31話:加速する盤面
西部、リアンの屋敷。
「報告いたします」
商人姿の男が、いつものように頭を下げた。
「アルカスの様子はどうだ」
「頻繁に会議を開いているようです。領主と側近たちが、連日のように集まっております」
「ほう」
リアンは口元を緩めた。
焦っている。
締め付けが効いている証拠だ。
「住民の動きは」
「仕込んだ者たちは既に移動済みです。それに加えて——」
男が一瞬、言葉を切った。
「加えて?」
「仕込み以外の者も、ぽつぽつと西部へ移り始めております」
リアンは椅子の背にもたれた。
「……そうか」
予想通りだ。
最初の一人が動けば、後は雪崩のように続く。
「技術者はどうだ」
「まだ動きはありません。ですが、時間の問題かと。生活が苦しくなれば、彼らも考えを変えるでしょう」
「急かすな。自然に流れるのを待て」
「はっ」
技術者を無理に引き抜けば、反発を招く。
だが、自分から来るなら話は別だ。
アルカスの製鉄技術。
あれを手に入れれば、俺の経済基盤は盤石になる。
「それから——」
男が続けた。
「ベルンの景気が、最近良いようです。新しい商品が出回っているとか」
「ほう」
ベルンの景気が良い。
つまり、バーゴは今、上機嫌ということだ。
リアンは立ち上がった。
「……頃合いか」
窓の外を見る。
西日が、空を橙色に染めていた。
バーゴを引き抜く。
アルカスの商業基盤を、根こそぎ奪う。
「バーゴに接触しろ。『西部との取引に興味はないか』と」
「承知いたしました」
「押し付けるな。あくまで『選択肢を示す』形でだ」
「はっ」
男が退出した後、リアンは笑みを浮かべた。
(さて、アレン)
お前の手札は、もう尽きかけているはずだ。
***
同じ頃——王都。
フェルゼン侯爵の屋敷では、小規模な晩餐会が開かれていた。
「侯爵、この酒は素晴らしいですな」
「ほう、お気に召しましたか」
招かれた貴族たちが、次々と杯を傾ける。
透明な蒸留酒。
口当たりは滑らかで、後味がすっきりしている。
「どちらの品です?」
「さて、知人から譲り受けたものでしてな。出所は私も存じません」
侯爵は穏やかに微笑んだ。
嘘ではない。
正確には「言わない」だけだ。
「この布も見事ですな。この青、どうやって出しているのか」
「染料も同じ筋からです。なかなか手に入らないのですよ」
貴族たちの目が輝く。
「手に入らない」という言葉は、彼らにとって最高の餌だ。
***
王城の一角。
エレオノーラは、同僚の女性騎士たちと茶を飲んでいた。
「エレオノーラ様、その布……」
「ああ、これか」
腰に巻いた青い布。
鮮やかな色が、白銀の鎧に映えていた。
「素敵ですね。どちらで?」
「……知人から貰ったものだ」
エレオノーラは、少し視線を逸らした。
「知人?」
「ああ。その……視察先で」
「へえ。アルカスの領主様から?」
「なっ——別にそういうわけでは」
「でも、大事にされてますよね。いつも身につけてらっしゃる」
エレオノーラの耳が、かすかに赤くなった。
「これは……宣伝を頼まれただけだ。良い品だから広めてくれと」
「宣伝、ですか」
「そうだ。だから身につけている。それだけだ」
「……そうですか」
同僚たちが、意味ありげな視線を交わす。
エレオノーラは咳払いをして、話題を変えようとした。
「と、とにかく。品質は確かだ。興味があるなら、私から紹介しよう」
「ぜひお願いします」
「私も欲しいです」
思わぬ反応に、エレオノーラは少し驚いた。
だが、悪い気はしなかった。
(……役に立てているなら、いいか)
布を撫でながら、エレオノーラは小さく微笑んだ。
***
アルカス領。
「殿下、染料の評判が広がっています」
セバスが報告に来た。
「王都の上流階級で話題になっているとか。『あの侯爵が気に入った品』として」
「そうか」
「蒸留酒も同様です。『どこで手に入る』という問い合わせが、複数の商人に来ているようです」
順調だ。
ミーシャのルート、侯爵のルート、そしてエレオノーラのルート。
三方向から流行が広がっている。
だが——。
「まだ足りない」
俺は呟いた。
「殿下?」
「もっと早く広めないと、間に合わない」
人は今も流出している。
悠長に待っている時間はない。
俺は目を閉じた。
運命点。
流行の火付け役が、偶然うまくいく。
噂が、たまたま遠くまで届く。
そういう「小さな後押し」を——。
(15点。流行の加速に)
【運命点消費:15点】
【残運命点:410 → 395】
何かが、動き出す感覚があった。
***
それから数日。
「殿下、やばいです」
ガルドが血相を変えて飛び込んできた。
「どうした」
「住民の流出が……ぽつぽつじゃなくなってきてます」
「何人だ」
「この一週間で三十人以上。しかも『もう決めた』って奴らが増えてる。止められる段階じゃねえ」
俺は拳を握った。
予想より早い。
リアンの仕込みが、効きすぎている。
「……技術者は」
「まだ残ってますが、このままじゃ——」
「分かった」
俺は立ち上がった。
「セバスを呼べ。ミーシャも。——作戦を前倒しする」
「前倒し?」
「バーゴへの依存、待ってる余裕がない。こっちから仕掛ける」
窓の外を見る。
流行は広がり始めている。
だが、リアンの攻撃も加速している。
どちらが先か。
時間との勝負だ。
「……始めるぞ」
反撃の歯車が、ようやく噛み合い始めた。
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