10.なぜベットに
「殿下、そろそろお目覚めになられてはいかがですか?」
眩しい光が余の目に差し込み、目を開ける。数回瞬きを繰り返すと、ぼんやりと目の前が見えてきた。
「ほら、殿下――」
毛布をめくって、執事はその手を止めた。
「で、で殿下。これは――」
「なんだ、騒がしいな」
「何故ここに、アイリス王女がいらっしゃるのですか!?」
「は?」
余はポカンと口を開けて、抱きついていた人形から手を離した。たしかにその人形の肩は上下し、髪がさらさらと零れ落ちる。
「なっ、何故ここに? ここは余の寝床であるぞ!?」
「おいどんは、おいどんは悲しいです、いくら婚約者とはいえ、このように」
「待て、余は何もしておらん!」
その声にぴくりと、少女の肩が揺れた。眠たげな目が辺りを見渡し、小さく口が開く。
「殿下、おはよぉ」
「あ、あぁ」
少女は目を細めて、にやりと微笑みを浮かべる。
「昨日は――楽しかったですね?」
「殿下ぁ!?」
「誤解だオイドンおいアイリス、何を言っている?」
「あーぁ、殿下のせいで腰が痛いですわ」
「でん――」
「オイドンもういい、貴様は廊下に出ていろ!」
執事がすごすごと下がっていき、扉が閉まる音が響いた。
「で、何故アイリスがここにおるのだ?」
「だって、寂しくって眠れなかったんですもの」
目の前の少女は伸びをしながら、こちらに微笑む。
「そうか……それにしても、あまり執事を揶揄うでない」
「はーい」
このお嬢様は昨日と違い、随分と余裕がおありのようだ。
白いレースを纏ったアイリスの、手を掴む。
「そんな格好で男のベッドに入り込んだら――」
そう言いながら、少女を押し倒すと、驚いた目がこちらを見つめる。
「何をされてしまうか分からないぞ?」
「っ……ぁ!?」
みるみるうちに赤くなる頬。
「な、なにを」
「失礼します、シューデリア殿下。こちらにお嬢様は――」
アイリスの執事が、言葉をつぐむ。
「申し訳ありません」
扉を閉める音がした。
「あ、いや、今のは」
執事に手を伸ばしかけると、ぐいっと首を引っ張られた。
小さい顔が迫り、そのまま唇に温かな感触が伝わる。
「なっ」
「わたくしは……殿下の婚約者ですから……」
熱い吐息がかかり、彼女は足を絡めてくる。
「何をしても……いいんですよ?」
年端もいかぬ少女とは思えない色気。その言葉にごくりと唾を飲む。
「余はシューデリア・ディ・オリビアであるぞ……?」
「はい」
余裕のある笑みを浮かべる少女。
「余は殿下であるから……このようなものに引っかかるはずもない!」
そう言いながらこちょこちょをすると、少女は笑い声と共に体をよじらせる。
「なっ、やめ、もうやめてよっ!」
「フハハ、余を甘く見るからだ!」
さらにくすぐると、可憐な少女の悲鳴が響き渡った。
*
「お兄様、随分と遅かったですね?」
「あぁ、ついお戯れがすぎてな」
食堂についていたチェリーに、苦笑いを返す。
「それは……アイリス王女遊んでいたのですか?」
「まぁそうであるが……」
珍しくチェリーが不機嫌そうな声をしておるな。
「兄様は……僕の兄様なのに」
小さく呟く声がして、チェリーの方を見やる。その顔はそっぽを向いていた。
「……余は、今日はチェリーとお出かけしたいのだが」
その声にこちらを向くチェリー。
「本当ですか、お兄様!? 嬉しいです!」
隣でメイドが、尊死と唱えた気がするが。
「殿下、今日はフェリシア様とのお茶会がございます」
オイドンがコソコソと耳打ちをする。
「む、フェリィとのお茶会?」
「フェリィとは……フェリシア嬢のことですか? 久しぶりに会えるのですか!?」
「まぁ、フェリィには言ってないが……では、一緒に会いに行こうか?」
「本当ですか? ありがとうございます、兄様」
嬉しそうに声を上げるチェリー。そのご満悦な様子を見て、余の胸の内も暖かくなった。




