夏の龍の導き②
「できた! 多分これであってる」
“天のりゅう。太陽に昇る。3つ目の箱”
とメモに解読が並んでいた。
その後の天音は、土日まるごと読解に使い、食卓ではときどき親に質問し、合間にビー玉でポスターを一度だけのぞき直し、区立図書館で『簡単な梵字』という本を拾い読みしてはノートに写した。
同級生に会えば――
「天音ちゃん! あれ? 今日みんなで遊びに行ってるよ」
「今ね、夏休みの自由研究中」
「え!? まだ夏休みまで一週間あるよ!」
「先に終わらせるのがマイブーム」
「へー、何の課題にしたの?」
「ぼんじ!」
「は?」
――と、軽くあしらうくらいには過熱していた。
「わぁーぃ!!!できたーー!!ふふふ。」
と言いながら力尽きた…
天音はノートにめり込むんじゃないかというぐらい、机に顔を伏した。
時刻は朝4時。
土曜日ではない。日曜の朝である。小学5年生の朝は早いのではなく、完全な徹夜である。
明日からの体内時計が崩れてしまわないか心配ではある。
「うーん。意味分からないんだよな…竜と太陽が昇る。3つめの箱。」
ノートを見る限り、謎解きである。
「西北を向いた方向に、文字があるから…こっちの方角に太陽があるんかなぁ…」
と独り言を言いながら、重い瞼は自然と落ちていく。
机に伏した状態で天音は眠りについた。
____
音が鈍い。でもどこまでも響く。
「あま………あまね……」
奥の方で、龍が泳ぐ
何かに包まれている
天音は手を伸ばした
全てが青い
「あまね。もうそろそろなんだ」
「え?呼んでいるのは…あなた?」
「あまね…」
龍は、踵を返し奥へ泳いでいく。その奥には大きな湖と神社が見えてきた。湖面の輝く様な煌めきで凝視ができない。眩しさにあまねは目を細める。
胸が何故かきゅっと傷んだ。
「えっ、ちょっと待って!あなたは誰?そろそろって何?」
「あまね…あまね!」
母の声で目覚める。
「あーー!!待って!龍!!」
天音は飛び起きた。
「きゃ!!」
横にいる母は驚いて勢いで天音の頭を引っ叩いてしまった。
机には開きっぱなしのノート、鉛筆は転がり、消しゴムの粉が小さな砂丘になっている。
「びっくりするじゃないの……。寝言酷かったわよ?」
「龍がね、呼んでた。なんかが光って……」
「昨日からずっとそれね…ちゃんと布団で寝ないと体壊すわよ」
「……はーい」
洗面所で冷たい水を浴びる。寝不足でクマがある。ぼんやり、夢を覚えいる…青い世界に龍が…胸の奥に、呼ばれている感じだけは残っている。
食卓では、父が新聞を読みながら揶揄う。
「さて、本日の研究員殿。進捗はいかが」
「“天の竜、太陽に昇る、三番の箱”。」
「ふむ。で、答えはなんなのかい?」
「太陽が謎なんだよーー!太陽や龍は昇るもんでしょ…もう意味不明……」
母がご飯をよそい、あまねに渡す。
「今日、友達とお祭り行くって言ってなかった?」
「あー!忘れてた…どうしよう8時の約束だった!行かなくちゃ…」
あまねはご飯をかきこみ、自分の部屋に急いで上がって行った。
「水筒用意しとくから忘れないでよー」
_____
「あまねー!」
遠くにりなが待っていた。全力で走る。
「ごめん待った?ほん…ほんとごめん!」
「大丈夫?全然待ってないよ」
二人で並んで歩き出す。
「今日は水河神社まで屋台で何か買おうかワクワクしちゃう!」
「さっきしょっぱいの食べたから、りんご飴食べたいなぁ」
屋台の準備の匂い、まだ火の入っていない鉄板の鈍い光。
「あ!あまね!りんご飴あるよ!並ぼう」
「おけー!今日は人多いね。。」
「水神様のお祝いだからね〜パパも町内会で神輿担ぐってさ」
あまねはりんご飴を買って、食べ始めた。
「りなのパパって消防隊もやってなかった?」
「そうそう、消防隊は夜の花火警護もあるから、花火特等席あるよ。。あまねも一緒にいく?」
「カン、カン」
神輿の合図だ
天音とりなは止まって神輿が通り過ぎるまで見ていた。
そのとき、天音の耳の奥で、小さく乾いた音がした――「カンッ」。
振り返る。
「どうしたの?」
「……なんかあっちから音しない?」
「全然しないよ?」
「あの神社の石段あたり登ったら見やすそう。」
「えっ?あまね?」
天音が鳥居をくぐると、木を叩く音が大きくなった。
細い石段の先に、鳥居がぽつんと立っている。
あの奥から聞こえてくる。
あっちでも祭りがあるのかな?
鳥居をくぐると、夏の熱気が一枚はがれたみたいに薄くなった。蝉の声がふいに遠い。
りなの声が聞こえる
「あまね〜大丈夫?気をつけて」
「りな!あっちからお祭りの音聞こえない?」
りなは頭をかしげる。境内は静かだった。
「なんも聞こえないけどなぁ。あっ!パパのお神輿来た!」
天音は、りながお神輿を見ているのを確認しながら、石段上の音が気になり先に進んだ。
石段を登り切るとそこには大きな神社
中から祭りの音が聞こえる。
天音は木を打つ音に誘われるように
神社に上がって行った
奥へ進むと、天井いっぱいに墨の龍が描かれた部屋に出た。
歩くと床の木がしなり音が生まれた。
「カンッ」
乾いた響きが天井へ登り、龍の喉の奥に吸い込まれていく。次の瞬間、低い鳴きが胸腔を震わせた。
「なにこれ…龍が泣いてる…」
天音は、天上の龍を見ながら進んでいた。足先に何かが触れる。
同じ形の籠が三つ、並んでいる。蓋はどれも閉じている。
天音は謎解きの言葉を思い出した。
――天の竜。太陽に昇る。三つ目の箱。
「3つの箱……これって」
もう、りなの声は聞こえない。きっと入り口で待っているのだろうか?
天音は三番目の箱に膝をつき、蓋にそっと指をかけた。恐怖と好奇心。
ためらいの一拍。呼吸が浅くなる。
「……これが謎解きの答えなら宝はここにあるのかな…」
天音は蓋を持ち上げた
「カンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッ」
今度の音は、床の木を直に叩いたみたいだった。
天井の龍が吠える。鳴き声は地鳴りに変わり、空気が震える。
視界が反転した。床が天になり、天が底になる。
落ちる。__________
冷たい衝撃が一気に肺を締めつけた。
水だ――けれど知っている水じゃない。重さが軽く、光が混じり、肌の内側まで沁みる。
上はどっち? 息、息が――。
死ぬ………。
パニックの縁で、背中にやわらかな圧が触れた。
視界に一瞬映ったのは、鱗。
天音を押し上げる。やさしいのに強い、逆らえない力。
腕を伸ばす。暗い深みから抜けるために、ただ必死に。
上方に薄い白が見えた。膜のような、破れそうな明るさ。
指先が触れ――ぱしん、と世界が裂ける。
――ぶわっ。
石の冷たさが掌を掴む。
天音は咳き込みながら、手のひら二枚ほどの水たまりから這い上がった。
足元の水は濁らず、まるで削りたての水晶を溶かしたみたいに透きとおって、石畳の目地に沿って静かに広がっていく。こぼれ落ちたはずなのに、減らない。むしろ、ぽとり、ぽとりと空気の隙間から生まれている――そんな風に見えた。
風はないのに、遠くの湖面だけが微かに揺れて光をほどいている。
息が荒い。喉が焼ける。心臓が暴れる。
「なにこれ……」
布の擦れる音。
「迷い人が来た!人を呼んでください。」
白衣の影が二つ、ためらいなく駆け寄ってきた。片方は天音の肩に外套をかけ、もう片方は手桶の縁を小さな水たまりにそっと触れさせる。滴をひとつも逃さない手つき。
「大丈夫、息を整えて」
背を支える掌が温かい。
「ここは……どこ……?」
声は自分のものとは思えないほど細かった。
白衣のひとり――年長の男が、天音の額から濡れた髪を払う。
「神境を越えてきた。案内する」
もうひとりが小声で囁く。「湧きが多い。新しい溜まりだ」
言葉の意味はわからない。ただ、その目が真剣で、急がねばならない事情があることだけは伝わる。
天音の背の奥で、さっきの圧――龍の気配がひとつ、波のように揺らいで消えた。
白衣の二人は合図を交わす。
「立てるかい?」
差し出された手は、ためらいなく確かだった。
足元にヒラリと一枚の鱗が落ちる。
「あっ…龍の鱗」
天音はよろめきながら、それを拾うと意識を遠くに離してしまった。
小さな水たまりは、いつのまにか輪郭を広げ、石畳にもうひとつの湖を描いていた。




