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【完結保証】科学で興す異世界国家~理不尽に死んだ技術者が、科学と運命点で優秀な兄たちを超えて七カ国を統べ、滅びの未来を書き換える建国譚~  作者: Lihito


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14話:美食家の舌

馬車で3日。

中央領フェルゼン侯爵領に入った途端、景色が一変した。


「……これが、本来の文明社会か」


俺は馬車の窓から、穏やかな田園風景を眺めて溜息をついた。

気候は温暖、土地は肥沃。アルカスの岩山とは天と地ほどの差だ。


(格差社会にも程があるだろ。ここを領地に欲しかった……)


だが、到着した侯爵の屋敷は、そんな陽気な外とは裏腹に、お通夜のような空気に包まれていた。


***


案内された大広間。


そこにいたのは、豪華な椅子に沈み込むように座る白髪の老人——フェルゼン侯爵だ。


目の前にはテリーヌやローストといった最高級の料理が並んでいるが、手つかずのまま冷え切っている。


「……ゼクスの紹介だというから通したが」


侯爵は、死人のような虚ろな目で俺を見た。


「アレン殿下。見ての通り、私は今、何を食べても砂を噛んでいるようでね」


彼は手元のワイングラスを弄びながら、力なく続けた。


「食への情熱こそが生き甲斐だった。それが失われた今、政治の話などする気力もない。……悪いが、お引き取り願えないだろうか」


痩せこけた頬。明らかな栄養失調と鬱状態だ。


(……なるほど。美食を極めすぎて、普通の高級食材じゃ脳が反応しなくなってるのか。現代でもよくある「贅沢病」だな)


だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


俺は一歩前に出た。


「お言葉ですが、侯爵。ゼクス卿からお預かりした紹介状に、一言添えられておりました」


「……何と?」


「『この芋を食って駄目なら、お前は本当に終わりだ』と」


侯爵の眉がピクリと動いた。


「……ゼクスが、そこまで言ったのか」


侯爵は初めて、わずかに表情を変えた。


「……ふん。あいつめ、相変わらず口が悪い」


その口調には、かすかな懐かしさが滲んでいた。


(効いてる。だが、まだ足りない)


俺は意識の中で、運命点を5点消費した。


【運命点:445 → 440】


「侯爵。ゼクス卿は北の最前線で、今も剣を振るっておられます。その彼が、わざわざ貴方のために言伝を寄越した。……試す価値くらいは、あるのではないでしょうか」


言葉が、自然と重みを持った。


侯爵はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。


「……分かった。ゼクスの顔を立てよう」


彼は虚ろな目のまま、手を振った。


「好きにするがいい。ただし、期待はしていない。王都の一流料理人が束になっても、私の舌は動かなかったのだから」


その言葉に、控えていた侯爵家の専属シェフたちが複雑な表情を浮かべた。


彼らの腕が悪いわけではない。むしろ、一流中の一流だ。


だが、どれだけ技巧を凝らした料理を出しても、主人の食欲は戻らなかった。


俺は彼らに向き直り、丁寧に一礼した。


「突然の無礼、お許しください。皆様の腕前が素晴らしいことは、この料理を見れば一目瞭然です」


シェフの一人が、訝しげな目で俺を見た。


「……では、なぜ田舎料理などを?」


「正直に申し上げます。味や技術で皆様に勝てるとは思っておりません」


俺は木箱に入った泥だらけのジャガイモを示した。


「ただ、侯爵が求めておられるのは『洗練』ではなく『刺激』ではないかと。であれば、この粗野な食材にも、一つくらい出番があるかもしれません」


シェフたちは顔を見合わせた。


侮蔑ではない。純粋な疑問と、わずかな好奇心。


「……なるほど。確かに、私どもは『美しさ』を追求してきました」


年配のシェフが顎に手を当てた。


「『刺激』という切り口は、考えたことがなかった。……面白い。見せていただきましょう」


俺は頷き、背後の男に目配せした。


「ジャン、頼む」


「へい、任せときな!」


ジャンは不敵に笑い、侯爵家の厨房の一角を借り受けた。


***


取り出したのは、泥付きのジャガイモ。


シェフたちが興味深そうに見守る中、ジャンは手際よく皮を剥き、千切りにしていく。


そして、熱した鉄板に大量のバターを投入した。


ジュワアアアアア!!


バターが溶け、千切りにした芋が踊る。


そこにチーズをたっぷりと乗せ、さらにバターを追い足す。


(……カロリーの爆弾だ。健康? 知ったことか。今は味だ)


やがて、大広間に立ち込めたのは、誰も嗅いだことのない芳醇で香ばしい香りだった。


焦げたチーズ、濃厚なバター、そして焼けた炭水化物の甘い匂い。


食欲という本能を直接殴りつけるようなその香りに、シェフたちの表情が変わった。


「この香りは……」


「バターとチーズだけで、ここまでの芳香が?」


彼らは職人として、純粋に興味を惹かれているようだった。


「……ほう?」


死人のようだった侯爵が、ピクリと鼻をひくつかせた。


初めて、その目にわずかな光が宿る。


「お待たせしやした! アルカス特製、ポテトガレットでさぁ!」


ジャンが運んできたのは、黄金色の円盤。


表面はカリカリに焦げ目がつき、中からはチーズがとろりと溶け出している。


飾り気など一切ない。だが、圧倒的な「美味そう」なオーラを放っている。


「ナイフもフォークも不要です。手でちぎって、豪快にどうぞ」


俺の勧めに、侯爵は躊躇いながらも震える手を伸ばし、ガレットを千切った。


パリッ、という軽快な音。


湯気が立ち上るそれを、彼はゆっくりと口へと運ぶ。


サクッ。


咀嚼した瞬間、侯爵の目がカッと見開かれた。


「…………なんだ、これは」


手が止まらない。二口、三口。


無言のまま、猛烈な勢いで食べ進める。


「サクサクだ……いや、中はモチモチしている。甘い、だが塩気が絶妙だ……!」


彼はあっという間に一枚を平らげると、信じられないものを見る目で俺を見た。


「複雑なソースなどないのに、なぜこれほど美味い……! これが、あの泥だらけの芋なのか?」


「ええ。アルカスの痩せた土地で育った、素朴な作物です」


侯爵は皿に残った油をパンで拭い取り——なんと、それすらも口に運んだ。


「噛みしめる喜び……そう、私はこれを求めていたのだ! 滑らかで上品な料理ではない、この原始的な満足感を!」


シェフたちも、侯爵の変貌ぶりに目を見張っていた。


「侯爵様が、あれほど……」


「何ヶ月も、何を出しても首を振られていたのに……」


年配のシェフが、静かにジャンに歩み寄った。


「……見事だ。我々は『美』を追求するあまり、『食の原点』を忘れていたのかもしれない」


「いやいや、俺なんてまだまだですよ」


ジャンは照れくさそうに頭を掻いた。


「あんたらの技術があれば、この芋をもっと凄い料理に化けさせられるはずだ。……良かったら、後で情報交換しませんかね?」


「ぜひ、お願いしたい」


職人同士の、静かな敬意が交わされた。


***


食後の紅茶を楽しむ頃には、フェルゼン侯爵は完全に生気を取り戻していた。


頬には赤みが差し、目には力強い光が宿っている。


先ほどまでの死人のような姿が嘘のようだ。


「アレン殿下。礼を言う」


侯爵は姿勢を正し、俺を真っ直ぐに見た。


「久しぶりに『生きている』実感を得た。ゼクスの紹介状には『こいつは化けるぞ』と書いてあったが、あながち嘘ではないようだな」


「恐れ入ります」


「あいつとは若い頃、よく一緒に戦場を駆けたものだ。私が後方で兵站を組み、あいつが前線で暴れる。……懐かしい話だ」


侯爵は遠い目をした。


「あいつが『食え』と言うなら、食う価値があると思った。その判断は正しかったようだ」


彼は表情を引き締め、ビジネスの顔になった。


「さて、腹も満ちたところで本題に入ろう。来月、王都で『王位継承に関する第一回報告会』が開かれるのは知っているな?」


「ええ、そのために参りました」


「長男ヴァリウス派、次男リアン派、そして中立派。貴殿はこの『ジャガイモ』と『新技術』をひっさげて、その場に殴り込むつもりなのだろう?」


侯爵はニヤリと笑った。


「私が貴殿の後ろ盾になれば、中立派の貴族たち——特に食糧事情に悩む者たちの票をまとめられる」


「ありがたいお言葉です」


「だが、ただ支援するだけでは面白くない」


侯爵は身を乗り出した。


「この『ジャガイモ』の種芋と栽培法……私の領地にも融通してくれるかね? 我が領も最近、小麦の不作でね。民の腹を満たすこの『黄金』があれば、憂いなく貴殿を推せるのだが」


(……来たな。技術供与の要求。だが、タダで渡すわけにはいかない)


俺は即答した。


「もちろんです。ただし、条件があります」


「ほう?」


「あと2年は、わが陣営だけの技術としたい。他陣営には秘匿をお願いしたい」


俺は真っ直ぐに侯爵を見据えた。


「ただし、2年後には結末がどうなろうと、国のために情報を公開します。飢えに苦しむ民がいる限り、この作物を独占し続けるつもりはありません」


侯爵は少し驚いたように目を見開いた。


「……2年の秘匿。そして国益のための公開、か」


彼はしばらく俺の目を見つめていたが、やがて深く、満足げに頷いた。


「よかろう。私が求めていたのは、目先の利益に走る商人ではなく、国を憂う『王の器』だ」


侯爵が立ち上がり、俺に手を差し伸べた。


「その条件、飲もう。フェルゼン家は、第三王子アレン殿下を支持する」


その瞬間——


【運命点獲得:+15】

【現在の運命点:440 → 455】

【獲得理由:中立派筆頭の支持を獲得】


俺はその手を力強く握り返した。


痩せてはいたが、政治の修羅場を潜り抜けてきた老練な力がこもっている。


「ところで殿下」


侯爵は握手を解き、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「この芋、他にどんな食べ方があるのかね? 正直、もう一皿食べたいのだが」


「お任せください。揚げても、煮ても、焼いても美味いですよ」


俺の言葉に、侯爵の目が子供のように輝いた。


「全部試そう。シェフたち、手伝ってくれ!」


「「はっ!」」


お通夜のような空気は、すっかり消え去っていた。


***


北の武力ゼクス、中央の政治力フェルゼン、南の経済圏バーゴ


何もない荒野から始まった1年目は、盤石な布陣と共に幕を閉じようとしている。


さあ、王都へ行こう。


【現在運命点:455】

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