02. 魔族の少女
洞窟を後にし数時間、私は魔界へと足を踏み入れていた。魔界は人間界とは違い魔物たちの瘴気により、常に霧がかかっていて陽の光は余り地上へと届かない。そんな霧によって視界は悪く、昼でも薄暗く魔物たちが徘徊している魔界は身を隠すには最適な場所だった。
私は魔界の奥へと進んでいくとやがて村があったような跡地を発見した。魔界にも人間界のように村や街があり、知性を持った魔物たちが暮らしている。ここはそんな魔物達が暮らしていた跡地だろう。
周りを見渡すと倒壊した家のような建物や、地面にこびりついた血や散乱した武器が散らばっていた。状況から察するに、人間との戦争で犠牲になった村の1つなんだろう。
そんな村の跡地を探索していると何者かの気配を察知する。
「そこね」
そう言い建物が倒壊していた場所の瓦礫を蹴り飛ばすと、そこには丸まって震えている1人の少女が居た。
「殺さないで!」
私の顔を見るなりその少女は震える声でそう言った。黒の髪の毛を肩の辺まで伸ばし、黒い瞳の人のような姿をしている物の、耳は尖っており異常に鋭い八重歯が生えている魔族の少女。
姿から見るにこの村に住んでいた者のようだ。
だが私にとって女子供関係なく全世界の者は敵だ、せめて痛みを感じないように殺してやろう。そう考えると私は腰の鞘から剣を抜きその首元へその剣を振るった。
「グォォォオオ!」
しかしその刃が首に到達する直前、耳をつんざくような魔物の叫びが辺りに響き渡った。
後ろを振り返るとそこには鶏の頭と体にしっぽが蛇になった様な奇妙な魔物が私に向かって叫び威嚇をしていた。
この魔物の名前は『バジリスク』。魔界の奴らが戦争用に大量生産した魔物で、知能は無く目に入った人間に襲いかかるだけの生物だ。
バジリスクは私と目が合ったのを察すると私目掛けて一直線に突っ込んでくる。
私は少女に向けていた剣をバジリスクに向け、突っ込んできたバジリスクの首を跳ねる。
首を飛ばされたバジリスクは胴体だけになっても暫く走りそのまま地面に倒れ込んだ。
「興醒めだ、見逃してやるからさっさと消えな」
私はその光景を見ていた少女にそう言った。
殺さないのはただの気まぐれだ。今私が倒したバジリスクは元が鶏だった事もあり意外と美味な食材だ。
私は走り去った少女を後目にバジリスクの胴体をナイフで捌いていく。
別空間から調理道具を取り出し手馴れた手付きでバジリスクを解体していく。皮を剥いだらバジリスクとは名ばかりでただの鶏肉だ。
「フレイム」
周りの材木を集め炎属性の低級魔法で火をつけ、串刺しにしたバジリスクの肉を焼いていく。
やがて、辺りに肉の焼けるいい匂いが漂いバジリスクの肉はただのこんがり肉と化した。
「お前も食うか?」
私は焼けたバジリスクを食べながら瓦礫の後ろから、走り去ったフリをしてずっと様子を伺っていた少女に声をかけた。
少女はそれを聞くと走ってこちらに向かってきた。私は焼けた肉を少女に渡す。
少女は声を上げる事もなく次々と肉をその口に運んで行った。そんな少女の体はよく見ると痩せ細っており、何日も何も食べていなかったのが見て取れた。
「たくさんあるからゆっくり食べなよ、逃げやしないんだから」
笑いながら私がそういうが少女の勢いは止まらない
良く考えれば笑ったのは久々だな、そんな事を考えながらも肉を口に運んだ。
その後も特に会話をする事も無く食事を終えると少女が口を開いた。
「ありがとう…」
さっきまで殺しにかかってきてた奴にありがとうか…変な奴、そんな事を思いつつも私はいえいえと一言だけ伝え魔界の奥へと更に足を進めた。
村の跡地から歩き始めて3時間程、順調に魔界の奥へと進んできていた私だったが一つ気になることがある……アイツがずっと一定間隔を保って着いて来てる。
「なんでずーっと着いてくるの!?」
耐えかねた私は少女にそう言った。そう言われた少女はビクッと身体を震わし木の影に隠れた。
さっきからずっとこれだ、なんで着いてくるって聞いてもすぐ木陰に隠れる…こうなったら。
私は足に力を入れ全速力で走った。その衝撃で辺りの木々が揺れ風が吹き荒れる、全速力の私に少女が追いつける訳もなく数秒で少女の姿は見えなくなった。
少女には少し悪い事をしたと思ったが、どちみち私と居ても私が殺すから結末は同じだ。
それから更に歩くこと1時間、辺りは真っ暗になり夜になったことを告げていた。私は焚き火を起こし別空間から取り出した寝袋で眠りにつく事にした。
敵察知のスキルを常にオンにしているので、魔物だらけの所で無防備に寝ていてもすぐに気づくことが出来る。それにこの辺に私に傷を付けれる魔物はそうそういない。
眠りについてから数分、遥か遠くの方からかすかに叫び声が聞こえる。私は声のする方に目をやった。
「千里眼」
私のスキル『千里眼』は辺りが真っ暗だろうが霧がかっていようが、どんな状況でも数キロ離れた場所が目視できる便利スキルだ。
スキルを発動させた私の目に飛び込んできたのは先程の少女が魔王軍であろう魔物に追われる姿であった。
千里眼で状況を確認した私だったが再び眠りにつく事にした。あの少女がどうなろうが私の知った事では無い、遅かれ早かれ死ぬ運命だ。
そんな事を考えながら眠ろうとするが私の脳裏からは、久しぶりに笑いながら食べた先程の食事の光景が蘇る。そういや名前すら聞いてなかったな…。
そんなことを考えながら眠りにつこうとしたが、思考とは裏腹に体は既に動いていた。
千里眼で状況を確認しつつ全速力で少女の元へと駆ける、少女は今魔王軍に捕まりその細い腕を掴まれ連行されようとしていた。恐らくあの人型の形状に筋肉質な緑の肌の魔物は『オーク』と呼ばれる豚と人間のハーフのような魔物だ。
「ぐはっ!」
私は腕を掴んでいた魔王軍のオークの顔面を蹴り飛ばす。蹴られたオークはそのまま木々をなぎ倒しながらぶっ飛んで行き姿が見えなくなった。
「大丈夫か?」
少女に対し私がそう言うと、少女は泣きそうな顔を浮かべながら頷いた。
「何しやがるてめぇ!」
仲間が蹴り飛ばされ頭に血が上ったオーク共はそう言うと、自信が持っていたハンマーのような武器を構えた。
少女を見るのに集中していて数まで見ていなかったが、まだあと15匹ほどいるようだ。
「面倒だな、消し飛べ『火炎』」
私が魔法を唱えるとオーク達の足元から火柱が発生し、オーク達を一斉に飲み込んだ。炎属性の中級魔法だが私が加減せず使うと、その威力は上級魔法をも凌ぐ物となる。
オーク達は声を上げるまもなく跡形もなく焼け死に消え去った。
「うぅぁぁぁあ!ありがどう゛!」
オーク達を消し去り振り向くと少女は泣きながら私に抱きついてきた。
「泣くな泣くな、もう大丈夫だ」
私はそう言い少女を抱き抱えると先程まで暖を取っていた場所へと走った。
焚き火を焚いていた場所へと戻り、少女を落ち着かせると少女は再び私にお礼を言ってきた。
「君そう言えば名前は?私はニーナ」
「ヤト…」
私がそう聞くと少女は一言だけそう言った。ヤトと名乗ったその少女はしばらくするとその過去を語り始めた。
村が人間達に襲われた事、目の前で勇者の手によって父と母が殺された事を語るヤトの目には憎悪が宿っていた。
「私もその勇者の一族だぞ」
「ッツ!?」
私がそう言うとヤトは動揺したのか立ち上がり、その憎しみのこもった目で私を睨み付けた。だが、しばらくするとその目から憎しみは消え彼女は再び地面に座った。
「私を殺したいか?」
「…ニーナは優しいからそんな事は思わない。さっきは少し動揺しただけ…」
ヤトはそう言いしばらくすると、疲れていたのかそのまま眠りについた。
厄介な子を引き受けてしまったものだ。そんな事を思いつつもその子に対しての殺意は私からは既に消えていた。
「まぁ、こんな小さい子殺しても胸糞悪いだけだからな…」
そうボソッと呟くと私は眠りについた。
こうして成り行きとは言えパーティーメンバーが1人増え少し賑やかになった。だがこの時このヤトと言う少女が私の運命を大きく変えることになるとは、この時はまだ想像すらしていなかった。