表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結保証】科学で興す異世界国家~理不尽に死んだ技術者が、科学と運命点で優秀な兄たちを超えて七カ国を統べ、滅びの未来を書き換える建国譚~  作者: Lihito


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/21

6話:運命点消費——ゼロ

ベルン行きの準備を進めていた、ある日の炊き出しでのこと。


小さな手が、俺の服の裾を引っ張った。


視線を下ろすと、ボロボロの布を纏った少女がいた。

顔は煤で汚れ、髪もゴワゴワ。だが、瞳だけは澄んでいて、俺を真っ直ぐに見上げていた。


「……おうじさま」


少女は震える唇を開いた。


「あのね、おとうちゃんと、おにいちゃんを、たすけて」


「……助ける?」


「となりのまちに、しごとにいったの。でも、かえってこないの」


俺は少女の前にしゃがみ、目線を合わせた。


「隣の町って、ベルンか?」


少女がこくりと頷く。


——やっぱりか。


セバスから聞いていた話と一致する。ベルンのスラムにアルカスの民が囚われている可能性がある、と。

この子の父と兄も、その中にいるのだろう。


「……分かった。必ず連れ戻してやる」


少女の顔がパァッと明るくなった。


「ほんと!? ありがとう、おうじさま!」


小さな体で何度もお辞儀をして、少女は走り去っていった。


俺は立ち上がり、セバスに向き直った。


「予定を早める。明後日、ベルンへ行く」


***


「殿下! 見てくれ、眉毛が焦げちまった!」


翌日。執務室にゲイルが飛び込んできた。

顔は煤だらけで真っ黒だが、表情は子供みたいに輝いている。


「コークス、完成だ! 火力が桁違いだぜ。鉄が泥みてえに溶けやがる」


彼の手には、一本の無骨な短剣が握られていた。

装飾は一切ない。だが、刃は鈍い銀色の光沢を放っている。従来の鉄とは明らかに違う質感だ。


「試作品第一号だ。ちょっと見てくれ」


ゲイルは俺のデスクにあった鉄製のペン立てに、短剣の刃を押し当てた。

軽く引く。


——ザリ、と嫌な音がして、ペン立ての表面に深い傷が刻まれた。


「……従来の短剣じゃ、こうはいかねえ。刃の方が負けるからな」


ゲイルが得意げに笑う。


「まだ試作段階だが、量産できりゃ武器も農具も一変するぜ」


俺はこの短剣を受け取り、懐に収めた。


「いいタイミングだ。交渉材料が増えた」


***


馬車がベルンの街門をくぐる。


アルカスとは別世界だった。

石畳の道、色とりどりの屋根、活気ある市場。

人々が「普通の服」を着ている。ボロ布ではない。


「……これが、本来の都市の姿でございます」


セバスが静かに呟いた。


***


ベルン領主館の応接室。


無駄に豪華な調度品に囲まれて待っていたのは、小太りで脂ぎった男。

ベルン子爵バーゴ。

パツパツのシルク服に、両手の指すべてに宝石の指輪。


「ほっほっほ、これはこれは! アレン殿下ではありませんか!」


揉み手をしながら近づいてくる。だが、目は笑っていない。


「辺境アルカスへの赴任、おめでとうございます。いやはや、あのような何もない岩山、ご苦労なさっているでしょう。もしかして飢えて食べるものがない? 残飯くらいならお恵みしますぞ?」


下卑た笑い声。


「本日はどのようなご用件で? もしかして、借金の申し込み……いえいえ、援助のご相談ですかな?」


——挨拶代わりのマウント、それに早速金の話か。


腹が立つ。

シンプルに、腹が立つ。


その時、部屋の隅からメイドがお茶を運んできた。

そこそこ可愛らしい顔立ち。


……いや、やめておこう。

カリスマは異性に効かないと学んだはずだ。


だが、体が勝手に動いた。

髪をさらりと流し、微笑みかける。


「ありがとう」


「……はい、どうぞ」


メイドは無表情だった。

むしろ「何この人」という目でカップをドンと置き、さっさと下がっていった。


……学習しない俺。


バーゴが身を乗り出してきた。


「で、殿下。単刀直入にお伺いしますが」


声色が商人のそれに変わる。


「我が領地のスラムに、アルカスの民が紛れ込んでいるとか? いやぁ、困るんですよねえ。ゴミはゴミ箱に、貧民は貧民の土地に。そうあるべきでしょう?」


親指と人差し指で円を作る。


「もし彼らを引き取りたいというお話なら、『相応の手数料』を頂かないと。借金は一人につき金貨1枚。スラムには約500人のアルカス出身者がいます。つまり、金貨500枚。これをお支払いいただけるなら、喜んでお返ししましょう」


——このクソ豚が。


正直、運命点を使えばどうとでもなる。

数十点も使えば「偶然バーゴの不正の証拠が転がり込む」、さらに使えば「王都から査察が来て窮地に追い込まれる」。そんな展開も作れる。


だが——そこまでする価値もない。


こいつは金で動く守銭奴だとセバスが言っていた。

なら、損得を突きつければ折れる。

泣かせてやる。言葉だけで。


俺は——鼻で笑った。


「ほう。この領では『仕事』をすると金を取られるのか。とんだぼったくりだな」


席を立つ。


「それに勘違いしないでほしいが、私はただ挨拶に来ただけだ。それなのに言いがかりをつけて金貨500枚をせびるとは聞いて呆れる」


「な……っ!?」


「そちらの言い分では、逃げてきた民を領に滞在させるだけで借金が発生し、返済しないと帰れないと。……なら、こう解釈もできるな。『アルカスから強制的に人をさらい、借金を負わせて奴隷にしている』と」


バーゴの顔が引きつる。


「アルカスの法に基づけば、人さらいへの賠償は一人につき金貨2枚。500人なら1000枚だ。貴殿、払えるか?」


「そ、それは……!」


「まぁ私は貴殿と違い、そんな横暴は言わないがな」


俺はゆっくりと歩き出した。


「ただ、この話が広まった時、貴殿が兄上たちに重用される未来は見えないな。兄上たちは聡明だ。奴隷商まがいの領主に良い顔はしないだろう」


バーゴの顔色が青ざめていく。


「仕事をするだけで法外な金を取られる領であることも承知した。この噂を聞いた商人や民がどう動くか、楽しみだな。……では失礼する」


俺は踵を返し、ドアノブに手をかけた。


「——お、お待ちを! 殿下、お待ちください!」


背後で椅子が倒れる音。


振り返ると、バーゴが額に脂汗を浮かべ、必死の形相で立ち上がっていた。


「ご、誤解です! 言葉の綾というやつですよ! 私はただ、彼らが自立するまでの初期投資を……そう、支援していただけでして!」


ハンカチで顔を拭いながら、早口でまくし立てる。


「わかりました、わかりましたとも! 借金の件は、私の『勘違い』でした! 彼らは自由意志で働きに来ていた。故郷へ帰るというなら、私は笑顔で送り出します!」


完全に折れた——かに見えた。


だが、バーゴの視線が俺の懐に注がれている。

ゲイルの短剣だ。


「ただ……殿下。500人もの労働者が一気に消えれば、私の街も困ります。彼らを解放する代わりに、何か『手土産』を頂けないでしょうか? 例えば、その腰の短剣……妙に良い鉄を使っておられるようですが?」


——この期に及んでまだたかろうとするか、この豚。


俺の声は冷えた。


「聞き間違いか?」


「い、いえ、それは……」


「貴殿の『勘違い』で汚名を着せられそうになった被害者はこちらだ。その代償に『手土産』をよこせと?」


一歩、踏み出す。


「それに、挨拶に来ただけでアルカス民を返せとは言っていない。彼らの自由意志だ。貴殿自慢の領から、わざわざ『貧乏なアルカス』に帰る民などいないのでは?」


もう一歩。バーゴの顔を覗き込む。


「もう一度聞く。——聞き間違いか?」


部屋の空気が凍りつく。

ヴォルフの殺気が肌を刺す。


バーゴの顔色は土気色に変わり、脂汗が滝のように流れ落ちた。


「ひ、ひぃっ! き、聞き間違いです! 全くもって私の聞き間違いでございました!!」


バーゴはブンブンと首を横に振り、裏返った声で叫んだ。


「手土産など滅相もない! 民の移動も自由! 借金など最初からなかった! ですから、どうか、兄君様たちへの報告だけは……!」


完全に折れた。

顔を見れば分かる。戦意喪失。保身しか頭にない。


俺は背を向けた。

バーゴはその場にへたり込み、二度と引き止める声は聞こえなかった。


運命点消費——ゼロ。


完全勝利だ。


……いや、これはまだ始まりに過ぎない。


500人の民を連れ帰るには手段がいる。受け入れ態勢も整えなければならない。

何より——俺には、まだ「商人」がいない。


「ヴォルフ、市場を見て回るぞ」


「は」


俺は館を出た。

この街のどこかに、俺が探している駒がいるはずだ。


お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ