25話:一緒に汗をかく
ガルドの部屋に飛び込むと、彼は何やら書類と睨めっこしていた。
「殿下? どうしたんです、そんな慌てて」
「井戸を掘る」
「は?」
「新しい井戸だ。水脈の場所を知ってる古参がいるんだろう? 紹介してくれ」
ガルドは目を丸くした。
「……いますけど。じいさんが一人。昔この辺りの井戸を何本も掘った職人で」
「よし、今から会いに行く」
「今から?」
「善は急げだ」
俺が踵を返そうとすると、ガルドが慌てて立ち上がった。
「待ってください。あのじいさん、ちょっと気難しいんで。俺も一緒に——」
「頼む」
***
古参の長老——トーマスという名の老人は、街外れの小さな家に住んでいた。
「……なんだ、領主様が直々に来なさるとは」
白髪に深い皺。だが、目だけは鋭い。
俺を値踏みするような視線で見ている。
「トーマス殿。井戸を掘りたい。水脈の場所を教えてほしい」
単刀直入に言うと、老人は鼻を鳴らした。
「知っとるよ。この辺の地下水脈なら、目ェ瞑っても分かる」
「なら——」
「だが、教えてやる義理はねえな」
老人は腕を組んだ。
「あんた、ルールとやらを作ったんだろう。記録だの上限だの。あれで皆ピリピリしとる。俺のとこにも『井戸掘ろう』って話が来てたが、あんたがルール決めたから引っ込めたんだ」
痛いところを突かれた。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「……俺が間違っていた」
言葉が出た瞬間、自分でも驚いた。
前世の俺なら、こうは言えなかった。
「データは正しい」「理屈は通っている」——そう主張し続けて、折れなかった。
折れないことが正しいと思っていた。
でも、今は違う。
環境のせいにしない。自分の間違いを認めて、頭を下げる。
——それが、できた。
「あん?」
「現場を知らないくせに、一人で決めた。住民の声を聞かなかった。それは認める」
老人の目が細くなった。
「だから今、頼みに来た。あんたの知恵を貸してくれ」
しばらく沈黙が流れた。
老人は俺の顔をじっと見つめている。
「……ふん」
やがて、老人は立ち上がった。
「まあいい。頭を下げられる領主様なら、悪くはねえ」
「協力してくれるのか」
「一つ条件がある」
「なんだ」
「掘るのは古参だけじゃなく、新参の連中も混ぜろ。あいつらも一緒に汗かかせろ。そうすりゃ、少しはマシになるだろうよ」
俺は思わず笑った。
「……俺が言おうとしてたことを先に言われた」
「当たり前だ。俺は何十年もこの土地で人を見てきたんだ。あんたより人の扱いは分かっとる」
返す言葉もない。
***
翌日から、井戸掘りが始まった。
トーマス老人の指示で、街の北東——小高い丘の麓に場所が決まった。
「ここだ。3丈も掘りゃ、いい水脈に当たる」
作業班は、古参と新参を混ぜて編成した。最初は互いに距離を取っていた連中も、作業が始まると余計なことを考える暇がなくなる。
「おい、そっち持て!」
「了解!」
「土、運ぶぞ! 誰か手ェ空いてるか!」
「俺が行く!」
シャベルを振るい、土を運び、汗を流す。
古参も新参も関係ない。ただ、穴を掘るために動く。
俺も作業に加わった。
正直、体力には自信がない。すぐに息が上がる。
「殿下、休んでください」
ガルドが心配そうに言う。
「いや……もう少し」
「無理しなくていいですって。殿下が倒れたら元も子もねえ」
「……分かった」
俺が木陰で休んでいると、古参の男が水筒を差し出してきた。
「ほら、飲みな」
「……ありがとう」
「あんた、見かけによらず根性あるな」
男はニヤリと笑った。
「最初は『お坊ちゃんが何しに来た』と思ったが、ちゃんと汗かくじゃねえか」
「……褒められてるのか、貶されてるのか分からないな」
「褒めてんだよ」
男は笑いながら作業に戻っていった。
***
三日目の昼過ぎ。
「水だ!」
歓声が上がった。
穴の底から、透明な水が湧き出している。
作業員たちが次々と覗き込み、歓声を上げる。
「出た! 出たぞ!」
「うおおお!」
古参も新参も関係なく、肩を叩き合い、抱き合っている。
泥だらけの顔で笑い合う姿は、数日前の険悪さが嘘のようだった。
トーマス老人が俺の隣に立った。
「どうだ。言った通りだろう」
「ああ。……ありがとう」
「礼はいらん。次からは、もうちょっと周りを頼れ。あんた一人で抱え込むな」
リーネと同じことを言われた。
俺は苦笑するしかなかった。
「……肝に銘じる」
***
その夜、俺は執務室で報告書をまとめていた。
井戸は完成した。あとは周囲を整備して、運用ルールを——いや、今度はちゃんと住民と相談して決めよう。
コンコン、とノックの音。
「どうぞ」
扉が開き、リーネが盆を手に入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
彼女は机の上にカップを置いた。
湯気が立ち上る。いい香りだ。
ふと、数日前のことを思い出した。
「そういえば、この前は悪かったな」
「?」
「お茶、飲まずに出てっただろ。せっかく淹れてくれたのに」
リーネの動きが一瞬止まった。
「……覚えてたんですか」
「当たり前だろ。お前のおかげで目が覚めたんだ。感謝してる」
リーネは無表情のまま——だが、耳がわずかに赤くなっていた。
「……別に。当然のことを言っただけです」
「それでも、だ」
俺はカップを手に取り、一口飲んだ。
「美味いな」
「……そうですか」
リーネは盆を胸に抱え、そっぽを向いた。
「今度からは、ちゃんと飲んでから出てってください。淹れた意味がないので」
「善処する」
「善処じゃなくて、絶対です」
「……はい」
なぜか俺が謝る流れになっている。
だが、悪い気はしなかった。
リーネが部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、俺はもう一口、紅茶を啜った。
窓の外には、新しい井戸の周りに集まる人々の姿が見える。
古参も新参も、一緒に笑っている。
(周りを頼る、か)
一人で全部やろうとしていた。
正しい答えを出せば、皆がついてくると思っていた。
でも違った。
人は理屈だけじゃ動かない。一緒に汗をかいて、初めて仲間になれる。
当たり前のことだ。
前世でも、きっと同じだったはずなのに——忘れていた。
「……まだまだだな、俺も」
呟いて、紅茶を飲み干した。
窓の外には井戸の周りで笑う人々。
だが、その奥にはまだテント村が見える。
(住居、娯楽……やることは山積みだ)
飢えと寒さは解決した。
でも、それだけじゃ足りない。
まあいい。今は一人じゃない。
一つずつ、片付けていこう。
***
それから、季節が一つ過ぎた。
テント村は目に見えて小さくなった。
住居の建設が進み、井戸も二本目が完成。
新参と古参の間にあった壁も、少しずつ薄れている。
順調——と言いたいところだが。
「殿下、今月の収支報告です」
リーネが差し出した書類に目を通す。
黒字。だが、余裕があるとは言えない。
「住居を建てれば木材がいる。井戸を掘れば人手がいる。石炭と鉄製品を売って、なんとか回してる状態だ」
「はい。現状維持は可能ですが、これ以上の拡大は厳しいかと」
分かっている。
問題は、現状維持では足りないということだ。
最近、街を歩いていて気づいたことがある。
住民の表情は明るい。飢えていない、凍えていない。
でも——どこか物足りなさそうにしている者もいる。
(娯楽、か)
生き延びた次は、暮らしの質だ。
楽しみがないと、人はここに留まりたいとは思わない。
「リーネ、最近ベルンから入ってくる嗜好品の量は?」
「減少傾向です。商人の数自体が少し減っていまして」
「……そうか」
理由は分からない。
だが、嫌な予感がした。
***
その夜、セバスが執務室を訪ねてきた。
「殿下、以前お伝えした件……調査の結果が出ました」
「新参の流入についてか」
「はい。どうやら、リアン殿下派の商人が周辺の村で噂を広めていた形跡がございます」
俺の手が止まった。
「……兄上か」
リアン。策士の第二王子。
王位継承報告会で「何か隠している」と勘づいていた男。
人口を急増させて、アルカスのインフラをパンクさせる。
住民の不満を煽り、内部から崩す——。
(……やるじゃないか)
商人が減っているのも、偶然じゃないかもしれない。
窓の外の平和な光景が、急に遠く見えた。
井戸問題は解決した。
だが、本当の戦いは——これからだ。
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