53話:王の責務
王位継承の儀は、荘厳な雰囲気の中で行われた。
大広間に貴族たちが居並ぶ中、俺は玉座の前に跪いた。
父王が立ち上がり、自らの王冠を外した。
「本日をもって、余は王位を退く」
大広間がざわめいた。
だが、父王は構わず続けた。
「アレン・フォン・シンラ」
父王の声が響く。
「汝をシンラ国の王に任ずる。この国を導き、民を守り、繁栄をもたらす責務を負え」
「謹んでお受けいたします」
頭を下げたまま、俺は答えた。
父王が王冠を手に取り、俺の頭に載せた。
重い。
物理的な重さだけじゃない。この国の全てを背負う、責任の重さだ。
「立て」
俺は立ち上がり、貴族たちの方を向いた。
拍手が起きた。
三年前、泡沫候補と呼ばれていた俺が、今ここに立っている。
感慨深い——と言いたいところだが、正直、実感がない。
本当に俺でいいのか、という思いが消えない。
だが、立ち止まっている暇はない。
俺は玉座に座り、声を上げた。
「続いて、役職の任命を行う」
貴族たちが静まった。
「ヴァリウス・フォン・シンラ」
ヴァリウス兄上が前に出た。
「汝を公爵に叙し、大元帥の職を与える。我が下、シンラ軍を統括せよ」
「謹んでお受けいたします」
兄上が跪いて、任命を受けた。
大元帥。軍のトップだ。兄上には最も相応しい役職だろう。
「リアン・フォン・シンラ」
リアン兄上が前に出た。
「汝を公爵に叙し、宰相の職を与える。我が下、内政を統括せよ」
「謹んでお受けいたします」
リアン兄上も跪いた。
宰相。内政のトップ。経済に強い兄上なら、きっとうまくやるだろう。
王と、矛と、影。
三人で国を動かす体制が、正式に整った。
【運命点獲得:+100】
【現在の運命点:340 → 440】
【獲得理由:シンラ王即位】
***
儀式が終わった後、父上に呼び止められた。
「アレン、少し話がある」
「はい」
謁見の間で、二人きりになった。
父上は——もう玉座には座らない。窓際に立ち、俺を見ている。
「王となったからには、言っておかねばならないことがある」
「何でしょうか」
「伴侶だ」
「……は?」
「王には伴侶が必要だ。二十歳になるまでに、最低一人は見つけろ」
俺は固まった。
伴侶。つまり、妻。
いきなり何を言い出すんだ、この親父は。
「あの、父上。俺はまだ十九で——」
「分かっている。だから二十歳までと言っている」
父上は溜息をついた。
「こういっては何だが、お前の兄たちのどちらかが王になると思っていた。二人とも既に婚約者がいるからな、伴侶の件は言及しなかった」
「……つまり、俺だけ婚約者がいないから、今言ってると」
「そういうことだ」
なんだそれ。
俺だけ後回しにされてたのか。
「王には跡継ぎが必要だ。跡継ぎには伴侶が必要だ。当然のことだろう」
「それは分かりますが……」
「心当たりはないのか」
心当たり。
リーネの顔が浮かんだ。
エレオノーラの顔が浮かんだ。
セレナの顔が浮かんだ。
だが——うまくいっているかと言われると。
「……その」
「なんだ、はっきり言え」
「いや、その……います、けど……」
「けど、なんだ」
「うまくいってるかは……その……」
俺は言葉を濁した。
リーネには「気持ち悪い」と言われた。
エレオノーラには塩対応される。
セレナには「同盟国として」で空気が冷たくなった。
うまくいっている要素が一つもない。
父上は呆れたように溜息をついた。
「……まあいい。一年あれば十分だろう」
「は、はい……」
「だが、言っておく」
父上の目が、鋭くなった。
「二十歳になっても決まっていなかったら、こちらで決める。政略結婚でも何でも、王家の存続が優先だ」
「え……」
「それが嫌なら、自分で見つけろ。以上だ」
父上は歩き出した。
「期待しているぞ、アレン」
そう言って、出ていった。
俺は一人、謁見の間に取り残された。
「……伴侶、か」
頭を抱えた。
政治も経済も軍事も、なんとかなってきた。
だが、女性相手だけは——全くうまくいく気がしない。
***
王城の廊下を歩いていると、見覚えのある姿が目に入った。
白銀の鎧。赤い短髪。
「エレオノーラ殿」
「——アレン殿下。いえ、陛下とお呼びすべきですね」
エレオノーラが振り返った。
相変わらず、凛とした佇まいだ。
「堅いな。アレンでいい」
「では、アレン殿下」
「……まあ、いいか」
俺はエレオノーラの隣に並んで歩いた。
「エンヴァでは世話になった。ヴァリウス兄上の軍を率いて、見事な働きだったと聞いている」
「任務を果たしただけです」
相変わらず、素っ気ない。
だが——腰には、あの青い布が巻かれていた。
俺が渡したやつだ。
「その布、まだ使ってくれてるんだな」
「品質が良いので」
「そうか」
沈黙が流れた。
さっき父上に言われたことが、頭をよぎる。
伴侶。二十歳までに。
エレオノーラは——どうなんだろう。
俺のことを、どう思っているんだろう。
査察で来た時から、ずっと側にいてくれた。
ガス作戦の時も、俺の「歯止め」になると言ってくれた。
「そういえば、伴侶の件で——」
「ああ、品格の査察ですか」
エレオノーラが頷いた。
「報告は済ませました。問題なしと」
「いや、そうじゃなくて——」
「他に何か?」
俺は言葉を詰まらせた。
どう言えばいい。
「俺の伴侶になってくれないか」とでも言うのか。
いきなりそんなこと言えるわけがない。
「その……エレオノーラ殿は、俺のことを——」
「は?」
エレオノーラが眉をひそめた。
「まさか、私が伴侶候補だとでも?」
「い、いや、そういうわけじゃ——」
「任務ですよ、任務。査察も護衛も、全て任務として行っていました」
エレオノーラの声が、少し硬くなった。
「勘違いされては困ります」
「あ、ああ……そうだよな。すまない」
「では、失礼します」
エレオノーラは一礼して、背を向けた。
去り際、一瞬だけ——その足が止まったように見えた。
何か言いたそうな、そんな気配。
だが、振り返ることなく、エレオノーラは廊下の角を曲がっていった。
俺はその背中を見送った。
「…………」
撃沈だ。
完全に撃沈だ。
任務。全部任務。
そうだよな。そうに決まってる。
俺は壁に寄りかかって、天井を見上げた。
政治も経済も軍事も攻略できるのに、なぜ女性一人の心が分からないのか。
***
数日後、俺はアルカスに戻った。
久しぶりの我が家だ。
王都での儀式やら何やらで、しばらく離れていた。
「お帰りなさいませ、殿下——いえ、陛下」
セバスが出迎えてくれた。
「セバス、堅いな。今まで通りでいい」
「かしこまりました、殿下」
「それでいい」
俺は領主館に入った。
懐かしい匂いがする。
ここが、俺の居場所だ。
「殿下、お茶をお持ちしました」
リーネの声がした。
振り返ると、リーネがお盆を持って立っていた。
「ああ、ありがとう」
執務室に入り、椅子に座った。
リーネが紅茶を淹れてくれる。
「……お疲れのようですね」
「まあ、色々あったからな」
紅茶を一口。
うまい。リーネの淹れる紅茶は、いつも丁度いい温度だ。
「王になられたんですね」
「ああ」
「おめでとうございます」
「……ありがとう」
リーネの声は、いつも通り淡々としていた。
だが、どこか——寂しそうにも聞こえた。
「リーネ」
「はい」
「一つ、頼みがある」
リーネが首を傾げた。
「王都に来てくれないか」
「……は?」
「側で働いてほしい。経理だけじゃない。お前には色々助けられてきた。井戸の時も、染料の時も、お前の一言がきっかけで解決策が見つかった」
リーネは目を丸くしていた。
「俺には、お前が必要だ」
言ってから、自分の言葉に気づいた。
いや、待て。今のは——
「し、仕事の話だ。仕事の。勘違いするなよ」
「……何を勘違いするんですか」
リーネの声が、少し冷たくなった。
「お仕事の話ですよね。分かっています」
「あ、ああ。そうだ。仕事だ」
「……考えておきます」
リーネはそう言って、部屋を出ていった。
俺は一人、残された。
「…………」
また何かやらかした気がする。
俺は頭を抱えて、机に突っ伏した。
政治も経済も軍事も攻略できるのに。
なぜ、女性の心だけは攻略できないんだ。
***
こうして、三年目が終わった。
泡沫候補と呼ばれた第三王子は、王となった。
荒れ地だったアルカスは、繁栄する領地となった。
敵だった兄たちは、共に国を支える同志となった。
政治も、経済も、軍事も——攻略してきた。
だが、伴侶問題だけは、攻略の糸口すら見えない。
……誰か、攻略法を教えてくれ。
【第一部・完】
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