみよう」というコンテストをやっていました。そこに応募しようとして準備していたネタです。結局、締め切りに間に合わなかったので「なろう」にて再利用しました。




