23話:合理的な解決策
東の井戸に着くと、案の定、人だかりができていた。
「だから俺が先に並んでたんだよ!」
「嘘つけ! お前が来た時には俺はもう桶持って待ってたんだ!」
二人の男が胸ぐらを掴み合っている。
周りには野次馬が集まり、止めるでもなく眺めている。空気が悪い。
「やめろ」
俺が声をかけると、二人がこちらを見た。
一人は見覚えがある。古参の住民だ。もう一人は知らない顔——新参か。
「殿下……」
古参の男が手を離した。新参の方も、俺の顔を見て気まずそうに後ずさる。
「どうした。何があった」
「こいつが割り込んできやがったんです」
古参が新参を指さす。
「割り込んでねえよ! 俺が先だったんだ!」
「嘘つけ!」
また掴みかかりそうになったので、俺は二人の間に入った。
「落ち着け。順番に話せ」
ガルドが野次馬を散らし、俺は二人から事情を聞いた。
要約すると、どっちが先に並んでいたかで揉めた。それだけだ。
「……そもそも、なんでそんなに急いで汲みたいんだ?」
「そりゃあ、夕方になると出が悪くなるからですよ」
古参の男が当然のように言った。
「出が悪くなる?」
「殿下、知らないんですか? 井戸ってのは汲みすぎると出が悪くなるんですよ。夕方なんかチョロチョロだ」
知らなかった。
いや、考えれば当然か。地下水脈の補給速度より汲み上げが速ければ、水位は下がる。
「つまり、朝のうちに汲まないと損をする、と」
「そういうことです。だから皆、朝に殺到するんで」
なるほど。問題の構造が見えてきた。
限られた資源を、早い者勝ちで奪い合っている状態だ。
「1日にどのくらい汲めるんだ?」
「さあ……数えたことはないですが、昔は足りてましたよ。人が増えてからおかしくなった」
古参の男がチラリと新参を睨む。新参は黙って目を逸らした。
俺はしばらく考え込んだ。
(人が増えたのに井戸は増えてない。そりゃ足りなくなるわな)
単純な話だ。解決策も見えている。
「分かった。少し時間をくれ。対策を考える」
俺はその場を離れ、セバスと共に領主館へ戻った。
---
執務室で、俺は紙に数字を書き出していた。
現在の人口、約6000人。
井戸の数は5つ。
1日に各井戸から汲める量を概算すると——
「セバス、1世帯あたりの1日の水使用量は?」
「飲料、調理、洗濯、家畜の水やりを含めますと、平均で桶6杯程度かと」
「6杯か……」
計算してみる。世帯数を約1200として、1日に必要な総量は7200杯。
井戸5つで賄うなら、1つあたり1440杯。
朝から夕方までの稼働時間を考えると——ギリギリだが、足りなくはない。
問題は配分だ。
「セバス、こういうのはどうだ」
俺は考えをまとめながら話した。
「まず、1世帯あたりの使用量に上限を設ける。1日6杯まで。これで総量は足りる計算だ」
「なるほど、筋は通っております」
「それだけじゃ守られないだろうから、記録制を導入する。井戸に記録係を置いて、使用者の名前と杯数を記録させる。誰がどれだけ使ったか可視化すれば、不正も防げるし、問題が起きた時に原因を追える」
セバスが少し考え込んだ。
「……記録係は誰が務めますか?」
「自警団から出してもらう。ガルドに頼めば、真面目な奴を選んでくれるだろう」
「承知いたしました」
セバスの声に、わずかな引っかかりを感じた。
だが、これで足りるはずだ。
「明日、住民を集めて発表する」
---
翌日、広場に住民が集まった。
古参も新参も、不安そうな顔でこちらを見ている。
俺は壇上に立ち、昨日まとめたルールを説明した。
「——というわけで、1世帯あたり1日6杯を上限とする。井戸には記録係を置くので、使用時は名前と杯数を申告してくれ」
説明を終えると、しばらく沈黙が流れた。
古参の住民たちは顔を見合わせている。
不満そうではあるが、反論は出ない。俺の顔を見て、渋々といった様子で頷く者が多い。
新参の方は——よく分からない表情だ。納得しているのか、していないのか。
「質問はあるか?」
誰も手を挙げない。
「……では、明日から運用を開始する」
俺が壇を降りると、住民たちは三々五々散っていった。
その背中を見送りながら、妙な違和感が胸に残る。
(なんだ、この感じは)
反対意見が出なかった。それはいいことのはずだ。
だが——何かが引っかかる。
「殿下」
セバスが横に立った。
「上手くいきましたな」
「……ああ」
俺は曖昧に頷いた。
上手くいった。はずだ。論理的には何も間違っていない。
違和感の正体が分からないまま、俺は執務室へ戻った。
---
それから数日。
表面上は、井戸のトラブルは収まっていた。
「記録係からの報告では、大きな揉め事は起きていないようです」
ガルドの報告に、俺は頷いた。
「そうか。ならいい」
だが、数字を見ていたリーネが顔を上げた。
「殿下」
「なんだ?」
「水の使用量が減っています」
「……減ってる?」
リーネが帳簿を差し出した。
ルール導入前と後の、井戸ごとの総使用量。確かに、全体で2割ほど減少している。
「節約してるんじゃないのか?」
「いえ……」
リーネはわずかに眉をひそめた。彼女がこういう顔をするのは珍しい。
「使わなくなったんじゃなくて、使えなくなってるんだと思います」
「どういう意味だ?」
「井戸に記録係がいることで、使いに行くこと自体を避けてる人がいるんじゃないかと。特に新参の——」
その時、執務室の扉が勢いよく開いた。
「殿下!」
息を切らせた自警団員が立っていた。
「東の井戸で、また揉め事です! 今度は記録係に掴みかかった奴がいて——古参の連中がキレて——」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
(やっぱり、何か間違えてたのか——?)
リーネの言葉が頭を過ぎる。
使えなくなっている。
違和感の正体は、これだったのか。
俺は執務室を飛び出した。
お読みいただきありがとうございます!
もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!
ブックマークもぜひポチッとお願いします。




