13.呪印の正体
夢を見た。誰かが殿下の前で叫んでいた。
『漆黒の翼の正体は、あの――』
「シューデリア、聞いているのか?」
はっと息をのむと、父上が顔をしかめていた。
「まったく今日は舞踏会だというのに。ダンスの踊り方も忘れた、などと言うのではないだろうな」
ぎろりと睨まれて、慌てて水を口を運ぶ。その冷たさがぼんやりとしていた体を叩き起こした。
「もちろん元気だ、父上!」
今夜が舞踏会だというのは初めて知ったが。
「なにしろ今宵の舞踏会で、アイリス王女がお前の婚約者となったことを正式に発表するのだからな」
「はい、わかっております」
フェリシアも来るのだろうか。
「チェリア、今日はお前も参加しろ。なにしろアイマスクの王族はみな参列するそうだからな」
「はい、分かりました」
チェリーが戸惑いがちに頷く。ふむ、何やら今日の父上は張り切っておるな。
「これで我が国の地位が揺るがぬものとなるだろう」
まるでアイリスとの結婚が決まったような言い方だな。それにしてもアイマスクというのは、それほどまでに強い国なのであろうか。
「アイマスク王国はこの大陸の一、二を争う大国ですので。よく皇太子のシリル様が遊びにいらっしゃるではありませんか」
「シリル、か」
いやはや全くもって聞いたことのない名前だな。アイリスの兄だし、関わらないでおこう。
殿下はよく休日は王室図書館で本を読んでいたそうだ。ということで余も早速行ってみると、なぜか見知らぬ男が座って本を読んでいた。そのわきには、凄い冊数の本が置かれている。
王族専用と言っていたのに、あの顔は見かけぬ顔だがな。
首をかしげながらその横を通り過ぎようとすると、なぜか手を掴まれた。
「なに素通りしようとしてるんだ、シューデリア!」
「声をかける理由がないからだが?」
掴まれた左手を引っ張りながら答えると、目の前の男は愕然とした表情を浮かべる。
「な、俺はまだ、話すに値しない只のアリ以下ということか!?」
そこまでは言ってないが? それにしても握力の強いやつだ。ほどくのはあきらめて、その顔を見据える。
「して、貴様は誰だ?」
「なっ!」
驚き、いや驚愕に見開かれた瞳がこちらを向き、その膝はがくんと崩れ落ちた。
「まさか、認知してくれていない……」
床に手をつき四つん這いになった背中。さっきから思っていたが、どこかアイリスと似ているような気がするな。人の話を聞かず話を進めるところがそっくりだ。では、もしや此奴が。
「シリル……王子か?」
その言葉に跳ね上がるように体を起こす王子。
「そう、俺はアイマスク王国が第一王子シリル・アイマスクだ! ようやく思い出したか!」
「はぁ」
何故殿下はこんな奴と知り合いなのだ? そう思ってふと、本の山が目に入る。
「ではシリル、なぜこんなにも大量の本が置いてあるのだ?」
「それはもちろん、あるだけの知識を吸収する為だ。俺が賢くなれば、将来多くのことに役立つからな」
間髪入れずに答えるシリル。
「無論、馬鹿にしてきたお前を見返すだけでもあるけどな!」
「へぇ、すごいな」
即答できるとは、よほどの努力を積み重ねているに違いない。こいつも馬鹿である前に、皇太子としての自覚を持っているのだな。
「お、お前にだけは言われたくない! 俺よりもよっぽど――」
「ではそんなシリルに質問したいことがあるのだが」
その言葉を遮ると、シリルは驚いたようにこちらを見つめる。
「シューデリアが? 俺に? 質問、だと?」
「あぁ、そうだ」
余が闇雲に資料を探すよりもシリルに聞いた方が効率が良い気がするからな。
「シリルが俺に質問してくれた! もちろん何でも聞いてくれ!」
嬉しそうな顔をするシリル。左手の手袋を外し、手を裏返す。
「では、この呪印について知っているか?」
「これは……禁断の魔法だよ。サクリファイス・エイトプロセサリー、通称、身代わりの呪印」
「身代わりの呪印?」
それにしても長い名称をすぐに詠唱するあたり、やはり此奴は只者ではないな。
「不特定多数の人間に同じ呪いを授け、感情の起伏と共に精神を支配する。解除方法は誰かが全ての呪印を吸収すること。けれど、それには激痛と代償が発生する。そして最後、己から代償を奪られる代わりに、かけられた呪いは解ける。だから身代わりの呪印って呼ばれている」
「つまり、どういうことだ?」
ふむ、訳が分からないな。真剣な顔をして、シリルは左手をまじまじと見つめる。
「シューデリアが呪いを吸収したってこと?」
「あぁ、そうだが」
「じゃあ全員の呪印を吸収するまでこれは消えない。あと、最後の人から吸収するとき、記憶を奪われる」
そう言いながら黒い呪印をそっとなぞる。
「これもうほとんど完成してるから、多くても一人か二人だよ。それにここまでってことは、随分と無茶しただろ?」
「それは……」
確かにあれは激痛だったが。シリルは顔をしかめる。
「それに、この呪印はたしか使用が禁止されているはず」
「では……余を狙った犯行か?」
「わからない。けど、なんでさわったんだシューデリア? お前は記憶を奪われるんだぞ!?」
わなわなと震えだすシリル。
「記憶……」
「これには対抗できる呪文がない。だから最終手段として、奴隷に触らせるのが道理だろう? 一体どうしたって言うんだよ、全くもってお前らしくない。俺の知っているシューデリアならもっと――」
「あぁ、分かっている!」
その言葉に肩を震わす王子。
「殿下なら余よりも上手く解決できたであろう。だが余は、これしかわからぬ。この方法しかできないのだ」
そう、余には無いのだ、記憶が!
底ではっと息をのんだ。
余には、記憶が、ない……? 記憶が。
「シューデリア……?」
戸惑った様子でこちらに尋ねるシリル。
「あぁ、すまない。では舞踏会で」
身をひるがえして、その場を後にした。そう、あの天才的な殿下なら……。




