第1話 幼馴染から将来の約束を破棄されたんだが…
「あのさ……今日限りで別れてほしいんだけど」
「え?」
鈴木斗真からしたら衝撃的な一言だった。
ある日の放課後。
二人しかいない教室で、将来の約束を交わした幼馴染――亜寿佐沙織から、何の前触れもなく振られたからである。
斗真は、何かの聞き間違いかと一瞬疑っていた。
「何かの冗談だよね?」
「そんな事はないわ。本気で言ってるの。私が嘘をついたことってある?」
「それはないけど……」
本当なのかよ。
斗真は今、目の前で生じている事を受け入れる事なんてできなかった。
精神的なショックの方が大きく頭を悩ませていたのだ。
「そういう事だから、私帰るから」
沙織は、自身の黒髪のセミロングヘアを軽く触った後、教室から立ち去ろうとする姿勢を見せていた。
「え? でも、付き合わなくなっても、友達としては接してくれるんだよね?」
「……それも無し」
彼女からハッキリと言われた。
「それも無しなの? な、なんで?」
「だって、私。もう、斗真とは関わりたくないの。だから、もう話しかけてこないで。私からも話す事もないし」
沙織は冷たい口調で一言告げた後、斗真の方を見ることなく、通学用のバッグを肩にかけ、教室を後にしていくのだった。
そ、そんな、それはないって……。
斗真は誰もいなくなった教室で一人きり。
昨日までの楽しい関係はなんだったのだろうか。
幼馴染の沙織から拒絶されてしまった今、どうする事も出来ず、斗真は自身の机の前に立ち、頭を抱え込んでいた。
斗真に残されたモノは何もない。
ただの孤独だけだった。
自分自身に何かの問題があったとしか考えられず、斗真は自問自答し始めたのである。
あるとしたら、休日に遅刻をしてしまったこと。
それから一緒に料理している時に調味料を間違ってしまい、斗真のせいで地獄のように不味いお菓子が出来上がってしまったこと。
他に思い当たる節としては、幼馴染の下着姿を見てしまった事などしかないはずだ。
今、冷静に振り返れば、斗真にも非があった。
がしかし、幼馴染は根に持つようなタイプではなく、昔からの付き合いもあってか、すんなりと許してくれる事も多い。
もしも、毎日の積み重ねが、幼馴染の機嫌を損ねてしまったのならば謝るしかないだろう。
考えるより、行動しようと、表情をハッキリとさせて教室から顔を出す。
だが、廊下には、彼女の姿はなかったのだ。
教室の窓から外を見ても、校門周辺を歩いている幼馴染の姿は見当たらなかった。
斗真は校舎一階の昇降口まで向かってみるが、彼女の姿はどこにもない。
「もう帰ってしまったのか」
斗真はもう少し早くに彼女を追いかければよかったと思い、酷く後悔していた。
「いや、でも、スマホを使えば」
斗真はハッと閃くように、スマホで幼馴染に連絡をしてみる。
しかし、彼女からの返答はなかった。
メールを送ってみるが、既読すらつかなかったのだ。
自分自身が何か悪い事をしてしまったのかと、斗真は重いため息をはいた後、一旦教室へ戻る事にした。
幼馴染との関係は良好だったはずだ。
なのに、何の前触れもなく、たった一日ですべてを失ってしまうとは。
この損害は大きい。
学校生活において、斗真はそこまで友達が多い方ではない為、寂しい日々を過ごさないといけなくなるのだ。
斗真は高校に入学してから基本的に幼馴染とばかり関わっていた事もあって、高校生からできた友達というのも片手で数えるくらいしかいない。
全くいないというわけではないが、教室内には幼馴染しか話せる人がいないという事だ。
その幼馴染から拒絶されてしまったら、本当にこれからどうすればいいのか、表情を暗くしながら真剣に悩んでいた。
斗真が教室に戻り、帰宅の準備をしようと思っていた時――
ん?
教室近くの廊下を歩いている際、いつもの教室内から誰かの気配を感じた。
一瞬、幼馴染かと思ったのだが、教室を覗き込み、よくよく見てみると、それは違ったのである。
「鈴木君だっけ? まだ帰っていなかったんだね」
教室内にいたのは、クラスメイトの神谷涼葉。
彼女は黒髪のポニーテイルの髪型が特徴的だった。
「え、う、うん」
斗真は教室の中に入り、頷く感じに返答した。
「今から帰る感じ?」
涼葉は自身の机の上に座っていたが、教室の床に足をつけ、立っていた。
「そうだけど」
「でも、なんかさ、結構暗い顔をしてない? 何かあった感じ?」
「ま、まあ、そんなところ……」
思えば、今、殆ど会話した事のない涼葉と普通に会話できている。
その事に、斗真は違和感を覚えていた。
「そんなに驚いてどうしたの?」
「俺と、君って殆ど会話した事が無かったよね」
「そうだね。同じクラスになってから、ほぼ初対面みたいな感じだよね。でも、それが何か問題あるの?」
逆に彼女から疑問を抱かれてしまう。
「問題とかではないけど。でも、どうして俺に話しかけてきたのかなって」
「何となくよ」
「何となくで?」
「そう。本当に何となく」
涼葉は一呼吸をおいてから――
「あのさ、鈴木君って、付き合ってる人っているんだっけ?」
彼女は教室の入り口近くにいる斗真の近くまで歩み寄ってくる。
「え? いないよ」
「そうなの? えー、そうなんだ……じゃあ、丁度いいし。私と付き合ってみない? 私も今さ、誰とも付き合っていなくて。誰かと付き合いたいなって。そんな気分だったの」
「なんか、凄くあっさりしてるね」
「まあ、いいじゃん。いないんでしょ?」
「そうだけど……本当に俺でいいの?」
斗真は自分の事を指さしながら聞き返す。
「別にいいよ。まあ、鈴木君の事はさ、付き合いながら知っていけばいいし。ね、それでどうなの? 私は鈴木君と付き合ってもいいよ。あとは鈴木君次第だけどね」
彼女から問われていたのだ。
「……それでいいよ」
斗真は考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
幼馴染の事について、誰かに相談したいという想いもあり、一応承諾したのである。
「じゃ、付き合うってことで!」
涼葉は元気よく返答を返してくれていた。
「そうだ、寄り道していかない? 街中に喫茶店があるし、そこでもいいんだけど。そこで一緒に会話しようよ」
彼女から強引に話を進められていた。
「鈴木君も早く準備して。私は準備万端だし」
涼葉はすでに通学用のリュックを手にしていたのだ。
「わ、分かった。すぐに準備するよ」
斗真は自身の机に向かい、帰宅の準備をする。
幼馴染からフラれた直後から、新しい子と付き合う事になるとは思ってもおらず、少々動揺していた。
斗真は通学用のリュックに課題などを詰めると、それを背負う。
「さ、帰ろ。私が知ってる喫茶店を紹介するね」
涼葉は、斗真の背後から肩を押しながら、校舎の昇降口まで移動する。
そこで外履きに履き替えた後、二人は学校を後にするのだった。