30話:策謀の歯車
翌日、執務室に全員が集まった。
セバス、リーネ、ミーシャ、ガルド、ゲイル。
俺の中核メンバーだ。
「昨日の続きだ。反撃の方法について、話を聞いてほしい」
全員の視線が俺に集まる。
「まず前提を共有する。兄上——リアン殿下は、商人の締め付けと人材の引き抜きで俺たちを潰そうとしている」
「それは分かってるよ」
ミーシャが腕を組んだ。
「問題は、どう反撃するかだろう?」
「ああ。俺の考えはこうだ」
俺は机の上に、染料と蒸留酒のサンプルを置いた。
「これを使って、バーゴを——いや、ベルン全体をアルカスに依存させる」
「依存?」
セバスが眉を上げた。
「説明する。まず、この染料と蒸留酒を『アルカス製と分からない形で』ベルンに流す」
「出所を隠すってことかい」
「そうだ。ミーシャの人脈、あるいは侯爵のルートを使って、『どこから来たか分からない高品質品』として売り出す」
ミーシャが顎に手を当てた。
「……なるほど。で、商人たちがこれで儲け始める」
「ああ。品質がいいから売れる。売れるから仕入れたくなる。でも出所は分からない」
「それで?」
「バーゴだ」
俺は続けた。
「バーゴは強欲だ。儲かる商品があれば必ず食いつく。そしてバーゴがこの商品に依存した頃——」
「リアン殿下がバーゴを引き込む」
セバスが先を読んだ。
「そうだ。兄上は俺の傘下を奪おうとするだろう。バーゴも『より強い方につく』と判断して寝返る」
「待ってくれ」
ガルドが割り込んだ。
「バーゴが寝返ったら、俺たちは困るんじゃねえのか」
「普通はな。だが——」
俺は笑った。
「バーゴが寝返った後、この商品がアルカスからしか来ないと分かったら?」
沈黙が落ちた。
ミーシャが最初に理解した。
「……リアン殿下がアルカスを締め付ける。でも締め付けると、自分の傘下になったバーゴが困る」
「そういうことだ」
「バーゴはリアン殿下に文句を言う。『締め付けをやめてくれ』と」
「王子は味方を切り捨てられない。特に、わざわざ引き込んだ相手なら」
俺は机を指で叩いた。
「兄上は自分で自分の首を絞めることになる」
***
しばらく、誰も口を開かなかった。
最初に動いたのはセバスだった。
「……見事な策です。ですが、いくつか懸念があります」
「聞かせてくれ」
「まず、出所を隠し通せるかどうか。商人は鼻が利きます。いずれ『アルカスから来ている』と気づく者が出るのでは」
「それは俺も考えた。だからこそ——」
俺はミーシャを見た。
「複数のルートで流す。一箇所からじゃなく、バラバラに。出所を特定しにくくする」
ミーシャが頷いた。
「あたしの知り合いに卸して、そこからさらに分散させる。やれなくはないね」
「侯爵ルートも使いたい。上流階級向けは別の経路で」
「なるほど。上と下で別ルートなら、同じ出所とは思われにくい」
セバスが顎を撫でた。
「もう一点。バーゴが依存するまでに、どのくらい時間がかかりますか」
「……正直、分からない」
俺は正直に答えた。
「だから聞きたい。どうすれば早く依存させられる?」
セバスが少し考えてから口を開いた。
「バーゴ子爵は、流行に敏感な方です。王都の上流階級で話題になったものは、すぐに取り入れる傾向があります」
「つまり?」
「上流階級で先に流行らせれば、バーゴは自分から飛びつくかと」
俺は目を見開いた。
「……侯爵の晩餐会で使う。そこで話題になれば——」
「噂は勝手に広がります。『あの侯爵が気に入った品』として」
ミーシャが指を鳴らした。
「上から下へ流行を落とす。古典的だけど、効くね」
「よし。その線で行こう」
俺はミーシャに向き直った。
「ミーシャ、庶民向けの流通を頼む。信頼できる商人だけで」
「了解」
「セバス、侯爵への手紙を書く。協力を仰ぎたい」
「承知いたしました」
「リーネ、生産量と在庫の管理を。需要に応じて増産できる体制を整えてくれ」
「……はい」
「ゲイル、品質を落とすな。これが生命線だ」
「任せとけ」
「ガルド、領内の警備を強化してくれ。技術が漏れないように」
「おう」
全員が動き出す。
俺は窓の外を見た。
(まだ終わりじゃない)
バーゴが依存するまで、時間がかかる。
その間にも、人は流出し続けるだろう。
だが、ようやく反撃の形が見えた。
***
数日後。
王城から、エレオノーラが視察に訪れた。
「定期報告です。変わりはありませんか」
「ああ、問題ない。——ところで、エレオノーラ殿」
「はい」
「少し頼みがあるんだが」
俺は染料で染めた布と、蒸留酒の瓶を差し出した。
「これを受け取ってほしい」
エレオノーラの目が、一瞬だけ見開かれた。
「……これは」
「新しく作った品だ。品質には自信がある」
「私に、ですか」
エレオノーラの声が、わずかに上ずった。
「ああ。王都で使ってもらえれば、宣伝になる。上流階級の目に触れる機会があれば——」
「……そういうことですか」
エレオノーラは一瞬、何か言いかけて口を閉じた。
「……承知しました。お役に立てるなら」
「助かる。質の良さは保証する」
「ええ。確かに、この色は見事ですね」
布を手に取り、光にかざす。
その頬が、わずかに赤い——気がしたが、気のせいだろう。
「では、失礼します」
「ああ、よろしく頼む」
エレオノーラが去った後、俺は満足げに頷いた。
これで上流階級へのルートが一つ増えた。
侯爵と合わせれば、効果は倍増するはずだ。
「……殿下」
振り返ると、リーネが立っていた。
帳簿を抱えたまま、じっとこちらを見ている。
「どうした」
「……私には?」
「は?」
「エレオノーラ様には贈り物をされたのに、私には何もないんですか」
「いや、あれは贈り物じゃなくて宣伝用の——」
「そうですか」
リーネは無表情のまま、くるりと背を向けた。
「では、仕事に戻ります」
「お、おい、待て」
去っていく背中を見送りながら、俺は頭を抱えた。
いや待て。今の、何だ?
怒ってたのか? 怒ってないのか? 分からない。
そもそも、あれは贈り物じゃない。宣伝だ。ビジネスだ。
……でも、客観的に見たら。
女性に布と酒を渡して「使ってくれ」と言った。
(……いや、待て。それって)
俺は顔を覆った。
普通に贈り物じゃないか。
しかも相手は近衛騎士団の副団長で、美人で、俺より年上の女性で。
(何やってんだ俺は)
エレオノーラ、どう思っただろう。
「宣伝用」とか言ったけど、完全に下心ある男の行動じゃないか。
いや下心はない。本当にない。
でも向こうからしたら分からないだろ。
(キモい……俺、キモかったんじゃないか……?)
悶々としながら、俺は執務机に突っ伏した。
戦略は順調だ。
だが、別の何かを盛大に失敗した気がする。
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