40話:魔王軍の影
王都からの帰路、俺はフェルゼン侯爵の領地に立ち寄った。
事前に手紙を送っておいたおかげで、侯爵は俺を待っていてくれた。
「アレン殿下、お待ちしておりました」
フェルゼン侯爵は、書斎で俺を迎えた。
白髪交じりの髪、知性的な目。
父王と同年代だが、武人というより学者の雰囲気がある。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「いえいえ。お手紙を拝見して、すぐに資料を集めておりました」
侯爵は机の上に積まれた古い書物を示した。
「魔王軍について、でしたな」
「はい。エンヴァの背後に魔王軍がいる可能性が高いと判断しました。その前提で動くことになりましたが——正直、魔王軍について詳しくないのです」
「なるほど。では、始祖の時代から話しましょう」
侯爵は椅子を勧め、自らも腰を下ろした。
***
「始祖の時代——今から数百年前のことです」
侯爵はページをめくりながら語り始めた。
「当時、魔大陸から一人の魔王が現れました。始祖の魔王と呼ばれています」
「始祖の魔王」
「はい。彼は強大な力を持ち、人間の国々を次々と征服していきました。世界の半分を支配するまでに至った」
「世界の半分……」
「最終的に、勇者と呼ばれる人間が立ち上がり、魔王を討伐しました。相討ちだったと伝えられています」
俺は頷いた。よくある英雄譚だ。
「ですが、重要なのはその後です」
侯爵は本のあるページを指さした。
「始祖の魔王が死ぬ間際、予言を残したと言われています」
「予言?」
「『いずれ統一者が現れ、皆を滅ぼす』と」
「……」
「我々人間にとっては恐ろしい予言です。統一者が現れれば、人間は滅ぼされる。だからこそ、魔大陸を統一させてはならない、と」
俺は眉をひそめた。
何かが引っかかった。
「侯爵。一つお聞きしてもよいですか」
「何でしょう」
「その予言、『皆を滅ぼす』とありましたが——なぜ『人間を滅ぼす』ではないのですか」
侯爵が目を瞬かせた。
「……と、言いますと?」
「魔王の予言なら、『人間を滅ぼす』と言う方が自然ではありませんか。なぜ『皆を』なのか」
侯爵は少し考え込んだ。
「……興味深いご指摘ですな。確かに言われてみれば……」
「『皆』には、誰が含まれるのでしょう。人間だけですか。それとも——」
俺は言葉を切った。
考えすぎかもしれない。
だが、「皆を」という言葉が妙に引っかかる。
「……失礼しました。続けてください」
「いえ、殿下の着眼点は鋭い。私も考えたことがなかった」
侯爵は咳払いをして、話を戻した。
「では、幹部について話しましょう」
侯爵が別のページを開いた。
「現在、魔大陸には四天王と呼ばれる四人の魔人がいます。それぞれ領地を持ち、統一されていない状態です」
「統一されていない?」
「はい。始祖の魔王が死んで以来、魔大陸はバラバラのままです。四天王同士が協力することはほとんどない」
「……なるほど」
「四天王について話しましょう」
侯爵は指を折りながら説明を始めた。
「まず『探究』。人間社会を研究し、実験するタイプです」
「実験?」
「はい。単なる観察ではなく、積極的に介入して反応を見る。人間を……実験動物のように扱うと言われています」
俺は眉をひそめた。
「次に『修羅』。強さを追い求める戦闘狂です。ただし人間には興味がない。弱すぎるから、と」
「……なるほど」
複雑な気分だ。舞い上がるべきか、悲しむべきか。
「『覇権』は魔大陸の奥地で領土拡大に専念しているタイプです。人間側とは接点がない」
三人目。
奥地で領土拡大。
一番野心がありそうだが、今は魔大陸内で完結しているらしい。
「そして最後に『虚無』」
侯爵の声が少し低くなった。
「最古にして最強。始祖の魔王の伴侶だったと言われています」
「始祖の伴侶?」
「はい。始祖が勇者と相討ちになってから数百年、全く動かない。何を考えているのか、誰にも分かりません」
数百年。
愛する者を失って、数百年。
それは……どんな時間なのだろう。
侯爵が続けた。
「四天王はそれぞれ領地を持ち、まとまっていません。仲が悪いというより、そもそも協力するという概念がないようです」
「……では、エンヴァと結びついているのは」
「おそらく『探究』でしょう」
侯爵は淡々と言った。
「人間社会を内側から崩す方法を研究しているとすれば、エンヴァは格好の実験場です。民がどこまで耐えられるか、希望を与えればどうなるか、そしてそれを奪えば——」
背筋が凍えた。
エンヴァ王の態度が脳裏をよぎった。
民が餓死しても動かない。
まるで民を人間だと思っていないような。
——それが「実験」なら。
「……侯爵」
「はい」
「探究は、何のためにそんなことを?」
侯爵は静かに答えた。
「予言を信じているのでしょう。統一者が現れた時、いかに効率よく人間を支配するか。その予習をしているのではないかと」
俺は黙った。
このタイプは厄介だ。
力で押してくる相手なら、まだ対処のしようがある。
だが「実験」の相手は、気づいた時には手遅れになっている。
「もしそうであれば、早急に手を打つ必要があります」
侯爵の表情が引き締まった。
「探究は時間をかけて根を張る。気づいた時には、国全体が蝕まれている」
「分かっています」
俺は立ち上がった。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「何でしょう」
「人間が魔王軍と交渉することは、あり得るのでしょうか」
侯爵の表情が曇った。
「……殿下。それは禁忌です」
「禁忌?」
「始祖の魔王に滅ぼされかけた記憶は、今も人々の中に残っています。魔王軍と通じること——それは、人類全体を裏切る行為と見なされる」
侯爵は静かに言った。
「もしそのような事実が明るみに出れば、その国は人間社会から孤立します。他の全ての国が敵に回ると言っても過言ではない」
だからこそ、証拠が必要なのだ。
エンヴァ王が魔王軍と通じている証拠。
それがあれば、エンヴァを攻めても侵略者にはならない。
「ありがとうございます。大変参考になりました」
「殿下、お気をつけて。飼育者タイプを相手にするなら、一筋縄ではいきませんぞ」
「ええ。肝に銘じます」
俺は侯爵の屋敷を後にした。
***
アルカスに戻ると、セバスが執務室で待っていた。
「お帰りなさいませ、殿下。フェルゼン侯爵との会談はいかがでしたか」
「収穫があった。後で詳しく話す」
「承知いたしました。それと——」
セバスが書状を差し出した。
「サリから報告が届いております」
俺は書状を受け取った。
使者と同時にエンヴァへ送り込んだ諜報部隊の隊長だ。
書状を開く。
『エンヴァ内部、想定以上に異常。民は怯えている。心から笑う者がいない。
ただし、例外あり。王女が民の前に出る時だけ、空気が変わる。王女は笑顔を振りまき、民もそれに応えようとする。
城内の警備は厳重。ただし王女の外出時は人手が割かれ、比較的緩む。
引き続き潜伏を継続する』
俺は書状を下ろした。
「……王女が笑顔を振りまく、か」
王女が民の前に出る。
笑顔を振りまく。
民もそれに応えようとする。
広告塔だ。
エンヴァ王が、王女を使って民心を繋ぎ止めている。
ならば——。
王女に接触できれば、何か分かるかもしれない。
「セバス、明日の朝、ヴォルフを呼んでくれ。リーネにも同席してもらう」
「作戦会議でございますか」
「ああ」
何か——アイデアの欠片が、頭の中で形になりつつあった。
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