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2.家族との晩餐

「シューデリア、なんだその恰好は?」

 目をひそめる、マントを羽織った隣の男性。正面では優しそうな女性が、呆然とこちらを見つめていた。


「これは、余が考えた、一番カッコいい服装だ!」

「……そうか」

 そう答えると、隣の男は押し黙ってしまう。


「シューデリア、どうかしたの?」

 戸惑いがちに前の女性が口を開く。


「何がだ? 余は至極元気であるが!」

 ワハハ、と笑うと顔を見合わす二人。後ろから執事が近づいてきて、手を添え耳に小さく囁く。


「殿下、横にいらっしゃるのは国王陛下で、目の前にいらっしゃるのは王妃様でございます。そして隣にいらっしゃるのは、殿下の弟君にございます」

「そうなのか、道理で気品があると思ったぞ。父上、母上、先ほどは失礼した」


 厳かな声で告げると、二人はまた顔を見合わせる。

 横に目を向けると、少年がきちんと椅子に座っていた。目の前には食事が置かれていない。


「む、我が弟よ、」

「殿下はいつもチェリーとお呼びになっています」

「チェリーよ、其方の前にはなぜ皿がないのだ?」

 その言葉に、後ろのメイドの肩が揺れる。


「……もうお食事は始まっていたのですか、お兄様?」

 鈴の鳴るような可愛らしい声が響く。


「無論だ」

「チェリー様は、目がお見えになりません。そのため、いつもはメイドが――」

 弟の後ろでおろおろとし始める侍女たち。


「なるほど。では、余が運んでやろう。チェリー、まずはスープからだ。熱いのは苦手か?」


 殿下、と驚く執事を無視して、口をつけていないスプーンを手に取る。チェリーは瞬きをした後、微笑んだ。


「はい、少し……」

「そうか」

 ではこのスープは熱すぎるな。そう思って息を吹きかけると、父上の声がした。


「何をやっているのだ、お前は……?」

「熱いからスープに息を吹きかけ、冷ましています、父上」

「……そうか」

 このくらいでいいだろう。


「チェリー、人参と玉葱のスープだ。口を開けろ。熱いから、気をつけろよ」

「はい……」

 おずおずと口を開く弟。その口に、ゆっくりとスープを傾けた。ごくり、という咀嚼音がする。


「どうだ、熱くないか?」

「おいしい、です」

 目を輝かせて頷く弟。その様子を見て、ひそかに眉を寄せる。


「そうか。では、食べる練習でもしようか。左手をさわるぞ……これが、スープの皿だ。飲みかけで悪いが、熱いから気を付けろよ」

「はい」

「スプーンを使う必要はない。両手で持って、飲めばいい」

「こう……ですか?」

 皿を持ち上げて、傾ける弟。


「……初めて、自分だけの力で、飲めました」

「そうか。今度からは深い皿にするよう、料理長に言いつけておこう」


 チェリーはいつも、どうやって食事をしているのだろうか。


「チェリーは、いつも何を食べているのだ?」

「いつもは、パンを二つ渡されるので、それを食べています」

 その言葉に、空気が凍りつく。


「お兄様?」

 首を傾げるチェリーに、笑みを浮かべる。


「明日から、一緒に食事をとろうか」

「シューデリア」

 父上の鋭い声が響く。


「お前はこの国の皇太子だ。それを分かっているのか?」

「チェリーは弟で、家族である。一緒に食事をするのに、これ以上の訳があるとは思えないが」

 その目を見据えて言い放つと、父上は黙ってしまう。


「お兄様と一緒に食事ができるのですか!? まるで昔に戻ったようで嬉しいです」

 チェリーは声をあげる。


「あぁ」

 また、静かな沈黙が落ちる。


「そういえば、今日はフェリシア嬢が訪れたそうだな。くれぐれも、上手くやれよ」

「……」

 チェリーの様子からして、いつもこの家では差別紛いのことが起きておるのか。ふーむ、どうにかしなければならないな。


「聞いているのか、シューデリア?」

 名前を呼ぶ声がして、顔をあげる。


「フェリシア嬢とは上手くいっているのか?」

「フェリシア嬢? フェリィのことであるか。今日は、何故か殴られてしまってな。女心とは難しいものであるな」

 ふむ、そういえば何故殴られたのか分からんな。


「まぁ、フェリシア嬢にですか?」

 母上が驚いたように口を抑える。


「あぁ、膝に乗せただけで、何故か怒ってしまってな」

「膝に……のせた?」

 何故か母上の目がきらりと光る。


「……互いの合意があってこそ、成立するものですよ」

「あぁ、分かっているぞ?」

「学院の生活が危ぶまれるな、全く。生徒会の方は上手くいっているのか?」

「学院? 生徒会?」

 なんだ、それは。聞き返すと、父上が眉をひそめる。


「記憶喪失にでもなったのか、シューデリア?」

「陛下、失礼ながら殿下はお疲れのご様子でして」

「そうか、なら下がって結構」

「いきますよ、殿下」

 執事がものすごい目力で、こちらを睨む。


「あ、あぁ。では失礼する」

 立ち上がって、ついでにチェリーの後ろにいたメイドの肩を掴む。


「お前も来い」

「ひっ!」

 メイドは目に恐怖を浮かべるものの、大人しくついて行く。


「では陛下、失礼致します」

 その声と共に、扉が閉じられた。

 無言でそのあとを着いていくと、一つの部屋の前で、オイドンは足を止めた。


「殿下、言いたいことは色々ありますが……」

 そう言って、メイドを横で見る。話をつけろと言いたいのだな。そう思ってメイドの方に顔を向け、強ばった顔に話しかける。


「貴様、チェリーに食事をパンしか与えていないというのは本当か」

「えぇ、そうでごさいます。しかしお分かり下さい、あの扱われ方、チェリア様はもう──」

「黙れ。本当なのだな?」

 その声に、息を飲むメイド。なぜだか体の内側から、燃えるような怒りが襲ってくる。


「この者を牢屋に連れていけ」

「はっ」

 そばに居た兵士が女を取り押さえる。


「そんな、シューデリア殿下、お許しください!」

 泣き叫ぶ声を背後に、オイドンに言いつける。


「まさか王宮にこのような雌豚が潜んでいるとは。一度、洗いざらい調べてみる必要があるな」

「そのように申し付けておきます。ですが殿下、先程の態度は頂けません。チェリア殿下の立場をお考えになって行動すべきです」

「? 何か問題でもあったか?」

 ドアに手をかけながら、その言葉にため息をつく執事。


「殿下がお忘れのようですので説明いたしますと、我が国が名を馳せたのは、サルマン陛下のお陰にあります。その冷酷さは無論、家族であっても容赦は致しません」

「家族にも? なんという男だ」

 家族を大切にしない奴は、そのうち痛い目を見るであろう。


「えぇそして、殿下はこの国を滅ぼすために幾つも我慢をなさっていたではございませんか」

 その言葉に、耳を疑う。


「余が、この国を滅ぼすために?」

「えぇ、そうでございます。……ご自身の過去を、お忘れなきように。では失礼致します」


 一礼して、執事は下がっていった。

 ふかふかのベットに寝転がりながら、依然として眠気はやってこない。


「余は、シューデリアなのか?」

 そう問いかけるその胸には、何かを失ったような痛みがあった。

 そして彼はそれに、まだ気がついていなかった。

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