15話:三人の王子
王都・貴族会議場。
第一回王位継承成果報告会。
広大な議場には、シンラ国中の有力貴族が集っていた。
彼らの視線の先には、三人の王子が並んでいる。
最初に壇上に立ったのは、第一王子ヴァリウスだった。
28歳。鍛え上げられた体躯に、日焼けした精悍な顔。
彼は胸を張り、堂々と成果を語った。
「私が任された南部領では、軍の再編を行った」
力強い声が議場に響く。
「旧態依然とした貴族軍を解体し、実力主義の精鋭部隊を編成した。国境の砦は増強され、隣国への睨みを利かせている」
壇上に広げられた地図には、再編された部隊の配置が示されていた。
「弱いシンラの時代は終わりだ。私は、この国に『強さ』を取り戻す」
拍手が沸き起こった。
武官派の貴族たちが、熱狂的な支持を表明する。
「さすがヴァリウス殿下」「武のシンラの復活だ」
評価——堂々の1位。
***
続いて壇上に立ったのは、第二王子リアン。
24歳。柔和な笑みを浮かべた美青年。
だが、その目の奥には鋭い知性が光っている。
「私が任された西部領では、商業の振興に力を入れました」
穏やかな声。だが、その内容は鋭かった。
「主要な商人ギルドと協定を結び、減税と規制緩和で交易を活性化。この1年で、領地の税収は2倍になりました」
議場がざわめいた。
「軍を維持するには金がいる。富国なくして強兵なし。私は、この国に『富』をもたらします」
商人派の貴族たちが、大きく頷いた。
「実利的だ」「経済を分かっておられる」
評価——2位。1位とは僅差だった。
***
そして最後に、第三王子アレンが壇上に立った。
16歳。三人の中で最も若い。
議場の空気が、わずかに弛緩した。
本命は先の二人。三人目は「おまけ」だという認識が、貴族たちの間に広がっている。
「私が任されたアルカス領では、いくつかの小さな成果を上げることができました」
控えめな声。派手さはない。
「新しい燃料の開発、寒冷地に適した作物の栽培、道路の整備。まだ始まったばかりですが、領民の生活は少しずつ改善しています」
淡々とした報告。
兄たちのような大言壮語はない。
議場の反応は薄かった。
「まあ、あの荒野では仕方ないか」「健闘している方だろう」
——だが。
「私は、アレン殿下を支持する」
場の空気が変わったのは、一人の老貴族が立ち上がった時だった。
フェルゼン侯爵。中立派の筆頭。
「この老いぼれの舌を蘇らせてくれた恩がある。それに、あの若さで『国益のための技術公開』を約束した。器が違う」
続いて、もう一人。
「エンヴァ国境守備隊も、アレン殿下を支持する」
ゼクス辺境伯の代理人が、書状を読み上げた。
「殿下が届けてくれた武器と燃料のおかげで、我々は冬を越せた。この恩は忘れん——と、ゼクス卿より」
議場がざわついた。
「フェルゼン侯とゼクス卿だと?」「あの二人が、末の王子を?」
ヴァリウスの眉がぴくりと動いた。
リアンは扇で口元を隠し、じっとアレンを観察していた。
評価——3位。だが、予想を覆す支持者の顔ぶれだった。
***
報告会が終わり、貴族たちが去った後。
王城内のサロンで、ヴァリウスとリアンがチェス盤を挟んで対峙していた。
「今日の報告会、兄上の演説は見事でした」
リアンが白のビショップを動かしながら、穏やかに切り出した。
「『強いシンラを取り戻す』。シンプルですが、貴族たちの心を掴んでいましたね」
「世辞はいい」
ヴァリウスは黒のナイトを進めた。迷いのない、力強い一手。
「お前の報告も悪くなかった。『富国なくして強兵なし』か。商人どもを焚きつけるのが上手いな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
リアンは扇で口元を隠し、微笑んだ。
「しかし兄上。いくら軍を強くしても、兵糧がなければ戦はできません。私の領地からの物資供給がなければ、兄上の精鋭部隊も——」
「逆も然りだ」
ヴァリウスが遮った。
「いくら金を積んでも、剣がなければ国は守れん。お前の商人どもを守っているのは、俺の軍だ」
「ふふ、確かに」
二人の視線が交錯する。
表面上は穏やかな会話。だが、その奥には互いへの対抗心が燃えていた。
どちらも、自分こそが次の王に相応しいと信じている。
そして、どちらも——シンラを強くしたいという想いは本物だった。
「それより」
ヴァリウスが駒を動かしながら言った。
「アレンだ。正直、驚いた。もっと引き離せると思っていた」
「同感です。あの荒野で、まさか成果を出すとは」
リアンは顎に手を当てた。
「発表自体は控えめでしたね。兄上や私のように、大きなことは言わなかった」
「謙虚なのか、自信がないのか」
「さて、どちらでしょう」
リアンの目が、わずかに細くなった。
「ただ、気になることがあります」
「なんだ」
「支持者の顔ぶれです。フェルゼン侯とゼクス卿。どちらも、簡単に人を支持するような方ではない」
リアンは駒を動かし、ヴァリウスのナイトを取った。
「特にバーゴ子爵の態度。報告会の間、ずっとアレンの顔色を窺っていました。あの強欲な男が、まるで借りてきた猫のように」
「……言われてみれば」
「1年で、ああも人を従えるものでしょうか。『新しい燃料』と『新しい作物』だけで?」
リアンは扇を畳んだ。
「私たちが知らない何かがあるのかもしれません」
「考えすぎだ」
ヴァリウスは首を振った。
「アレンは運よく有能な部下に恵まれたんだろう。奴自身に力があるとは思えん。泡沫候補だ」
「そうですね。今のところは」
リアンは曖昧に頷いた。
(控えめな発表。だが、あの目は——)
報告会でのアレンの表情を思い出す。
淡々と語りながら、議場の反応を冷静に観察していた。
まるで、全てを計算しているかのように。
(まあ、いいでしょう。2年目の動きを見てから判断しても遅くはない)
「ところで兄上。チェックメイトです」
「……なに?」
ヴァリウスが盤面を見下ろすと、いつの間にか自分のキングが詰んでいた。
「くそ、また負けたか」
「盤上では私の勝ちですね。ですが、王位継承はまだこれから」
リアンは優雅に立ち上がった。
「2年目も、お互い全力で参りましょう。シンラのために」
「ああ。……シンラのためにな」
ヴァリウスも立ち上がり、窓の外を見た。
春の陽光が、王都を照らしている。
この国を背負って立つのは、果たして誰か。
答えが出るのは、まだ先の話だ。
***
同じ頃。王都を離れる馬車の中。
「……上手くいったな」
アレンは窓の外を眺めながら、小さく呟いた。
対面に座るセバスが、眼鏡を光らせた。
「見事な演技でございました。あれほど控えめに振る舞われるとは」
「まだ目立つ時期じゃない。兄上たちに警戒されるのは早すぎる」
アレンは肩をすくめた。
「本当の勝負は、3年目だ。今は力を蓄える。兄上たちには『泡沫候補』だと思っていてもらった方が都合がいい」
「しかし、フェルゼン侯とゼクス卿の支持表明は目立ちましたな」
「あれは仕方ない。二人には二人の思惑がある。俺が止められる話じゃなかった」
アレンは苦笑した。
「まあ、リアン兄上あたりは少し勘づいたかもしれないが……」
窓の外を、春の景色が流れていく。
「2年目は、さらに地盤を固める。エレオノーラとかいう査察官が来るらしいが……」
「近衛騎士団の副団長ですな。かなりの切れ者と聞いております」
「面倒だが、敵に回すよりは味方につけたい」
アレンは目を閉じた。
王位継承まで、あと2年。
まだ目立つ時期じゃない——が、いつまでも泡沫候補のままでいるつもりもない。
「さて、アルカスに帰ったら忙しくなるぞ」
馬車は、北へ向かって走り続けた。
【1年目・完】
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