7.恋心の自覚
「王妃に現れた呪印が、君の手に吸い込まれた!?」
「あぁ、そうだ。黒い呪文の調査は、いたって順調であるぞ!」
得意げにすると、生徒会長様は頭を振りかぶる。金髪がさらさらと揺れ、朝の光を反射した。
「全く仕事が早いというのも……それで? どちらの手に吸い込まれたんだ?」
「左手だぞ。ほらこの通り」
そうずいっと手を突き出すと、ワリスは興味深くそれを見つめる。
「それにしても、呪印に触るなんて……まるで別人みたいだね」
む。この男も、中々鋭いな。
「そうか? 余はシューデリアであるぞ?」
笑顔を浮かべて答えると、彼の空気が変わる。
「……シューデリアは、僕の大事な後輩だからね。いつかは、返してもらうよ?」
冷たい微笑み。息をのんでいると、ふっと空気が揺らぐ。
「まぁ何があるか分からない以上、手袋をした方が良さそうだね。ほらこれ、あげるよ」
「む、ありがたい」
白い手袋をはめると、その大きさは丁度だった。
「また何かあったら報告するように」
「イエス・マイロード」
「ふふっ」
元気に出ていくシューデリア。その姿を見送って、小さく眉根を寄せる。
「あの手袋──君が前に置き忘れていったものなんだけどね……」
その声には、少しの不信感が滲んでいた。
*
あの生徒会長、なかなかに怪しんでいたようであったな。
角を曲がると、階段の上にいるフェリィに気が付いた。誰かと喋っている。
窓から差し込む光に美しい横顔が反射し、思わず見とれてしまう。
その時、その体がまるで誰かに押されたように傾いた。声を上げる間もなく彼女は落ちていく。周りからは悲鳴が上がった。
次の瞬間、彼女を受け止めようと体が勝手に動いていた。
彼女は腕の中でゆっくりと目を開け、驚いて瞬きを繰り返す。
「で、でんか!?」
「平気か?」
この体があってこそ、出来たことだな。上を向くと、踊り場にたたずんでいる女と目が合った。あれはたしか──
「殿下、申し訳ありません。お怪我は?」
フェリィがこちらを上目遣いで見つめてくる。
「平気だ、謝らなくて良い」
「……ですが」
「貴様は余の婚約者なのだから、助けるのは当たり前のことだ」
申し訳なさそうに、こちらを見つめるフェリィ。本当に痛くないのだがな。
「ではそこまで言うのなら、口づけでもしてもらおうか?」
その顔が固まる。そのまま手を強く引かれ、近くの物陰まで引っ張られた。
「いいではないか、ほっぺにチューくらい」
そう左頬を指さすと、彼女は眉根を寄せる。そして、小声でこう囁いてきた。
「殿下……今一度申し上げますが、わたくしと殿下は政略結婚でございますよ? 愛などあるはずがございません」
「は?」
ぽかんと見つめると、視線をそらすフェリィ。
「それに、わたくしには……お慕いしている人がおります、と申した上げたはずですわ」
その言葉に、目の前が遠くなっていく感覚がする。周囲のざわめきひとつしなくなった。
フェリィは、余を好いていないいない、だと?
何処かで感情が溢れて、その波を抑えられない。
「ですから殿下」
そういいかけた手を引き、壁に押し付ける。壁に肘をついて戸惑った顔を見下ろし、その顎を掴んだ。
「でん──んっ!?」
目を閉じ、その唇を奪う。
華やかな香りと共に、柔らかい感覚がする。
「んっ、ん……」
抵抗しようとしたのか、胸を叩いてくるフェリィ。その力もだんだんと弱まっていく。
その愛らしさに舌をねじ込むと、大人しく従う。
「でん、か……」
とろん、としていた目から、やがて涙があふれてきた。
「フェ」
「殿下、これ以上のことは、もう、やめて……お願いですから……」
うつむいたまま、言葉を吐き出す彼女。
「これ以上、わたくしを……」
それ以上を言わずに、踵を返し、人ごみの中に紛れていってしまった。
「なぜだ……」
余の呟きが、小さく落ちる。
彼女には、感情が映らない。それは長年の賜物の成果だろう。
けれど、時々見せるあの表情は……どう見ても余に惚れているとしか思えなかった。それでも頑なに、彼女は余を拒む。
「余は、フェリィが好きなのだな」
そして、その冷たい拒絶を向けられると、なぜか心が痛む。感情が高ぶって、自分を抑えきれなくなる。
「これは余なのか、それとも──殿下なのか……」
分からなかった。
自分の感情の変化に、シューデリアは戸惑っていた。
*
「ライラ・カスタードはいるか?」
教室のドアから顔を出すと、ざわざわしていた部屋が静まり返った。
「殿下、わたくしに何か御用ですか?」
勝気な瞳に、美しく巻かれた髪。フェリシアが階段から落ちた時。その肩を押せる位置にいたのは、このご令嬢だけだ。それに直前、フェリィと口論していたようにも見えた。
「ついてきてもらおうか」
余の声に、肩を震わす女。その目には、不思議な色が宿っていた。




