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9.隣国の王女様

「なぜあんな物騒な奴がここにいるのだ」

「光があるところには影があるからです」

「ふむ、それにしては随分多い気がするのだが」

 その言葉に一斉に振り返る五十余りの野蛮な輩。


「ではエマ、お前にこいつらの全滅を命じる」

「御意」

 一礼をして、海賊共に向かっていくエマ。彼女はチェリー侍女頭候補の一人だ。

 そんな彼女が歩いた後は、静かになっていく。


「ひっ、た、助けて……」

 赤いバンダナをまいたリーダーらしき奴。四つん這いになって仲間の死体を乗り越え必死に逃げようとする。


「殿下のご命令ですので」

 その言葉と共に、最後の一人が倒された。


「完了いたしました」

「あぁ、素晴らしいな」

 そう言いながら、余は死体を踏みつけ生存者のもとへ向かう。誰かを守るように、お爺さんが手を広げている。む、この爺さん、オイドン並みに小綺麗にしているな。


「助けてくださり、ありがとうございました」

 その後ろから少女が現れた。


「うむ、例には及ばぬ。怪我はないか?」

 そこで後ろを振り返って、辺りが血の海に染まっていることに気が付いた。


「む、素敵なお召し物が汚れてしまうな、失礼。エマはお爺さんを」

 目を白黒させる少女を抱え、死体を超えていく。


「キャッ、ちょっと」

「失礼します」

「ふぉっふぉ」

 エマはお爺さんをわきに抱え、ものともせずに進んでいく。もう少し老体をいたわってあげなければならんな。


「お嬢さん、この辺は危険ですから、お気をつけて」

 大通りに出たところで少女を降ろし、片膝をついてその手に口づけをする。エマも同じように執事の手を取ったところで、やめさせた。


「エマ、貴様はしなくて良いのだぞ」

「申し訳ありません」

「あ、あのっ!」

 立ち去ろうと後ろを向くと、少女の声が聞こえてきた。


「名前を教えて貰ってもよろしいですか?」

「名前?」

 握られた拳が震えているのを見て、言葉をにごらす。

 ふむ、余がシューデリアだと明してはならないな。


「余の名前はスーパーヒーロー筋肉マンだ!」

「スーパーヒーローキンニクマン?」


 不思議そうな顔をしている少女に笑顔で手を振り、人ごみの中に紛れていく。


「キャー、私のバックが!」

「エマ」

「承知いたしました」

 まるで風のように犯人をなぎ倒し、バッグを貴婦人に渡すエマ。しかしお礼を言われても、その無表情は変わらなかった。


「エマ、貴様の戦闘力は十分だ。あとは、思いやりを覚えた方がいいな」

「思いやり、ですか?」

 息一つ乱れていない、そんなエマが答える。


「あぁ。チェリーは目が見えぬ。例えば、先ほどの女性に口づけをするというのは、男性から女性にとって挨拶のようなものだ。だがチェリーはそれが出来ん。それのお陰で、先方に不快感をもたらしてはならん」

「思いやり……では先ほど殿下が嘘の名を申し上げたのも、思いやりなのですか?」

 不思議そうに尋ねる彼女に、うなずいて答える。


「あぁ、あそこで余の正体を明かすと、逆に騒ぎを起こしかねないからな」

「はい。……ですが殿下、私は幼い頃から感情を持つなと命じられてきました。そんな私が、チェリア殿下のお役に立てるのでしょうか?」

 顔をしかめるエマ。


「チェリーは肩書で人を判断するような人ではない。相手に言われたことだけでなく、それすらも先読みし、相手を思いやって行動するのだ。そうすれば、其方の熱意はきっと、チェリーにも伝わるはずだ」

「思いやって……」

 そう呟いて、うつむいてしまう。オイドンによれば、彼女は幼いから戦闘狂と言われ、戦闘以外のことを知らずに育ってきたという。


「……殿下、私はまだ、思いやり、というものは分かりません。ですが、チェリア殿下には、最大限の誠意をもってお仕させていただきます」

「うむ」

 チェリーを心の底から信頼し、護衛し、そして助けてくれる人。不器用な彼女だが、それも悪くはないだろう。



 *

「侍女頭はエマにする」

「はい、ご苦労様でした殿下」

 休みのほとんどを町の見回りを兼ねた、弟君の侍女選びに使うなんて。ご主人様はどれほど素晴らしいお人なのだ、という熱い思いはしまい、おいどんは言葉を続ける。


「本日はお客様がいらしております。殿下をお呼びでした」

「む、客だと?」


 オイドンに選ばせたぴちっとした服を緩めたい気持ちにかられながら、余は食堂の扉を開ける。


「父上、遅れてすまない」

「あぁ。紹介しよう、こちらは隣国アイマスク王国の王女様だ」

「始めまして。私はアイリス・アイマスクと申します」

 感情を感じさせない笑顔で、礼をする王女。


「余はシューデリア・ディ・オリビアである」

 つられて頭を下げて、なぜかその少女がこちらをじっと見つめていることに気が付いた。だんだんと、その少女の顔に驚きは宿っていくのを。


「ス、スーパーヒーローキンニクマン!?」

「ん?」

 父上が手を止める。たしかに、余が助けさせた少女に似ているが!


「でも、殿下って、あなたが冷酷鬼畜ドS王子!?」

「んん?」

 父上の目が王女へと映る。王女の後ろにはお爺さんが立っているのを捉えた。まさか、あの人は。


「失礼ですが、アイリスおう――」

「アイリス王女、是非我が薔薇園を見ていただきたいのですが!」

 父上の言葉を遮るように、王女に目線を送る。何かに気付いたように王女は微笑んだ。


「えぇ、それはとても興味深いですね」


 何とかして薔薇園まで連れ出し、辺りに人がいないことを確認して口を開く。


「貴様、先ほどはよくも! それに冷酷鬼畜なんちゃらというのは一体何のことだ?」

「お兄様に言われましたの。それよりも、あなたがキンニクマンなのですか?」

 目の前の少女は華麗に余の言葉を交わし、笑顔で告げる。


「そうだが」

「まぁ!」

 嬉しそうに目を輝かせ、そのまま笑顔で少女は言葉を続ける。


「ではわたくしの婚約者となっていただけませんか?」

「あぁ、通りで――」

 そこで言いかけていた言葉が止まる。


 婚約者? 他国の王女が、余を婚約者に、と言ったか? その純粋な笑みからは、何を考えているのか、まるで読めない。


「何故だ?」

「それは私が殿下を愛しているからですわ」

「は?」

 その言葉に目が点になったような感覚を覚える。


「それとも何か婚約者になってはいけない理由でも?」

「いや、余には婚約者が……」

「婚約者なのですから、いくらいたって結構ですわ」

 何か問題でも、とふわりとほほ笑む。


「……だが、余には好きな人がいるぞ」

「……」

 その言葉に、眉根を寄せる王女。


「殿下は……素敵な方ですので、それは当然なことかと。ですがそれでも、わたくしはあなたの婚約者になりたいのです」

「……」

「殿下、お願いです。私を選ばなくても構いません、ですのでどうか!」

 段々と語尾が小さくなっていく王女。その握られている拳。こちらを見つめる瞳には真剣な色をしていた。


「……貴様の、熱意には負けた」

「本当ですか!? ではわたくしを婚約者にして下さるのですね?」

「あぁ、約束しよう」


 少女は嬉しそうにこちらに抱き着いてきた。そのまま腕を組まれ、食堂への道をたどっていく。

 それにしても王女の、最初に見せた表情は至極冷めているものであった。そして余は、それを幼い少女にしたのは自分であると、そう思わずにはいられなかった。


「父上、王女が余の婚約者となりました」

「そうか」

 父上は落ち着いた声で告げる。けれどカップを持つ手が震えているのに、多分全員気づいていた。



 *

 わたくしは、ずっと前からあなたを知っていましたの。

 なにせ、いつも完璧なお兄様が、隣国へ行くと不機嫌に帰ってくるのですわ。

『いいかいアイリス、彼奴は冷酷鬼畜毒舌ドS王子だよ!』

 お兄様は悪口ばかり言っていましたけれど、その顔は楽しそうでしたわ。


 お父様に反抗したはいいものの、あんな賊がいるなんて思いもしませんでしたわ。

 あと爺やがあれほど弱いことも。


『余はスーパーヒーローキンニクマンだ!』

 そう嘘偽りなく言う笑顔は、まるで王子様の様でした。

 本当に王子だなんて、思ってもいませんでしたけどね。


 わたくしはずっと昔から、あなたに恋をしていたのですわ。

 私はあなたの笑顔が、困ったら眉根を寄せる仕草が、好きな方がいらっしゃるところでさえ、大好きなのです。


 あなたがわたくしを冷酷な王女から、恋する乙女へと変えてしまったのですわ。

 あなたのせいですのよ。わたくしが、一国の王女が、夜這いのようなことをしているのも。


「だから責任、とってくださいね?」

 小さな声で、美しい横顔に囁く。


 そして唇を重ねた。その様子を、美しい満月だけがひっそりと眺めていた。

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