27話:締め付け
おかしい。
ベルンの市場を歩きながら、あたしは眉をひそめた。
「ミーシャさん、今日もアルカスの品ですかい?」
「ああ。いつもの石炭と農具、頼むよ」
「……すみません。今回はちょっと」
馴染みの仲買人が、気まずそうに目を逸らした。
「ちょっと、なんだい?」
「いや、その……最近、西の方との取引が増えまして。倉庫がいっぱいで」
嘘だね。
こいつの倉庫なんて、いつも半分も埋まってなかった。
「そうかい。じゃあ仕方ないね」
あたしは笑顔で引き下がった。
問い詰めても意味がない。
(これで三人目、か)
先週から、取引先の態度がおかしい。
急に「今回は遠慮します」「他と契約しちゃって」が増えた。
偶然?
商売を何年やってると思ってるんだい。
あたしは市場の端にある酒場に入った。
情報を集めるには、こういう場所が一番いい。
「おや、ミーシャの姐さん。珍しいね」
「ちょっと喉が渇いてね。エールを一杯」
カウンターに座り、周囲の会話に耳を傾ける。
「——西部の商会、羽振りがいいらしいな」
「ああ、なんでも条件がいいとか。うちも声かけられたよ」
「へえ、どこの商会?」
「さあ。でも、リアン殿下のお膝元だろ? 間違いないって」
——リアン殿下。
あたしはエールを一口飲んで、席を立った。
(なるほどね)
点と点が繋がった。
***
アルカスに戻ったのは、その日の夕方だった。
「殿下、お話があります」
執務室に入ると、アレンは書類の山と格闘していた。
隣にはセバスとリーネ。
「ミーシャか。どうした」
「単刀直入に言うよ。ベルンで締め出しを食らってる」
アレンの手が止まった。
「締め出し?」
「取引先が次々と手を引いてる。表向きは『他と契約した』だの『倉庫がいっぱい』だの言ってるけど、嘘だね。誰かが圧力をかけてる」
「誰が」
「西部の商会。リアン殿下のお膝元さ」
沈黙が落ちた。
アレンはゆっくりと椅子の背にもたれた。
「……セバス」
「はい。私の調査とも一致します」
セバスが一歩前に出た。
「新参の流入を誘導していたのはリアン殿下派の商人。そして最近、西部商会がベルン周辺で活発に動いております」
「つまり、兄上は本気で俺を潰しにきてる、と」
「そのように見受けられます」
アレンは目を閉じた。
何を考えてるのか、あたしには分からない。
でも、その横顔は——思ったより落ち着いていた。
「……ミーシャ」
「なんだい」
「正直に聞く。今の状況、どのくらいまずい?」
「まずいね」
あたしは肩をすくめた。
「今すぐ干上がることはないよ。あたしの人脈で回せる分はある。でも、新規の商人は当分来ないと思いな。西部の方が条件いいって噂が広まってる」
「既存の取引先は?」
「圧力かかってる。全部切られることはないだろうけど、減るのは確実だね」
アレンは黙って聞いている。
リーネが口を開いた。
「……収入が減れば、住居建設の速度も落ちます。今でもぎりぎりなのに」
「分かってる」
アレンが立ち上がった。
窓際に歩いていき、外を見る。
「……運命点」
小さく呟いた。
何の話だか分からないが、独り言だろう。
「この流れを変えるのに、何点いる? いや、そもそも——」
「殿下?」
セバスが声をかけると、アレンは首を振った。
「なんでもない。考え事だ」
振り返った顔は、いつもの表情に戻っていた。
「まず現状を整理しよう。セバス、西部商会の動きをもっと詳しく調べてくれ。どこに圧力をかけてるのか、誰が動いてるのか」
「承知いたしました」
「リーネ、収支の見直しを頼む。最悪の場合、どこまで削れるか」
「……はい」
「ミーシャ」
「あいよ」
「お前の人脈で、まだ繋がりを保てそうな商人をリストアップしてくれ。圧力に屈しない連中がいるはずだ」
「了解。でも、数は少ないよ」
「構わない。今は耐える時期だ」
アレンは机に戻り、羽ペンを取った。
「あとは——フェルゼン侯爵に連絡を取る。状況を伝えて、助言を仰ぎたい」
「侯爵様に?」
セバスが少し驚いた顔をした。
「ああ。一人で抱え込むな、って言われただろ。今がその時だ」
あたしは内心、感心した。
正直、最初は期待してなかった。
王族の道楽だと思ってた。辺境に飛ばされた三男坊が、暇つぶしに領地経営ごっこをしてるだけだと。
でも、違った。
この若い領主は、追い詰められても冷静だ。
慌てず、できることを一つずつ潰していく。
しかも、ちゃんと周りに頼ることを知ってる。
商売人としての嗅覚が言ってる。
こいつは「当たり」だ。
でも——。
(気づいてないね)
商人の締め付けは、たぶん本命じゃない。
あたしの勘がそう言ってる。
西部は経済が強い。わざわざこんな辺境を締め上げても、旨味は少ない。
なのに、ここまで手間をかけてる。
(何か別の狙いがある)
でも、それが何かは分からない。
今は言っても仕方ない。
「他に何かあるか?」
アレンがあたしを見た。
「……いや、今はない。何か掴んだら報告するよ」
「頼む」
あたしは執務室を出た。
廊下を歩きながら、窓の外を見る。
西の空が、赤く染まっていた。
(厄介な相手に目をつけられたもんだね、殿下)
でも、まあ。
だからこそ賭ける価値がある。
あたしは口の端を上げて、市場へ向かった。
お読みいただきありがとうございます!
もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!
ブックマークもぜひポチッとお願いします。




