第35話 企業の闇
鈴木斗真らはイベント会場の相談スペース近くの扉を通り抜ける。話はすべて吉崎から聞いているようで、イベントスタッフの女性が空き部屋まで案内してくれるのだ。
「では、こちらの方でお待ちいただければよろしいので」
イベントスタッフは誰もいない会議室の電気をつけ、室内を明るく照らしてくれる。
「席はご自由に使ってもよろしいので。私は失礼いたしますね」
その女性はお辞儀をして、会議室を後にしていく。
「吉崎さん。ここで待っていればいいんですよね?」
「そうだね。私も少し席を外させてもらうよ。また、担当の人が来たら戻ってくるから」
「わかりました。ありがとうございます」
斗真は頭を下げていた。
吉崎がいなかったら、会議室まで招待される事も無かっただろう。
三人は、吉崎が部屋から姿を消してから涼葉を中心にして席に座る。
今日のメインは、涼葉なのだ。
神谷涼葉が利用していたアバターが勝手に使われている件について、真剣に話し合いたいと考えている。
まずは担当の人が来てからでないと、話が進んで行かないわけだが、斗真は会議室の中を見渡していた。
壁一面が白色であり、壁ばかり見ていると室内の明かりと組み合わさって、目がチカチカしてくる。
斗真は数秒だけ瞼を閉じて視界をリセットしたのだ。
「担当の人って、どんな人なんでしょうか?」
「さあ、それはわからないけど。しっかりと話を聞いてくれる人であればいいな」
桜田椿の問いに、斗真が答えていた。
「涼葉先輩。ようやく解決できる糸口が手に入りましたね」
「そうね。でも、上手く行くかどうかはわからないわ。こればかりは真剣に取り組まないと。私の方にも被害が出てくるわけだから」
涼葉は、配信活動をしないという条件で約束を交わした過去があるのだ。
今、サイバータスクの会社に所属しているメンバーの一人が、勝手に涼葉のアバターを使っている事で別の問題に発展する可能性もある。
サイバータスク側がどういう意図で涼葉のアバターを使っているのか、そういう事情を聞き出さないといけないのだ。
アバターの外見がほぼ同じであり、どう考えても盗作に近い。
悪用されても涼葉が後々困る状況であり、そこらへんもハッキリとさせたかった。
「……」
涼葉は緊張した顔つきだった。
「涼葉さん、そんなに緊張しなくてもいいよ。もう少しリラックスね。俺も一緒だから」
「そうですよ、涼葉先輩。緊張している時は深呼吸をした方がいいんです」
椿も、涼葉の状態を察したのか、斗真と一緒に彼女にアドバイスをする。
「ありがと、二人とも」
涼葉は両隣にいる二人にお礼を言って、胸元に手を当てながら深呼吸をするのだった。
椿は涼葉の隣で何かの検索をかけるようにスマホを弄り始めていたのだ。
刹那、扉がノックされる音が響く。
「失礼いたします」
そう言って会議室の扉を開けて入って来たのは、吉崎と同年代くらいの男性だった。
黒色のスーツを着用しており、控えめな感じで室内に入ってくる。
その男性は三人と向き合うようにして、テーブルの反対側の席に座るのだ。
「少々ご迷惑をおかけしたという事で。今日は、相談を担当致します。亜寿佐と申します」
そのスーツを身に着けた男性は亜寿佐という苗字を名乗っていた。
亜寿佐という男性は、涼葉に対して一枚の名刺を渡していたのである。
「サイバータスクの会社を経営している者でして、私の方にはすでに事情が届いておりますので。今日はその件についてお話いたしますね」
亜寿佐と名乗った男性は淡々とした口調で、笑顔を崩すこと無く話を進めているのだ。
いわゆる営業スマイルのようなものだろう。
亜寿佐という苗字は珍しい方だ。
以前、沙織からかなり年の離れた兄がいると聞いたことがあった。
もしかしたら、彼こそが沙織の兄なのかもしれない。
小学生の頃、沙織と遊び始めた頃には、彼女の家に兄はいなかったはずだ。
すでに高校を卒業しており、別の大学に進学したとか、そんな話をどこかで耳にしたことがあった。
可能性としては非常に高いと思う。
「では、今から少し話を進めさせてもらいますね。今回は私が運営するサイバータスクに、お客様が以前使っていたアバターと似ているアバターを使用している配信者がいると伺っておりましたが。要件はそれでよろしいでしょうか?」
亜寿佐と名乗る人物は席に座り直し、咳払いをした後で話し始める。
「はい。そうです。本当に似ているんです。仮にたまたまデザインがかぶってしまったと言っても、配信を見に来ている人らは勘違いしてるんです」
「そうですね、たまたまデザインがかぶってしまう事は結構ありますので。それと、配信を見に来ている視聴者はアバターが同じであれば、中身に気づいていない場合もありますからね。私も、当社の配信者の配信を見てきたんですが、コメント欄なども特に変わった様子もなく、この声は違うという指摘もなかったんですよ」
亜寿佐は事前に用意していた資料を確認しながら、三人の姿を確認するように眺めていたのだ。
「でも、私のアバターを勝手に使われてるんですよ。勝手に使わないでほしいんです。せめて、デザインを変えるとか。後、視聴者には別人だという趣旨を伝えてほしいんです」
「それは難しいですね。もう配信を始めてしまっているので。ちなみに、あなたは配信活動をしておられるのでしょうか?」
「いいえ。今はしていないです。配信活動をしないという約束で私、配信活動を辞めてしまったので」
「そうですか。では、こういう条件はどうでしょうか? 今からあなたのアバターを購入するというのは。権利を譲っていただければ、あなたが抱える悩みもなくなるでしょう」
亜寿佐は真面目そうな顔で、急に交渉を始めてきた。
「そういう問題じゃないんです」
「私たちの方にも色々あるんですよ。配信者を今更切り捨てると言っても、多くのお金が動いてるんです。それに一か月後のスケジュールもすでに決まっておりますので。そう簡単に方向性を変えるという事も出来ないんですよ」
彼が言っているのは、自己都合の主張だけで、まったく寄り添った考え方をしてくれないのだ。
「私。昔、とある人と約束したんです。配信をしないという事で誹謗中傷をしないと。このままだと、私が被害を受ける事になるんです。私にも考えがありますから。簡単に引くわけにはいかないんです!」
涼葉は真剣な顔つきで言い切っていた。
「誹謗中傷ですか。その件に関しては問題ないと思われますよ」
亜寿佐は何食わぬ顔を見せ、淡々とした口ぶりで他人事のように言う。
「え? どういう事ですか?」
涼葉はその場に立ち上がる。
「あなたに配信活動を辞めさせるように約束をさせた人が私の知り合いにいますからね」
「「「え?」」」
亜寿佐の衝撃的な発言に、涼葉を含めた三人は目を点にして硬直していたのだ。
「まあ、本当の事を言うと、私が全て仕込んだと言っても過言ではないんですけどね。近頃の配信業界では二次元ライバーが活動範囲を広げていると把握しておりましたので。人気になりそうな人を潰して私の会社でアバターだけ活躍させるという考えがありましたので。案の上、今回のイベントは大盛況で、配信業界においても今はベスト五に躍り出るレベルになりましたしね。これからも配信アバターの人気を借りてのし上がって行くつもりですから。それに辞めてしまっては似ていても、ただ似ているだけですしね」
「でも、視聴者を奪っていますよね。ネット上で誤解を与えるようなやり方は辞めてもらえませんか?」
「それはネット上ですからネットを理解していない方が悪いんですよ。まあ、今回の話はこれで終わりという事で」
「ま、待ってください。まだ話は終わってないです」
立ち去ろうとしていた亜寿佐を言葉で引き留める涼葉。
「仮に私を訴えようとしても、こちらは企業ですから。あなたに勝ち目はないと思いますよ。では、失礼しますね」
亜寿佐は最後の最後まで寄り添った話し方をする事は無かった。
蔑ろにするような態度を見せ、権力で制圧するような口ぶりで強制的に話を終了させていたのだ。
会議室から亜寿佐が出ていく音が響き、三人だけが室内に取り残された感じになっていたのである。
沙織と言い、先ほどの亜寿佐と名乗る人物も、厄介極まりない奴だと思う。
どうにかして、その二人には社会的な制裁を与えないとならない。斗真は難しく考え込む顔を見せて、涼葉の為にひたすら考え込んでいたのだった。




