49話:用済み
最近、全てが順調だった。
エンヴァ王は上機嫌で晩餐を終えた。
今夜の肉は格別だった。民から搾り取った税で買った、最高級の牛肉。口の中でとろける脂の甘さ。これだから王はやめられない。
「陛下、デザートをお持ちしました」
「うむ」
侍従が運んできた菓子を一口。甘い。実に甘い。
これも民の税で買ったものだ。あいつらが汗水垂らして稼いだ金で、私は甘い菓子を食べている。
愉快だ。実に愉快だ。
セレナも良い仕事をしている。
今日も街に出て、笑顔を振りまいてきたらしい。民どもは「王女様」「王女様」と喜んでいたという。
馬鹿な連中だ。あの笑顔が作り物だと気づきもしない。
だが、それでいい。気づかないからこそ、従順でいられる。
逃亡者も減った。
最初の頃は何人か逃げようとする者がいたが、「魔物に襲われた」という話が広まってからは、ほとんどいなくなった。
見せしめは効果的だ。一人を消せば、十人が怯える。百人が諦める。
効率の良い統治だと、我ながら感心する。
そして——シンラからの使者。
第二王子リアンの名代が、友好条約を申し入れてきた。物資の供給まで提案してきたという。
あの大国シンラが、エンヴァに頭を下げてきたのだ。
断ったが、内心では笑いが止まらなかった。
あの魔人との取引は、実に良い判断だった。
民を差し出すだけで、王家の安全が保証される。国力も維持できる。
おかげでシンラにも一目置かれるようになった。
——うまくやれば、シンラすら手中に収められるかもしれない。
大国の王子が媚びを売ってくる。この私に。
ああ、なんと愉快なことか。
ワインを傾けながら、王は窓の外を見た。
夜空に月が浮かんでいる。平和な夜だ。
その時——
「陛下」
侍従が青い顔で駆け込んできた。
「東塔より、お呼びです」
王の手が止まった。
グラスの中で、赤いワインが揺れる。
「……そうか」
また、呼び出しか。
あの魔人は、いつも突然呼び出す。定期報告の日でもないのに。
何度経験しても、この瞬間は緊張する。
「すぐに参る」
王は立ち上がった。
足が少しだけ重い。だが、行かないわけにはいかない。
あの存在を待たせてはならない。
***
東塔の階段を上る。
息が切れる。心臓が早鐘を打つ。いつものことだ。
最上階の扉の前で、深呼吸をした。
大丈夫だ。最近は順調に報告している。怒られる理由はない。
扉を開けた。
月明かりが差し込む部屋。
窓際に、あの影が立っていた。
「——来たか」
「は、はい」
王は頭を下げた。
「お呼びとのことで、すぐに参りました」
探究は振り返った。
角を持つ輪郭。人の形をしているのに、人ではないもの。
何度会っても、この存在には慣れない。
「娘のことだ」
「セ、セレナでございますか?」
「よくやっている。民に希望を与え、反乱を防いでいる」
「は、はい。おかげさまで——」
「だから、殺せ」
王の思考が、一瞬止まった。
「……は?」
探究の声には、何の感情もなかった。
まるで天気の話でもするように、娘を殺せと言っている。
「あ、あの、それは——」
その時、窓から強烈な光が差し込んできた。
「——っ!」
王は思わず目を覆った。
眩しい。太陽のような白い光が、部屋を焼いている。
「な、何だ……!?」
外から歓声が聞こえた。悲鳴。怒号。様々な声が混じり合っている。
探究が窓に近づいた。光を気にする様子もない。
王も目を細めながら続いて、外を見下ろした。
広場に、白い布が張られていた。
その布に、何かが映っている。
巨大な影。二つの人影。
一つは——自分だった。
太った体。豪華な衣装。王冠。
もう一つは、角を持つ影。
「——っ」
王の顔から、血の気が引いた。
映っている。
この部屋が。この密会が。
民の目に、晒されている。
広場では悲鳴が上がっていた。
「王様が魔人と——!」
「裏切り者だ!」
「俺たちを売ったのか!」
怒号が渦巻いている。
「な、なぜ……どうして……」
王は震えた。
探究に縋りついた。
「お、お待ちください! 私はあなたの言う通りにした! 民を差し出した! 税を上げた! 娘も使った! 全部、全部あなたの指示通りに——」
探究は答えなかった。
ただ、王の喉を掴んだ。
「ひっ——」
持ち上げられる。足が床から離れる。
息ができない。視界がぼやける。
「ま、待っ——私は王だ! この国の——」
探究は窓に向かって歩いた。王を片手でぶら下げたまま。
「や、やめ——助け——」
走馬灯のように、記憶が蘇った。
民を差し出した日のこと。
「今月は十五人、お渡しいたしました」
——平民など、いくらでも代わりがいる。減ったら増やせばいい。
セレナを東塔に連れてきた日のこと。
「この娘を使え」
——道具は使い方次第だ。笑わせておけば、民は従順になる。
逃亡者を処分した日のこと。
「魔物に襲われた、と発表しろ」
——見せしめにすれば、誰も逃げなくなる。効率的だ。
私は間違っていない。
王として、当然の判断をしただけだ。
民を守るために、仕方なかったのだ。
——いや。
守ろうとしたのは、民ではなかった。
自分だ。自分の地位だ。自分の贅沢だ。
民など、最初からどうでもよかった。
「——っ」
でも、それの何が悪い。
私は王だ。民の上に立つ者だ。
民のために犠牲になる必要などない。
民が私のために犠牲になるのは、当然のことだ。
私は、間違っていない——
探究が、手を離した。
体が宙に投げ出される。
窓枠が遠ざかっていく。
夜空が広がる。
落ちていく。
なぜだ。
なぜ私が。
私は王だぞ。
言う通りにしたではないか。
全部、全部、お前の指示通りに——
地面が迫る。
民の顔が見えた。
怒りに歪んだ顔。憎しみに燃える目。
あいつらが、私を見上げている。
ふざけるな。
私は王だ。
お前たちの上に立つ者だ。
お前たちに見下ろされる筋合いは——
衝撃。
そして、暗転。
***
東塔の最上階。
探究は窓から広場を見下ろしていた。
潰れた肉塊が、石畳の上に転がっている。
民が悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
階段を駆け上がってくる足音。
衛兵が三人、部屋に飛び込んできた。
「何者だ! 王を——」
探究は振り返らなかった。
指を軽く振った。
衛兵たちの体が、燃え上がった。
悲鳴は一瞬で途切れた。
三つの炎が、床に崩れ落ちる。
探究は窓の外を見た。
広場で何か騒いでいる。
金髪の娘が演説している。民が膝をついている。騎馬の群れが押し寄せてきた。
実験環境が汚染された。
まあいい。人間の反応パターンはおおよそ記録できた。
次はあれを観察するのも悪くない。
探究は窓枠に手をかけた。
夜空に、影が消えた。
広場では、誰も気づかなかった。
東塔の窓から、何かが飛び去ったことに。
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