11話:男にはモテモテ
アルカスに戻ると、開発現場では相変わらず黒煙が立ち上っていた。
だが、今日は少し様子が違う。
「うげぇ……! 殿下、本気ですか!?」
ゲイルが鼻をつまみながら絶叫している。
彼の目の前には、コークス炉から回収された副産物が並んでいた。
ドロドロの黒い液体——コールタール。
そして、強烈な刺激臭を放つ透明な液体——アンモニア水。
「鼻がひん曲がる! なんだこの臭いは!」
周囲の職人たちも、全員が顔を背けている。
「この黒いネバネバを道に塗る? んで、この激臭の水を作物にかける?」
ゲイルは信じられないという顔で俺を見た。
「……殿下、ついに石炭の煙で頭がおかしくなったんじゃ……」
「失礼な。正気だ」
俺は平然と答えた。
「まずタールからだ。これを砂利と混ぜて加熱しろ。泥道に敷き詰める」
「……本気で?」
「本気だ。やれば分かる」
半信半疑のまま、職人たちが作業を始めた。
タールと砂利を混ぜ、加熱し、村の外れの泥道に敷き詰めていく。
黒い液体が冷えて固まると——
「……おい、これ」
ゲイルが恐る恐る足を踏み入れた。
「硬い。泥じゃない。石みたいだ」
試しに荷馬車を走らせてみる。
ガタガタという振動がない。滑るように進んでいく。
「すげえ! 雨が降っても泥にならねえぞ!」
「これならベルンまでの輸送時間が半分になる!」
職人たちの目の色が変わった。
「よし、次はアンモニア水だ」
俺が言うと、全員が後ずさった。
「あの臭いやつですか……」
「そのままかけたら作物が枯れる。だが、適切に薄めれば——」
俺は井戸水で希釈したアンモニア水を、試験区画の畑に撒いた。
「これで数日待て。結果が出る」
「……本当に大丈夫なんですかね」
ゲイルは半信半疑のまま、鼻をつまんでいた。
***
数日後。
アンモニア水を撒いた試験区画では、周囲より明らかに青々とした芽が伸びていた。
「……嘘だろ」
ゲイルが目を丸くする。
「あの臭え水が、こんな効果を?」
「窒素肥料だ。痩せた土地を蘇らせる」
「窒素……? よく分かりませんが、とにかく凄えってことですね!」
ゲイルは興奮気味に走り去っていった。たぶん他の職人たちに報告しに行ったのだろう。
俺が一息ついていると、背後から声がかかった。
「へえ、やるじゃないか」
振り返ると、ミーシャが腕を組んで立っていた。
「タール舗装に、肥料か。どっちも金になりそうだね」
さすが商人。すぐに商売の話だ。
「舗装の方は、まずベルンとの街道の中の泥道に使う。バーゴを釣る餌だ」
「ああ、あの成金豚ね」
ミーシャは肩をすくめた。
「アンタの評判、この辺じゃ鰻登りだよ。特に男連中」
彼女は開発現場で働く職人たちを顎で示した。
確かに、彼らは俺を見るたびに「殿下!」と目を輝かせている。ゲイルもハンズも、今や完全に心酔しているようだ。
「男にはモテモテだね、領主様」
「……嬉しくないな」
「何がいいんだか」
ミーシャは本気で分からないという顔をしている。
(こいつには本当にカリスマが効かないな……いや、待て。男にばかり効いてるのか? え?それはそれで問題では?)
俺は微妙な気持ちになりながら、話題を変えた。
「それより、ベルンへの使者は出したか」
「ああ、セバスが手配済み。バーゴの返事はもう来てるよ」
ミーシャは懐から手紙を取り出した。
「『道路整備の件、喜んで協力いたします。アルカスの特産品がスムーズに届くなら、通行税など安いものです』——だってさ。揉み手してる顔が目に浮かぶね」
「予想通りだな」
「で、アンタはこれでバーゴを正式に傘下に入れるつもりでしょ?」
「ああ」
俺は頷いた。
「恐怖だけじゃ人は動かない。利益で縛る。バーゴみたいな小物は、甘い汁を吸わせ続ければ裏切らない」
「なるほどね。飴と鞭ってやつだ」
ミーシャはニヤリと笑った。
「アンタ、見た目は王子様だけど、中身は相当エグいね。嫌いじゃないよ、そういうの」
「褒め言葉として受け取っておく」
***
翌週。
タール舗装されたベルン街道を、バーゴの視察団が訪れた。
「おお……おおお! これは素晴らしい!」
バーゴは馬車から降りるなり、黒い路面を踏みしめて感嘆の声を上げた。
「まるで石畳のようだ! いや、石畳より滑らかだ! これがアルカスの新技術ですか!」
「ああ。これをベルンまで延伸すれば、両領の物流は飛躍的に向上する」
「素晴らしい! 素晴らしいですぞ殿下!」
バーゴは揉み手をしながら、満面の笑みを浮かべた。
「私、ベルン子爵バーゴは、正式にアレン殿下の傘下に入ることをお誓い申し上げます! 今後とも、末永いご愛顧を——」
「分かった分かった」
俺はバーゴの長口上を遮った。
「協力関係を結ぶ。それでいい」
「ははーっ! ありがたき幸せ!」
バーゴは深々と頭を下げた。
その瞬間——
【運命点獲得:+5】
【現在の運命点:440 → 445】
【獲得理由:隣接領ベルンを傘下に収める】
(……+5か。まあ、こんなもんだろうな)
俺は内心でため息をついた。
ゼクスとの同盟で+15。バーゴの傘下入りで+5。
格の違いが如実に出ている。
(やっぱ使えないな、あの豚。まあ、いないよりマシだが)
バーゴは相変わらず揉み手をしながら、道路の素晴らしさを語り続けている。
「いやあ、これで通行税収入も倍増ですな! アルカスの特産品がどんどん流れてきますぞ! 私もウハウハ、殿下もウハウハ——」
「……ああ、そうだな」
俺は適当に相槌を打ちながら、視線を逸らした。
ミーシャが遠くでこちらを見ている。
「お疲れ様」と言いたげに、肩をすくめていた。
***
その夜。
執務室で、セバスに報告を行った。
「ゼクス卿との同盟、バーゴの傘下入り。これで北と南の足場は固まりました」
「ああ」
「残るは中央——フェルゼン侯爵でございますな」
セバスは紅茶を注ぎながら言った。
「侯爵を味方につければ、貴族会議での発言力が大きく変わります。そのためには——」
「ジャガイモだ」
俺は窓の外を眺めながら答えた。
「美食家の胃袋を掴む。それが一番の近道だ」
「御意。では、料理人の手配を急ぎましょう」
セバスは一礼し、執務室を出て行った。
俺は一人残り、夜空を見上げた。
武力の後ろ盾——ゼクス。
経済の傀儡——バーゴ。
次は、政治の切り札だ。
(フェルゼン侯爵……美食家で、食欲減退に悩んでいる老貴族か)
ジャガイモ料理で、あの古狸を落とせるか。
俺は静かに拳を握った。
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