52話:幕間 王の影と矛
ヴァリウスは、弟の演説を聞いていた。
理情両輪。
悪くない言葉だ。
いや、正直に言えば——良い言葉だった。
俺は強兵富国を掲げた。
軍が強ければ国が富む。シンラを最強国にする。
それが俺の信念だった。
だが、アレンの言葉を聞いて、気づいたことがある。
俺は——理屈だけで動いていたのかもしれない。
強い軍を作る。敵を倒す。国を守る。
それは正しい。だが、それだけでは足りない。
民の心。兵の士気。仲間の信頼。
そういうものを、俺はどれだけ見てきただろうか。
戦場では、俺は先頭に立った。
剣を振るい、兵と共に戦った。
だが、それは——俺が戦いたかっただけかもしれない。
兵のためではなく、俺自身のために。
アレンは違う。
あいつは、井戸を掘った。
民と一緒に汗を流し、同じ釜の飯を食った。
俺にはできないことだ。
いや、できなかったのではない。
やろうとしなかったのだ。
王は民の上に立つもの。
そう思っていた。
だが、アレンは違う考えを持っている。
王は民と共にあるもの。
だからこそ、あいつは民の心を掴める。
——敵わないな。
ヴァリウスは、静かにそう思った。
王を諦めたわけではない。
最後まで、勝つつもりで戦った。
だが——こいつには敵わない。
それを認めることに、不思議と悔しさはなかった。
投票が始まった。
貴族たちの名前が、次々と呼ばれていく。
アレン。アレン。アレン。
——そうだろうな。
ヴァリウスは腕を組んだまま、静かに聞いていた。
集計が終わった。
「次期シンラ国王は——アレン・フォン・シンラとする」
歓声が上がった。
ヴァリウスは目を閉じた。
——結果は結果だ。
潔く受け入れよう。
俺は最後まで正々堂々と戦った。
悔いはない。
それに——考えてみれば、悪くない結果だ。
俺は王の器ではなかったのかもしれない。
民の前に立ち、国を導く。
そういう役割は、俺には向いていない。
俺は剣を振るう側でいい。
敵を斬り、味方を守り、戦場を駆ける。
それが俺の生き方だ。
アレンが王になるなら、俺はその剣になればいい。
最強の剣。誰にも負けない矛。
この国を守る、最後の砦。
ヴァリウスは目を開けた。
アレンが、呆然と立ち尽くしている。
勝ったという実感がないのだろう。
ヴァリウスは歩み寄った。
「アレン」
「兄上——」
「見事だった」
肩を叩いた。
「正直、悔しい。だが、お前の言葉には負けた」
そして、膝をついた。
「シンラ第一王子ヴァリウス、次期国王アレンに忠誠を誓う」
頭を下げながら、ヴァリウスは心の中で誓った。
——この男の、アレン王の矛となる。
俺の剣は、お前のために振るう。
お前を脅かすものは、俺が斬る。
お前が進みたい道を、俺が切り開く。
それが、俺の答えだ。
***
リアンは、弟の演説を聞いていた。
理情両輪。
——上手いことを言う。
リアンは内心で苦笑した。
俺は富国強兵を掲げた。
国が富めば軍が強くなる。経済こそ国の根幹。
それは正しいと、今でも思っている。
だが、アレンの言葉には——別の力があった。
理屈だけでは人は動かない。
情だけでも国は守れない。
両方が必要だ。
分かっている。俺だって分かっている。
だが、それを言葉にして、人の心を動かせるか。
俺には、できない。
リアンは自分をよく知っていた。
俺は裏方だ。
数字を弄り、商人を動かし、情報を集める。
そういう仕事は得意だ。
だが、人の前に立って、心を掴む。
それは俺の領分ではない。
アレンは違う。
あいつには、人を惹きつける何かがある。
経済戦で対峙した時から、それは分かっていた。
正面からの勝負では、敵わない。
二年目の報告会で負けた時から、薄々気づいていた。
——それでも、最後まで戦った。
諦めるのは性に合わない。
万に一つの可能性があるなら、そこに賭ける。
それが俺のやり方だ。
投票が始まった。
貴族たちの名前が、次々と呼ばれていく。
アレン。アレン。アレン。
予想通りだった。
中立派が、軒並みアレンに流れている。
あの演説を聞けば、そうなるだろう。
リアンは静かに、その様子を見ていた。
集計が終わった。
「次期シンラ国王は——アレン・フォン・シンラとする」
——そうか。
リアンは小さく息を吐いた。
負けた。
経済戦で負け、最後の演説でも負けた。
完敗だ。
だが、不思議と悔しさは薄かった。
むしろ——納得している自分がいた。
あいつは眩しすぎる。
民の前に立ち、笑顔を振りまき、人の心を掴む。
王として、表舞台に立つ器だ。
俺は違う。
俺は裏で動く方が性に合っている。
——光が強ければ、影も濃い。
リアンは薄く笑った。
アレンが王として表に立つなら、俺は裏で動けばいい。
表に出せない仕事は、いくらでもある。
汚い仕事。
卑怯な策略。
王の名を汚さないための、闘の仕事。
それを引き受けるのは——俺だ。
ヴァリウスが膝をついた。
その姿を見て、リアンも歩み寄った。
「やられたよ、アレン」
苦笑を浮かべた。
「経済戦でも負け、最後の演説でも負けた。完敗だ」
そして、膝をついた。
「シンラ第二王子リアン、次期国王アレンに忠誠を誓う」
頭を下げながら、リアンは心の中で呟いた。
——アレン王の、影となる。
お前が光なら、俺は影だ。
お前が進む道を、俺が裏から支える。
お前が汚れずに済むように、俺が汚れ仕事を引き受ける。
それが、俺の答えだ。
***
「……ありがとう、兄上たち」
アレンが、二人に手を差し出した。
「これからは、三人で国を作っていこう」
ヴァリウスは立ち上がり、その手を取った。
リアンも、同じように手を取った。
三人の手が、重なった。
広間に、大きな拍手が響いた。
——これでいい。
ヴァリウスは、そう思った。
俺たちは敵ではなく、味方になった。
王と、影と、矛。
三人で、この国を守っていく。
悪くない。
悪くない結末だ。
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