4話:美味い飯と暖かい部屋
ガルドが帰った後、俺たちは早速動き始めた。
一週間。
それがガルドとの約束だ。石炭とジャガイモを見せて「やるじゃねえか」とは言われたが、まだ信用されたわけじゃない。
「明日の夕方、広場で炊き出しをやる」
セバスが頷き、ヴォルフとゲイルが顔を見合わせる。
言葉より、体験させた方が早い。
暖かさと、美味さ。それを民に見せる。
「ガルドにも声をかけておけ。協力すると言っていた」
「承知いたしました」
***
翌朝。
ガルドが部下を連れて領主館にやってきた。
「で、何をすればいい」
愛想はないが、昨日よりは棘が減っている。
「まずは現状を教えてくれ。この領地の人口、問題、全部だ」
「そういうのはリーネの方が詳しい」
ガルドが後ろを振り返った。
「おい、資料を持ってこい」
「はい」
部屋の奥から、一人の少女が進み出た。
銀髪を一つに束ねて、父親譲りの鋭い眼差し。
歳は俺と同じか、少し下くらいか。
粗末な毛皮のコートを着ているが、立ち姿には妙な気品がある。
——かわいい子だな。
素直にそう思った。
「娘のリーネだ。帳簿の管理はこいつがやってる」
リーネは俺をちらりと見たが、特に表情を変えることなく資料をテーブルに置いた。
……ん?
今、完全にスルーされなかったか?
俺は一応、王子なんだが。
もう少しこう、何かあってもいいんじゃないか。
——いや待て。俺にはカリスマがあるはずだ。
転生前に50点で買った。100点でハーレム作った奴がいるとか聞いた。
50点なら半分の効果でも、第一印象くらいは良くなるはずだろ。
……気のせいか? それとも、まだ発動してない?
試してみるか。運命点で後押しすれば、さすがに効くだろう。
「よろしく頼む」
俺は声をかけながら、意識を集中させた。
【5点消費:この女性に好印象を与える】
体の中で、何かが動いた——気がした。
「……よろしくお願いします」
軽い会釈。それだけ。
目も合わせない。声のトーンも変わらない。
まるで、道端の石に挨拶されたみたいな反応だった。
——あれ?
視界の端に、ウィンドウが浮かんだ。
【消費:5点 残:435点】
【運命点は因果の流れを操作する力だ。人の内面や感情を直接変えることには向いていない】
…………は?
いや待て。ガルドの時は効いたじゃないか。10点使って、明らかに空気が変わった。
——違う。あれは「話を聞いてもらう」という状況を作っただけだ。
ガルドの心が変わったわけじゃない。「一週間待つ」という行動を引き出しただけ。
でも今回は「好印象を与える」——相手の感情を変えようとした。
それは運命点の管轄外ってことか。
じゃあカリスマは?
50点で買ったカリスマはどこに行った?
……まさか、あれか。
「ハーレム作った奴がいる」って、カリスマの効果じゃなくて元からモテる奴だっただけ?
50点で効果半減じゃなくて、異性方面だけごっそりカットされてる?
確認しておけばよかった。
あの神、説明が雑すぎるんだよ。
(……ということは、異性攻略は完全に実力勝負?)
前世でも女性と縁がなかった。
研究室にこもって、データと睨めっこして、気づいたら周りは既婚者ばかり。
異世界に来たら少しは変わるかと思ったが、甘かった。
……詰んでないか?
「……殿下?」
セバスの声で我に返った。
「あ、ああ。すまない。それで、現状を教えてくれ」
リーネが資料を広げ、説明を始めた。
淡々とした声。事務的な口調。
俺への関心はゼロ。完全にゼロだ。
……切り替えよう。今は領地経営が先だ。
恋愛攻略は——まあ、後で考える。
***
夕刻。
広場には数百人の民が集まっていた。
皆、痩せこけて、疲れた顔をしている。
俺を見る目には、警戒の色が強い。
「また新しい領主か」
「どうせすぐいなくなる」
聞こえてくる声。
無理もない。何度も裏切られてきたのだから。
俺は石炭を手に取り、広場の中央に組んだ竈にくべた。
火をつける。
最初は煙が出るだけ。
民たちの顔に、「やっぱりな」という色が浮かぶ。
——頼む。
ボウッ。
低い音と共に、石炭が赤々と燃え始めた。
重く安定した炎。薪とは比較にならない熱が広がる。
「なっ……!?」
「石が、燃えて……!」
どよめき。だが、まだ半信半疑だ。
俺はセバスに合図した。
大鍋が運ばれてくる。
ジャガイモと干し肉のスープ。湯気と共に、香りが広がった。
俺は自ら柄杓を取り、最前列の老婆に椀を差し出した。
「食べてくれ」
老婆は受け取らなかった。
震える手で、椀を見つめている。だが、手が伸びない。
「……本当に、食べていいのかい」
「ああ。遠慮はいらない」
「でも……」
老婆の目には、長年の警戒が染みついていた。
何度も裏切られてきた目だ。「美味い話には裏がある」と、体が覚えてしまっている。
俺は椀を置いた。
そして、自分の分を掬い、一口飲んだ。
「……美味いぞ。毒なんか入ってない」
老婆の目が、わずかに揺れた。
「……」
震える手が、ゆっくりと椀に伸びる。
スープを受け取り、恐る恐る口に運んだ。
「……あったかい」
涙がこぼれた。
「美味しい……こんな美味しいもの、久しぶりに……」
それを見ていた周囲の民が、少しずつ前に出てきた。
「本当に食べていいのか?」
「あのばあさんが食べて平気なら……」
一人、また一人と列ができていく。
「本当だ、美味い!」
「体が温まる……!」
顔が変わっていく。
警戒が、驚きに。驚きが、希望に。
「この領主様、今までと違うんじゃないか……?」
誰かがそう呟いた。
***
配膳が一段落した頃。
広場の端で、銀髪が動くのが見えた。
リーネだ。子供たちに芋を配っている。
「はい、熱いから気をつけてね」
——え?
声が、柔らかい。
昼間の事務的な態度とは、まるで別人だ。
子供が椀を受け取ると、リーネはその頭をそっと撫でた。
「お代わりもあるから、ゆっくり食べな」
笑っている。
ふわりと綻んだ、優しい笑顔。
……ああいう顔もするのか。
俺がそう思った瞬間、リーネが顔を上げた。
目が合った。
——瞬間、表情が消えた。
まるでシャッターを下ろしたみたいに。
「……何か?」
冷たい声。
「いや、手伝いありがとう」
「……民のためですから」
素っ気ない返事。視線はもう子供たちに戻っている。
……なんで俺にだけそうなんだ。
さっきの笑顔は素だろう。あれが本当のリーネだ。
なのに、俺に向けられるのは無表情と事務的な対応。
運命点は効かない。カリスマも効いてない。
実力で攻略するしかないが、その実力が壊滅的に足りない。
(……まあいい。今は領地経営が先だ)
俺は配膳に戻った。
だが、少しだけ引っかかっていた。
***
炊き出しが終わり、民たちが帰っていく。
「ありがとうございます、殿下!」
「また来てくださいね!」
手を振る声。
その顔には、確かに希望があった。
俺は広場に残り、片付けを手伝っていた。
そこに、足音が近づいてきた。
振り返ると、リーネが立っていた。
少し離れた場所。相変わらず無表情。
「…………」
沈黙。何か言いたげだ。
俺が待っていると、リーネは小さく息を吐いた。
「……民が、喜んでいました」
一拍、間があった。
「……感謝、します」
それだけ言って、足早に去っていった。
俺はその背中を見送った。
——素直じゃないな。
そう思ったが、悪い気はしなかった。
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