2話:待ってくれ、と言った
馬車が止まった。
「殿下、アルカス領に到着いたしました」
セバスの声で窓の外を見た。
——荒れている。
灰色の空。吹き付ける雪。
石造りの建物は古く、あちこちが崩れかけている。
道を歩く人々の顔には、疲労と諦めが滲んでいた。
「……これが、俺の領地か」
神が言っていた通りだ。控えめに言ってハズレ。
分かってはいたが、実際に見ると重い。
——でも、ここからだ。
資源はあるはずだ。俺の知識で活用できるものが。
時間をかけて、一つずつ形にしていけばいい。
馬車を降りる。
冷たい風が頬を打った。
すれ違う住民たちの視線を感じた。
敵意ではない。もっと冷めた何か。
「また新しい領主か」という、諦めに近い無関心。
……まあ、当然か。
何度も裏切られてきたんだろう。信じる方がおかしい。
俺は黙って、領主館へ向かった。
***
領主館の広間。
俺は椅子に座り、領地の主要人物たちと向き合っていた。
セバスが右に立ち、その隣にヴォルフとゲイルが控えている。
向かい側には、領地の古参たちが並んでいた。
その中心にいる男に、俺は目を向けた。
四十代半ば。短く刈り込んだ髪、日焼けした肌、鍛え上げられた体躯。
軍人あがりだと一目で分かる。目つきが鋭い。
「——ガルド」
セバスが紹介した。
「自警団の長を務めております。元は王国軍の兵士でしたが、故郷であるこの地に戻り、民を守っております」
「よろしく頼む」
俺が声をかけると、ガルドは形だけ頭を下げた。
目は笑っていない。
「で、新しい領主様」
ガルドが口を開いた。声に棘がある。
「今度はどれくらいで逃げ出すんだ? 一ヶ月か? 三ヶ月か?」
「ガルド、言葉を慎め」
セバスが咎めたが、ガルドは意に介さなかった。
「事実だろうが。前の領主は半年で逃げた。その前は三ヶ月。俺たちは何度も『立て直す』って言葉を聞かされてきた。結果はどうだ? 何も変わらねえ」
ガルドの目が、俺を射抜く。
「王都から来た坊ちゃんに、この土地の何が分かる。どうせまた適当なことを言って、飽きたら逃げるんだろう」
——前世の記憶が、フラッシュバックした。
会議室。部長の声。
「計画にないものは通せない」
完璧なデータを揃えた。論理の穴もなかった。
課長は納得してくれた。なのに、その上で止まった。
ガルドの目を見ていると、あの時の部長を思い出す。
最初から聞く気がない。何を言っても届かない。
「……」
言葉が出なかった。
何を言えばいい?
「信じてくれ」? ——根拠がない。
「結果を出す」? ——まだ何もしていない。
「俺は違う」? ——何も証明できていない。
前世と同じだ。
正しいことを言っても、通らない。
相手の心が閉じていたら、どんな正論も意味がない。
——また、通らないのか。
そう思った時。
ふと、脳裏に数字が浮かんだ。
【所持運命点:450】
運命点。
因果を操作できる力。
前世にはなかった。でも今はある。
——使うか?
迷いがあった。
貴重な資源だ。こんな序盤で使っていいのか。
もっと大事な場面のために取っておくべきじゃないのか。
でも——
このまま黙っていたら、何も変わらない。
ガルドは俺を見限る。住民も期待しない。
前世と同じだ。何も言えず、何も変えられず、流されて終わる。
——嫌だ。
俺は意識を集中させた。
【10点消費】
体の奥で、何かが動いた気がした。
言葉が、自然と口から出た。
「……待ってくれ」
ガルドが眉を上げた。
「あ?」
「待ってくれ。俺の話を聞いてくれ」
自分でも驚くほど、必死な声だった。
格好悪い。王子らしくない。でも、それでいい。本心を言葉に上手く乗せれてる気がした。
「俺は逃げない。この土地を立て直す。……だから、少しだけ時間をくれ」
ガルドは鼻で笑った。
「時間? 何度その言葉を聞いたと思ってる」
「分かってる。信じられないのは当然だ」
俺は言葉を探した。
何を言えば届く。何を約束すればいい。
「……一週間だ」
「あ?」
「一週間で、目に見える成果を出す。それができなければ、俺を追い出してくれて構わない」
ガルドの目が、わずかに揺れた。
「成果が出なければ、俺はこの土地にいる資格がない。その時は、好きにしろ。——だから、一週間だけ待ってくれ」
沈黙が落ちた。
ガルドは俺を睨んでいた。
値踏みするような、探るような目。
数秒が、永遠に感じられた。
「…………」
ガルドがゆっくりと口を開いた。
「——一週間だけだ」
「……え?」
「聞こえなかったのか。一週間だけ待ってやると言ったんだ」
ガルドは腕を組んだ。
「成果が出なけりゃ、追い出す。……いや、それ以前に、お前が逃げ出すだろうがな」
吐き捨てるような言い方。
でも、確かに——通った。
【消費:10点 残:440点】
「…………」
俺は呆然としていた。
通った。
本当に、通った。
前世では、何を言っても通らなかった。
データを揃えても、論理を組み立てても、「計画にない」で終わった。
何度やっても同じだった。
なのに——今、通った。
たった10点で。
たった一言で。
あれだけ敵意を向けていた男が、「待ってやる」と言った。
「……殿下?」
セバスの声で我に返った。
「あ、ああ……ガルド、感謝する。必ず、成果を見せる」
ガルドは無言で背を向けた。
「期待はしてねえ。……一週間後、同じ台詞が言えるかどうかだな」
そう言い残して、広間を出て行った。
***
その夜。
俺は領主館の執務室で、地図を広げていた。
「殿下、こちらが領地の全体図でございます」
セバスが説明する。
「南に王都、北に山脈。領地の大半は荒れ地ですが、いくつかの集落が点在しております」
俺は地図を見つめながら、まだ昼間のことを考えていた。
運命点を使った。10点消費して、ガルドの心を動かした。
あれがなければ、通らなかっただろう。
俺の言葉だけでは、届かなかった。
——でも、通った。
この世界には、運命点がある。
前世では不可能だったことが、可能になる。
「……セバス」
「はい」
「この領地の問題は、食料と燃料だな」
「はい。この二つが解決すれば、民の暮らしは大きく改善いたします」
「なら、まずそこからだ」
俺は地図の北側、山脈の方を見た。
不思議な感覚があった。
あの山の方角に、何かがある気がする。
馬車でアルカスに向かう途中にも感じた直感だ。
「セバス、明日、北の山を調べに行く」
「山を、でございますか?」
「ああ。何かある気がするんだ」
セバスは少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「かしこまりました。ヴォルフに護衛を手配させます」
「頼む」
俺は窓の外を見た。
雪は止んでいた。夜空に星が見える。
ガルドに時間をもらった。
一週間。
前世では、結果を出しても認められなかった。
正しいデータを揃えても、「計画にない」で却下された。
でも——この世界には運命点がある。
俺の知識もある。
もしかしたら——変えられるかもしれない。
まだ「できる」とは言い切れない。
でも、「無理だ」とも思わなくなった。
その手応えだけで、今は十分だった。
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