38話:二つの可能性
北壁砦から戻った翌日。
俺はセバスを執務室に呼び、ゼクスから聞いた話を共有した。
「千体の魔物が、包囲殲滅の陣形を取った」
セバスの眉がぴくりと動いた。
「……それは」
「ああ。もう偶然じゃない。誰かが指揮してる」
俺は机に広げた地図を指で叩いた。
「ゼクスは確信してる。エンヴァが裏で糸を引いてると」
「証拠は」
「ない。だが状況証拠は揃ってきてる」
セバスは眼鏡を押し上げ、しばし黙考した。
「殿下。一つ確認させてください」
「なんだ」
「エンヴァの背後に魔王軍がいると仮定します。その場合、エンヴァ自身の立場は二通り考えられます」
セバスは指を二本立てた。
「一つ。エンヴァは被害者である。魔王軍に脅され、やむなく従っている」
「もう一つは」
「エンヴァは共犯者である。自らの意思で魔王軍と手を組んでいる」
俺は眉をひそめた。
「待て。そもそも魔王軍と『手を組む』なんてことが可能なのか?」
「と、言いますと」
「魔王軍って、交渉できる相手なのか? 強さはどのくらいか、会話が通じるのか、契約を守るのか——そういうことが分からない」
セバスは少し考えてから答えた。
「まず強さについてですが……通常の魔物は獣に毛が生えた程度でございます。訓練された兵士なら対処できます。問題は魔人——知性ある個体です」
「魔人か」
「精鋭兵十人分の強さと言われております。ただ、数は多くありません。ゆえに人間側と均衡が保たれている状況です」
「十人分……」
「さらに上位の存在——四天王と呼ばれる幹部は、それ以上かと。幸い、滅多に人間の領域には現れませんが」
セバスは続けた。
「交渉についてですが、魔人クラスは人語を解し、人間と対話したという伝承もございます。契約を守るかどうかは……正直、分かりかねます」
「伝承、か」
「はい。確かなことは申し上げられません。ですが——」
セバスの目が鋭くなった。
「権力を守るために外敵と手を組む。人間の歴史では、珍しいことではありません」
「……」
「相手が魔王軍であっても、利害が一致すれば取引は成立し得る。そう考えるのが妥当かと」
俺は椅子の背にもたれた。
前世の歴史が脳裏をよぎる。
外国と密約を結んで権力を維持した傀儡政権。国民を売り渡した王たち。
相手が人間だろうが魔物だろうが、権力者のやることは変わらないのかもしれない。
「……嫌な話だな」
「はい。ですが、あり得ない話ではございません」
「分かった。両方の可能性を頭に入れて動く」
「賢明かと存じます」
「それにしても、魔王軍のことをもっと知る必要があるな。幹部がどんな連中なのか、何を考えているのか」
「フェルゼン侯爵に相談されてはいかがでしょう。侯爵は博識でいらっしゃいますし、古い文献にも詳しいと聞きます」
「ああ、そうだな。後で手紙を出しておこう」
俺は立ち上がった。
「それと、兄上たちとの擦り合わせがいる。父上の課題は三人に出されてる。方針を決めないと」
「では、王都へ?」
「ああ。明日発つ」
***
王都、王城の一室。
父王の計らいで、三兄弟の会合が設けられた。
円卓に三人が座る。
上座にヴァリウス、その隣にリアン、そして俺。
「さて」
ヴァリウスが口を開いた。
「エンヴァ対応。それぞれ腹案はあるか」
単刀直入。ヴァリウス兄上らしい。
「僕から話そう」
リアンが穏やかに手を挙げた。
「商路を使って締め上げる。エンヴァは北方の国だ。食料も物資も、南からの輸入に頼っている」
「経済封鎖か」
「そう。兵を動かさずに圧力をかけられる。向こうが音を上げれば、交渉の席に引きずり出せる」
ヴァリウスは鼻を鳴らした。
「回りくどいな」
「効果は確実だよ、兄上」
「時間がかかりすぎる。その間にも北壁砦は削られ続けるぞ」
ヴァリウスが腕を組んだ。
「俺は軍を動かす。北壁砦に援軍を送り、魔物を叩く」
「それで解決になるの?」
「ならんかもしれん。だが、ゼクスの兵が死んでいくのを黙って見てろと?」
リアンが肩をすくめた。
「僕は兵の命より帳簿を見てる、と言いたいのかな」
「そうは言ってねえ。だが、お前のやり方じゃ時間がかかる」
「兄上のやり方じゃ、いつまでも魔物を叩き続けることになる」
二人の視線がぶつかった。
「——で、お前はどうするんだ、アレン」
ヴァリウスの目が俺に向いた。
「外交で探ります」
「外交?」
「まずはエンヴァに使者を送ります。友好的な姿勢で、対話を求める」
リアンが首を傾げた。
「それで何が分かるの?」
「相手の出方が分かります」
俺は二人を見た。
「エンヴァが困っているなら、対話に応じるはずです。助けを求めてくるかもしれない。でも、もし——」
言葉を切る。
「もし対話を拒否するなら。それ自体が、答えになります」
沈黙。
ヴァリウスが眉をひそめた。
「……まどろっこしいな」
「手ぬるいと思いますか」
「ああ、思う。だが——」
ヴァリウスは俺を見た。
「お前がそう言うなら、何か考えがあるんだろう」
「……」
「リアンを経済戦で負かしたんだろう。お前の頭は信用してる」
意外な言葉だった。
ヴァリウスが俺を認めている。
それも、こんなにはっきりと。
「ありがとうございます、兄上」
「礼はいらん。結果を出せ」
リアンが小さく笑った。
「珍しいね、兄上がそこまで言うの」
「うるせえ。俺は俺のやり方でやる。お前らも好きにしろ」
ヴァリウスが立ち上がった。
「軍の準備がある。先に失礼するぞ」
大股で部屋を出ていく。
残されたリアンが、俺に目を向けた。
「アレン」
「はい」
「僕の経済封鎖、お前はどう思う?」
直球の質問だった。
俺は少し考えてから答えた。
「効果はあると思います。でも——」
「でも?」
「苦しむのはエンヴァの民です。王や貴族じゃない」
リアンの目が細くなった。
「……分かってるよ、それは」
「すみません。偉そうなことを」
「いや、お前の言う通りだ」
リアンは窓の外を見た。
「経済封鎖は劇薬だ。使えば確実に効く。でも、副作用も大きい」
「では、なぜ」
「他に手がないからさ」
リアンが振り向いた。
「僕には軍がない。商路しか武器がない。だから、それを使う」
「……」
「お前の外交が上手くいくなら、僕は手を引く。期待してるよ、アレン」
リアンが立ち上がり、部屋を出ていった。
俺は一人、円卓に残された。
ヴァリウスは軍で魔物を叩く。
リアンは経済で締め上げる。
俺は外交で探る。
三者三様。
だが——。
(どれも、根本の解決にはならない気がする)
魔物を叩いても、また湧いてくる。
経済を締めても、民が苦しむだけ。
外交で探っても、相手が応じなければ終わりだ。
本当の答えは、エンヴァの中にある。
誰が糸を引いているのか。
エンヴァ王は何を考えているのか。
そして——魔王軍の幹部とは、どんな存在なのか。
まだ分からないことが多すぎる。
(まずは外交だ。相手の出方を見る)
俺は立ち上がり、部屋を後にした。
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