第18話 昔には戻れないから、新しく生きようと思う
まさか、後輩の椿が二次元ライバーになろうと考えているとは、正直なところ驚きである。
普段は本ばかり読んでいる桜田椿が、ライブ配信をしようと考えているのは珍しいと思う。
だが、元々斗真が二次元ライバーをよく視聴するようになったのは、椿から勧められたからであり、彼女が配信者になろうと志すのも必然的だったのかもしれない。
椿曰く、配信する内容は小説関係のようだ。
今時は小説が売れづらくなっている時代であり、もっと小説の事について知ってほしいという想いから彼女は活動をしてみたいと先ほど言っていた。
椿らしいと言えば、そうだろう。
椿が決めた事ならば、別に止める気もしなかった。
ただ、二次元ライバーとして活動するのは不安な感情がつきもだと思う。
斗真が推していた二次元ライバーも、ある日を境に引退してしまった。
そういった過去があり、椿にも悲惨な末路を辿ってほしくないという想いも僅かにはあったのだ。
斗真は椿に対して反対意見を口にする事はせず、そのままの彼女を受け入れようと思った。
何もせずに、後悔する方が辛いからである。
実際にやってみて、椿がそれからどういう風な行動をするのか。それを見守って行けばいいと、斗真は内心考えていたのだ。
「お兄ちゃんは、今日の夕食って何にするつもり?」
「え、ああ、何だろうな。なんでもいいけど。カツでもいいかな」
鈴木斗真は本屋の店内で椿と別れた後、妹の恵美と予定通りにスーパーへ向かって歩いている途中だった。
「カツねぇ、それもいいね。お兄ちゃんはカツだけでいい? 他に食べたいモノとかは?」
「他は……」
妹と一緒に歩きながら、今日の夕食について深く考え込んでいた。
カツといえば、カレーと一番相性が良い気がする。だから、斗真はカツカレーにでもしようかと提案したのである。
「カツカレー。確かに、そういうのでも良さそう。美味しそうだし。今日の夕食はそれにしよっか」
妹も素早く承諾してくれた。
「カツカレーと言ったら、他にはなんだろ。福神漬けとか? そう言えば、家の冷蔵庫に福神漬けってあったっけ?」
「いや……なかったかも」
斗真も脳内で冷蔵庫の中を振り返ってみるが、それらしきモノはなかったような気がした。
「だとしたら、それも買って行かないとね。そうだ、他にサラダとかもいいんじゃないかな?」
「カレーにサラダか。店屋だと、カレーにサラダがついてくる場所もあるしね」
洒落た感じのレストラン風のお店だと、カレーライスのお供として、シーザーサラダが出てくる場合もある。
カレーのルーと、ご飯を同時に食べた後に、サラダを口に含むとカレーの辛さが少し控え見になって丁度良くなったりするのだ。
斗真は妹の案も採用する事にした。
「他には、コールスローサラダもいいと思ってるんだけど」
「お、それもよさそうだな」
夕食の事について妹と一緒に会話していると、涎が出そうになってくる。
外を歩いている今、下品な姿を見せるわけにもいかず、どんなに美味しそうな料理を想像しても、会話する以外は口元を強く締めていた。
「恵美は、ホウレン草とベーコンのヤツって作れたりする?」
「私は出来るよ。でも、時間的に難しいかな」
時刻は夕方の五時半を過ぎた頃合いであり、今から自宅に帰宅して作るとなると、カレーを作るだけでも七時になってしまうだろう。
「今日は、スーパーの総菜コーナーにある野菜でもいい? 休日とか、時間がある時なら作れるから。それでいいかな?」
「そうか、時間的に難しいか。まあ、後の楽しみにしておくよ」
斗真はそう言って恵美に負担がかからないように心がけた。
妹も勉強などで毎日忙しいのだ。
「そう言えば、恵美って新しい本を買ったんだろ?」
「うん。お兄ちゃんから勧められたライトノベルね」
「家に帰ったら、それでも読んでいなよ。今日の夜は、俺がカレーを作るからさ」
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「俺はそれくらいできるよ」
「だったら、お兄ちゃんに頼もうかな」
恵美から期待されると嬉しくなる。
それと、この頃、涼葉との約束の為に弁当を作りに力を入れている事もあって、それなりに料理には自信を持てるようになっていたのだ。
今週中には、涼葉の為に学校に弁当を持っていけそうではある。
そんな中、気が付けば、スーパー近くまで到達していた。
「早く、入ろ!」
急かしてくる妹と共に、斗真が店屋の扉に向かって歩き始めた時、スーパーから出てきた人がいた。
「あ……」
斗真は言葉を漏らす。
扉から出てきたのは、亜寿佐沙織だった。
「なに?」
沙織はスーパーで買い物をしてきた後らしく、買い物袋を手にしていたのである。
「な、なんでもないけど」
急に沙織と視線が合ってしまい、高圧的な態度に消極的になっていたのだ。
「何もないなら、私行くから」
沙織は、斗真の横を素通りして立ち去って行こうとする。
妹の恵美は、沙織に話しかけようとしていたが、斗真がそれを咄嗟に引き留めた。
沙織は迎えに来ていた男性が運転する乗用車へ乗り込んでいたのである。
その乗用車はスーパーの駐車場から立ち去って行く。
「お兄ちゃん、あれでよかったの?」
「恵美もさっき見ただろ……沙織は、もう昔のように優しく話しかけてくれはしないんだよ」
「……沙織さん、昔と比べて全然雰囲気が変わってしまったよね」
「俺が知ってる沙織ではないからな。俺、恵美の為にも沙織と幼馴染の仲に戻ろうとしたけど、やっぱりさ、難しそうで」
「お兄ちゃん……」
妹は、斗真の事を心配そうに見つめていたのだ。
「だから、俺。沙織とはもう距離を置こうと思うんだ。さっきもそうだったけど、沙織からも冷たく言われただろ」
「うん」
「失ってしまった子との関係を戻すより、今の方を大切にした方がいいと思っててさ。涼葉さんや椿もいるし。恵美からしたら辛いかもしれないけど」
「……私はそれでもいいよ」
「いいのか?」
「私、お兄ちゃんが決めてくれた事なら、それでもいいと思ってるよ。私、お兄ちゃんの辛い表情を見たくないからね。やっぱり、お兄ちゃんには苦労をかけられないし」
恵美は目元を少し潤ませている感じではあったが、妹の中でも葛藤があったのだろう。
昔の思い出があるからこそ、割り切れないことだってある。
それでも、乗り越えなければいけない事もあるのだ。
「それより、買い物をしよ!」
斗真は妹から背を押された。
夕食はカツカレーにしようと決めている。
嫌なことがあったけれども、今日の夕食は楽しく過ごしたいと思う。
斗真は、妹と一緒にスーパーの中へ入って行くのだった。




