6.母上に襲われる
「母上?」
シューデリアの呼びかけにも、足を止めぬ王妃。
ゆっくりと、シューデリアの元へ向かっていった。
「シューデリア、ごめんなさいね、こんな不出来な母親で」
「なんの話だ?」
余の問いかけにも答えず、歩み寄る。やがて、その正面に辿り着いた。
その目を見つめ、そして余に抱きついてきた。
「……?」
暖かな感触が押し付けられ、上品な香りが鼻をくすぐる。
「ごめんね、シューデリア、こんなことしかできなくて……」
細く白い肩は震えていた。
「何のことだ? 母上は──」
そう言いかけたシューデリアの口が止まる。
母上がゆっくりと、その体をベッドへと押し倒していった。
「……母上? 何をしているのだ?」
手を固定され、困惑して女を見つめるシューデリア。
「なっ、何をする!」
彼女の手が首から、下へ下へと降りていく。体を動かそうと抵抗するものの、まるで何かに押さえ込まれているかのように動かない。
「ごめんね……シューデリア、ごめんね」
そう言いながらも母上の手はタオルの中へと入っていった。
「んなっ、母上、何を?」
冷たい手の感覚が、体を震わせる。
長く艶やかな髪の隙間から、母上の目が見えた。黒く濁った瞳。
ハッとして薄いレースを見つめる。呪印、黒い呪文。
母上の服といえない薄っぺらい布を、必死に目を凝らす。
「ん」
冷たい両手に耐えながら、目を動かす。
「あった!」
二つの膨らんだ隙間に、黒い紋様が見えた。あとは──
「母上、っもう我慢できない! 今すぐその服を脱いでください!」
その叫び声に、母上は手を止める。
「……私が、必要なの? シューデリアにとって──」
「いいから早く服を脱げ!」
叱りつけると、母上は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そんなに、私が……欲しいのね?」
そう言いながらも服を脱いでいく。
これで黒い呪印から解き放たれたはずだ、あとはこのまま余が気絶させれば良い。
「トォッ」
「私は……役に立っているのね? 母親として、ちゃんとできているのね?」
その言葉に、蹴り飛ばそうとしていた足が止まった。その声が、あまりにも悲痛なものだったから。
おそらくこの女、母親としての自覚が足りていないだけだ。
「母上……今日はチェリーは、嬉しそうに母上の話をしておったぞ。食事の手伝いをしてくれたと」
その声に母上の動きが止まった。
「それに余も、助かっておるぞ。ありがとう」
今朝、慌てて馬車に乗り込もうとした余。それを、母上は笑顔で見送ってくれた。それは、母上にとっては当たり前であっても、挨拶をできない奴等もいる。おそらくそんな当たり前に、殿下は助けられてきたのだろう。
「いつも助かっているよ、母上」
黒く濁った瞳が、どんどんと薄緑色の光を取り戻していく。
「……シューデリア」
その目から涙が落ちる。
「ありがとう……」
そのまま気を失ったように倒れ込んできた。その体を支え、ベッドにそっと寝かせる。
脱ぎ捨てられた服を手に取り、黒い紋様を見つける。
「これが、ワリアが言っていた黒い呪印か。なんだこの模様は……?」
奇妙な紋様。手を伸ばすと、その手が痛んだ。
「!?」
その模様が黒い靄を出して消えていく。代わりに左の手のひらに、微かな模様が刻まれていた。
「なんだこれは……っくしゅ」
流石に全身裸では、夜冷えしてきたようだな。
服を着替え、母上を見下ろす。美しい曲線を描いていた。
「ふーむ、なかなかいい体であるが、フェリィの方が好みであるな」
母上にまた服を着せ、毛布を被せてその体を抱き抱える。
「母上の部屋は……」
メイドや執事に会いそうになったが、なんとか誰にも見られずに部屋まで運ぶことができた。
「おやすみなさい、母上」
ベットに静かに下ろし、毛布を掛ける。そして部屋を後にした。
「それにしても、この宮殿は広すぎて不便であるな」
フラフラと階段を降りたり、渡り廊下を渡ったりしてみる。
「──っだから、殿下がアイリスを牢屋に入れたんですよ!」
甲高い叫び声が聞こえて、足を止める。奥の部屋で、明かりが漏れていた。
「はぁ? あの優しい殿下がするはずないでしょう?」
「本当です!」
「まぁ私たちのやることは変わらないわ。あの坊やから金をあるだけ搾り取るだけよ」
「ふむ、面白そうな話をしているな?」
その言葉に振り向く侍女たち。思ったよりもたくさんいて、驚きだな。
「余も混ぜてはくれんか?」
「で、殿下!?」
侍女頭と思わしき女が立ち上がる。足を組んで座り続けてよいのだぞ?
「なんでここに!?」
全部で五人、か。どの瞳にも警戒の色が宿っている。
「まさかこんなにも雌豚が蔓延っているとはな」
「なっ」
「逃げようとするな」
そう言いながら、おさげの女に手刀を放つ。残りの四人の顔が、青ざめていく。その顔に、にやりと微笑んだ。
「お前ら、牢屋で後悔するがいい」
叫び声と共に、侍女たちは崩れ落ちた。




