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決戦:密室の月下





阿倍は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「では、」


「私たちが殺したのですよ。姫様を殺すためにね」


童が死体の衣を剥ぎ取ると、そこには衝撃の光景があった。


死体の背中には、まるで植物の根が食い込んだような無数の穴が開いていた。


「月にとって、罪を犯した姫は不要。だが、その美しい肉体や記憶を無造作に捨てるのは惜しい。だから、私たち『童』という名の苗床を送り込んだのです。本当は、密室の中で姫様を仕留め、その命をすべて竹の根を通じて吸い上げるはずでした」


だが、そこで想定外のことが起きた。


姫を心から慕っていた女房・小萩が、童たちが凶器(竹の槍)を突き立てる直前、姫を突き飛ばして身代わりになったのだ。


「小萩は、姫様が用意した身代わりなどではない。姫様を守るために、自ら首を差し出した盾だったのだな……」


阿倍の問いに、童は忌々しそうに舌を鳴らした。


「ええ、そのせいで手際が狂いました。小萩の血が溢れ、その隙に姫様は、砕けた『不死の薬』の力……あれは本来、月の住人が空間を歪めるための触媒。それを使って、この密室から消え去った」




阿倍は太刀を構え直した。


「……羽衣が消えたのは、姫が着て逃げたからではないな。お前たちが、証拠を隠滅するために持ち去ったのだ。姫を殺せなかったという失態を、月の使者に知られぬようにな」


「……流石は、偽物の宝に騙され続けた男。本物を見抜く力だけは、少しは成長したようだ」


童たちの体が、みしみしと音を立てて膨れ上がる。


彼らの皮膚は竹の皮のように硬質化し、手足は鋭い節を持った武器へと変貌していく。


「姫様はどこへ逃げたか知りませんが、まずは貴方を消さなくては。阿倍様、貴方の死体も『竹取の翁の屋敷で起きた、月の使者による惨劇』の一部になってもらいます」


「抜かせ。この阿倍御主人、二度も同じ女に化かされるのは御免だが……その女を守って死んだ女房の忠義を、お前たちのような化け物に汚させるわけにはいかぬ」


阿倍は、月の光が差し込む畳を強く踏みしめた。


密室の壁が、童たちの放つ異様な妖気でひび割れ始める。


「さあ、竹の化け物ども。今宵は『火鼠の皮衣』よりも熱い、地獄の火を拝ませてやる」


阿倍御主人の放った言葉とともに、密室の空気は一変した。

童たちの体から突き出した竹の節が、蛇のようにうねり、四方の壁を突き破る。

密室だったはずの部屋は、もはや竹の檻ですらない。

巨大な怪物の胎内――その内壁に立たされているかのようだった。

「地獄の火だと? 笑わせるな。

地上の火など、月の冷気の前では無力!」

最年少の姿をした化け物が、音もなく跳ぶ。

指先は鋭利な竹槍と化し、阿倍の喉元を正確に貫こうと迫った。

剣閃と竹の防壁

キィィィィィン!

甲高い金属音が炸裂する。

阿倍は太刀の腹で一撃を受け流し、流れるように踏み込み、童の胴を薙いだ。

――硬い。

斬り裂いたはずの傷口から噴き出したのは、血ではない。

濁った竹の樹液だった。

「阿倍様、無駄ですよ。

我らの体は、月の加護を受けた――不壊の竹!」

「不壊だと? 抜かせ!」

阿倍は懐から一振りの巻物を取り出し、太刀の刀身へと巻き付けた。

かつて「火鼠の皮衣」を求め、莫大な財を投じ、数多の怪異に手を伸ばした男。

掴まされたのは偽物ばかりだった。

だが、その執念が引き寄せた“本物”の呪具が、今ここにある。

「あれは……唐土の忌火いみびの符!」

童の顔が、はっきりと歪んだ。

阿倍が呪文を唱えると、刀身が赤黒い炎を帯びる。

湿った空気が一気に蒸発し、熱が支配した。

逆転の炎――虚飾を焼き払う

「偽物を掴まされ続けた私だからこそ、分かることがある」

阿倍の視線が、化け物たちを射抜く。

「お前たちのその“竹”……

月のものではないな」

化け物たちの動きが、わずかに止まった。

「地上の竹に、月の魔力を吸わせただけの代物だ。

本物の月の存在が、これほど執拗に“地上の肉体”を欲するものか」

阿倍は、すでに見抜いていた。

彼らは月の使者ですらない。

月の残滓に群がる、ただの竹の寄生体に過ぎない。

「小萩の忠義は本物だった。

だが――お前たちは、根の先まで偽物だ!」

阿倍は踏み込んだ。

赤黒い炎が旋風となって舞う。

一太刀目。

迫り来る竹の根を、熱波で炭化させ、粉砕する。

二太刀目。

逃れようとした童の脚を、炎の刃が深々と捉える。

三太刀目。

天井を突き破り、月光を断ち切るように、炎を振り下ろした。

終焉と希望

「ぎゃああああああっ!」

絶叫が夜気を裂き、竹の化け物たちは内側から燃え尽きていく。

隠し持っていた羽衣の切れ端が炎に呑まれ、黄金色の光となって夜空へ霧散した。

静寂。

阿倍は荒い息を吐き、太刀を収めた。

足元には、小萩の亡骸が横たわっている。

その顔には恐怖はなく、

どこか成し遂げた者の、穏やかな微笑が浮かんでいた。

「……阿倍様……」

背後から、か細い声。

振り向くと、空間の歪みから這い出すように、

ボロボロの姿のかぐや姫が立っていた。

不死の薬の残滓も尽き、もはや不思議な力は残っていない。

「小萩が……小萩が、私を……」

「……行きなさい、姫」

阿倍は、静かに言った。

「追っ手は私が食い止める。

月の法は知らぬが――

この国の法では、忠義に報わぬ者は男ではない」

阿倍は小萩の亡骸に、自らの家紋が入った直垂を掛ける。

そして、姫に背を向けたまま、屋敷を囲む月の使者たちの気配を睨み据えた。

「私は二度、貴女に騙された。

一度目は偽の宝。

二度目は、貴女の冷徹な仮面に」

わずかに、言葉を切る。

「だが……三度目はない」

阿倍御主人の背中は、

かつて富を追い求めていた頃よりも、

はるかに大きく、揺るぎなく見えた。


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