第36話 唯一の希望を俺らは持っている
「なんでなのよ……こっちは全然納得してないのに」
神谷涼葉は大きなため息をはいていた。
先ほど亜寿佐と名乗る男性から一方的な発言をされ、強引な形で終了していたからだ。
身勝手すぎる彼の態度に、涼葉の不満が爆発している最中だった。
納得できる結果にはならず、なおさらサイバータスクという会社に対しての不信感が強まっていく。
三人は円になるように会議室前の廊下に佇み、これからどうしようかと悩んでいる最中であり、三人ともオーラが暗くなっていたのだ。
「これからどうしますか?」
桜田椿が、先輩二人へ問いかける。
「それは……どうするって言ってもね。どうにもできないのよね。これから……まったく対策が思い浮かばないわ」
涼葉は会議室の前で頭を抱え、少々俯きがちな態度を見せていた。
「先輩はどうしますか? もう一度会話できるように説得しますか?」
「説得って、どうやって。そもそも俺らは一般人であって業界関係の人ではないからな。仮に会話できたとして対等にやり取りなんかできないさ」
鈴木斗真もこればかりはお手上げだった。
二次元ライバーに関する知識はあっても、業界関係者らとは全くの無縁の存在だからだ。
次の一手を導き出せていなかった。
「ちなみに、椿には何か良い案があるのか?」
斗真は逆に聞いてみる。
「……私には一応考えがありますね」
「え? 本当か? それで、どういう考えがあるんだ?」
ちょっとした希望を辿るように、斗真が聞き返す。
そのやり取りを聞いていた涼葉も、二人の話に混ざって来たのである。
「それはですね。こちらを見ていただければわかると思います」
椿は手にしている自身のスマホの画面を見せてきたのだ。
画面上には、画像のようなものが表示されてあったが、画面全体が黒色で覆われていた。
「これは?」
涼葉は何なのかわからず、その画面をジーッと見つめている。
「これはですね。亜寿佐さんが会議室に入ってくる少し前からスマホの録音機能を起動していたんです。画面が真っ暗なのは、画面をテーブルの下に向けていたからですね」
「スマホで録音? という事は証拠のようなものが残っているってこと……?」
「はい。そうですね。そういう事になりますね」
涼葉の声のトーンが次第に高くなっていく。
唯一の希望が見え始めた事で、表情が大分明るくなってきていたのだ。
「これがあれば、先ほどの亜寿佐さんとの交渉にも使えますね! でも、タイミングを間違ってしまうと消す事を要求されてしまいそうなので慎重に対応していくしかないですけど」
「そ、そうね。でも、その証拠があれば! 大丈夫かも!」
涼葉はようやく期待できる状況になり、表情が柔らくなっていた。
「ですが……証拠があっても、どういう風に利用するかですけど」
「確かにな。威圧するだけなら意味はないし。そこに関しては真剣に考えないといけないな」
斗真も二人と同様に悩み、その場で考え込むものの、なかなか良い案が浮かんでこないのだ。
焦っている今、逆に深く考えない方がいいかもしれない。
下手に考えて空回りをしてしまったら、元も子もないと思う。
いつまでも慎重に考えてもダメだし、結論を先延ばしにするのも良くない。
証拠となる音声を活用できる瞬間をなるべく早く見つけたいものである。
「それで、どうしますか、先輩方は? 別の場所で考えるか。もう少し会場で情報を集めるか」
椿は、目の前にいる二人を交互に見やって様子を伺っていた。
「そうね……でも、これ以上情報を集めたとしても、現状を改善できそうな内容を得る事は難しそうよね」
「そうだよな。でも、どうすればいいんだ?」
斗真も一緒になって悩んでいた。
「では、一旦、会場を出ますか? 私がいればもう一度入場できますし。時間内であれば、出入り自由なんです」
「そうなのね。では……一旦出ましょうか」
涼葉がそう言葉を漏らしたところで、正面から誰かがやってくる足音が聞こえた。
もしかしたら、今の会話を亜寿佐と名乗る人物に聞かれていたのではと、一瞬焦りが込みあがって来たのだが、三人の前に現れたのは吉崎であった。
三人は向き合って会話していたのだが、一斉に態勢を変え、吉崎の方を正面から見やる。
「あれ? もしかして、会議室でのやり取りってもう終わってしまった感じかな?」
「は、はい、そうなんです。先ほど」
斗真が小さく言葉を漏らす。
「そうか。それは申し訳ない事をしたな。私は、担当の人が来る前には戻ってくると言っていたのに約束を守れなくてごめんな」
「いいえ、全然いいんです。こっちでも色々あったので」
逆に吉崎が同じ会議室にいた場合、亜寿佐と名乗る人物も警戒していたに違いない。
むしろ、これはこれで逆に運が良かったとも言える。
「さっき、すぐに戻って来れる予定だったんだけど。丁度、仕事の依頼があって。それで重要な話だったもので長引いてしまったんだ」
吉崎は申し訳なさそうな顔を浮かべ、事の経緯を冷静に話していた。
「吉崎さんは普段からお仕事をしているので、しょうがないと思います。ちなみに、その以来はどうしたんでしょうか? 問題は無かったのでしょうか?」
涼葉は、吉崎の仕事に支障が出てないか、それが気になっての問いかけだった。
「問題は無かったんだけど。一応、私にとっては都合がいい話ではあったんだが、今はこうしてイベントを開催しているわけで、今は考えておきますと返答しておいたよ。今は色々と忙しいからね。でも、明日か明後日くらいには考えてから返事を返すつもりではいるけどね」
「そうなんですね。吉崎さん、頑張ってくださいね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。君たちはこれからどこに行くんだい? 様子を見る限りだと、少し暗い顔をしているように見えるけど」
吉崎は三人の姿を見て、何かのオーラを察したのだろう。
彼は心配そうに大丈夫かという言葉を投げかけてきたのである。
「私たちでは全然、解決しなくて。それで三人で話し合っていたところで」
椿は冷静な声で話し始める。
涼葉は会議室で行われたやり取りでショックな感情を抱いていると思われ、それを察した椿が代弁するように、吉崎に説明していたのだ。
「そうか、そういう事なんだね。確かにそれは対応の仕方が悪いね。私は、一年ほどこの会社で働いているが、そういった対応の悪さは聞いたことがないな。でも、実際にそうだとしたら、私からもサイバータスクの方に話さないといけないな」
吉崎は真面目な顔つきで真剣に考え込んでいた。
「それと、私のスマホに先ほどの会議室でのやり取りを録音してるんです」
「録音?」
「はい」
「ちなみに、先ほど会話した役員の人はどんな人だった?」
「亜寿佐っていう苗字の人でしたね。会社の社長でしたよね、そうですよね、先輩方」
椿は吉崎と会話しながら、二人に対して確認してくる。
斗真も、涼葉もそうだよと返答しておいた。
「……え、亜寿佐か? え? そんな事をするのか? あの人が?」
吉崎は困惑していた。
「でしたら、こちらの音声を聞いてみた方が分かりやすいと思います。どうぞ」
椿はスマホにイヤホンをつけ、外部に音を漏らさないようにして吉崎に聞かせてみたのである。
「……そうか。事情は十分に分かったよ。これなら大問題だな。私は亜寿佐さんには良くしてもらっていたが、こればかりは目を瞑るわけにはいかないね。三人とも、これからどこかで作戦会議をしないか? この場所だと誰かに聞かれる可能性もあるからね」
吉崎の、その発言を待ってましたと言わんばかりに、三人は同調するように頷くのであった。




