ルームメイトは私が聖女と嘘をつく
「聖女様候補ですか? この子ですよ」
聖女の証を持つルームメイト、ヴィネットは涼やかな声で嘘をついた。
「は!? いや、違っ――こっちです! こっち!」
慌てて否定しても、彼女はにこにことした笑みを崩さない。
「ふふ。クロエったら何言ってるの?」
「それは私のセリフだよ!?」
一旦二人きりにしてもらって、私はヴィネットに詰め寄った。
背の高い彼女をぐっと見上げる。綺麗なブロンドが揺れ、宝石みたいな緑の目がぱちりと瞬きをした。
「あんな嘘ついて一体どういうつもりなの!?」
「だって、クロエは私の聖女様だもの」
「いつもの冗談を持ってこない!」
思わず上げた声に、彼女はくすくす笑う。
「でも、聖女になりたいって言ってたでしょ?」
「そりゃあ、憧れてたけど……私には聖紋、ないし」
そう、聖女になりたくても、その証――聖紋がなければ無理だし、それは望んで得られる物じゃない。
「それでも、クロエならなれるって言ったら?」
「どういうこと?」
私の疑問に、彼女はにこりと微笑んで目を伏せた。
「私は聖紋を持ってるから、聖女という役割から逃げられない。けど――」
するりと手袋を外して、私の手を取る。
珍しい五重の聖紋が刻まれた右手が、包み込むように重なり、ぎゅっと握られた。
「僕は、聖女を守る騎士になりたいんだよね」
「――え?」
聞いたことのない、低く力のある声がした。口調もまるで、男性みたいだ。
手を見る。指は細くて長いけど。私のよりずっと大きくて、力強い。
ううん、私は彼女を一番よく知ってる。そんなはずないと言い聞かせて顔を上げる。ほら、いつもと同じ色の瞳……なのに、なんだか違って見える。
「あの。ヴィネット?」
「うん?」
「えっと、その。声、どうしたの?」
ヴィネットはぱちりと瞬きをして、少し困ったように笑った。
「もっと大事なこと言ったんだけど……うん。こっちが僕の本当の声だよ」
「本当の、声」
「うん」
言葉が出てこない。ヴィネットが男性? ってことは、これまでルームメイトとして過ごした日々は……?
待って。すっごく恥ずかしい。今すぐ逃げたい。逃げられない。
「騙しててごめん。でも、この事実は前代未聞だし、僕の本意でもない」
頬が熱い。だけど、その声は今まで通り優しくて、嫌いになれない。
「この嘘が僕の望みで、最適解だ。だからクロエ」
きっと見抜かれてる。だからヴィネットは手を放さず。静かな声で私の思考にトドメを刺した。
「僕の代わりに聖女になって?」
クロエは前代未聞と思ってるけど、記録が真実とは限らないとか。
きっと彼女達が知らない真実がこれからドンドコ出てくる。
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