29話:反撃の糸口
執務室で頭を抱えていると、リーネがお茶を持ってきた。
「……顔色、悪いですよ」
「自覚はある」
「休んだ方がいいのでは」
「休んでる場合じゃない」
リーネは何も言わず、カップを置いた。
俺は窓の外を見た。
街は相変わらず動いている。だが、どこか活気が薄い気がする。
「……なあ、リーネ」
「はい」
「お前から見て、今の街に足りないものは何だと思う」
リーネは少し考えてから答えた。
「……楽しみ、ですかね」
「楽しみ?」
「食べるものはある。住む場所もできてきた。でも、それだけというか」
「……続けてくれ」
「前にベルンに行った時、市場で色んなものが売ってました。綺麗な布とか、珍しいお酒とか。ここにはそういうのがないなって」
綺麗な布。珍しい酒。
娯楽品だ。
「商人が減ってるから、入ってこないんだよな」
「はい。でも……」
リーネが言葉を切った。
「でも?」
「いえ、素人考えですけど。入ってこないなら、作ればいいのかなって」
作る。
俺は目を見開いた。
(——そうだ)
コールタール。コークスを作る時の副産物。
あれから染料が作れるはずだ。
ジャガイモ。余剰分がある。
蒸留すれば、酒になる。
「リーネ」
「は、はい」
「お前、天才か」
「……は?」
俺は立ち上がった。
「ゲイルを呼んでくれ。今すぐ」
***
ゲイルの工房。
俺は前世の知識を総動員して説明した。
コールタールを蒸留して得られる成分から、鮮やかな染料が作れること。
ジャガイモを発酵させて蒸留すれば、強い酒ができること。
細かい工程は分からないが、理論上は可能なはずだ。
ゲイルは腕を組んで聞いていた。
「……なるほど。面白え話だ」
「できそうか?」
「やってみなきゃ分からねえが、筋は通ってる。試す価値はある」
「極秘でやってくれ」
「極秘?」
「この技術が漏れたら意味がない。信頼できる人間だけでだ」
ゲイルの目が光った。
「……いいぜ。やってやろうじゃねえか」
***
開発は難航した。
染料は、色が安定しない。
蒸留酒は、最初に出てくる液体が毒だと分かるまでに時間がかかった。
「くそっ、また失敗だ」
ゲイルが頭を掻く。
俺は腕を組んで考えた。
時間がない。
人が流れ出す前に、形にしなければ。
(……使うか)
運命点。
「この流れを変える」なんて曖昧な使い方じゃない。
具体的な目標に、ピンポイントで使う。
染料の配合が、偶然うまくいく。
蒸留の見極めが、たまたま成功する。
そういう「小さな奇跡」なら——。
俺は目を閉じ、意識を集中した。
(15点。染料の安定化に)
【運命点消費:15点】
【残運命点:440 → 425】
何かが、カチリと噛み合う感覚。
「……おい、殿下。見てくれ」
ゲイルが声を上げた。
「この配合だ。色が落ちねえ」
成功だ。
続けて、蒸留酒にも15点を使った。
【運命点消費:15点】
【残運命点:425 → 410】
「殿下、この最初の部分を捨てたら……おお、いける。これなら飲める」
二週間後。
鮮やかな青の染料と、透明な蒸留酒が完成した。
***
「見事なものです」
セバスが染料を光にかざした。
「この品質なら、上流階級にも売れます」
「酒の方も悪くないね」
ミーシャが蒸留酒を一口舐めて、目を細めた。
「度数が高い。庶民向けにも、高級品としても売れる」
「よし。これで——」
その時、扉が開いた。
ガルドが駆け込んでくる。
「殿下、まずいです」
「どうした」
「例の連中が——西部に向けて出発しました。十五名です」
空気が凍った。
「……止められなかったのか」
「すみません。朝起きたらもう……荷物まとめて出てっちまって」
十五名。
最初に相談に来た十名より、増えている。
「他にも『行こうか迷ってる』って奴らがいます。このままじゃ——」
「分かってる」
俺は拳を握った。
遅かった。
開発は間に合ったが、流出は止められなかった。
「……殿下」
セバスが静かに言った。
「守るだけでは、いずれ限界が来ます」
「ああ」
分かっている。
商人を守る。人の流出を防ぐ。
全部、後手だ。
相手の攻撃に対応しているだけだ。
(こっちからも、仕掛けないと)
染料と蒸留酒。
これは武器になる。
だが、どう使う?
リアンに気づかれずに、どうやって——。
……待てよ。
俺は顔を上げた。
「ミーシャ」
「なんだい」
「バーゴは今、俺たちの傘下だよな」
「ああ、一応はね。利益で繋がってるだけだけど」
利益で繋がっている。
裏を返せば、より大きな利益を見せれば——。
(使える)
まだ形にはなっていない。
だが、糸口が見えた気がした。
「……少し考えがある。明日、全員集まってくれ」
「殿下?」
「反撃の時間だ」
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