01. 動き始める一族
私が人類の敵となり半年程、私は今魔界と人間界の間に存在する森に身を置いていた。
この森はただの森では無く魔界側からの瘴気により、薄く霧がかかっておりその森の奥深くには洞窟が存在する。人間側の追跡者はもちろん魔界の者達にもこの洞窟の場所はまだバレていない。
そしてこの洞窟の入り口には入ろうとする生物を拒む特殊な結界の様な物が貼られており、私以外の侵入者が偶然でも入り込むことを防いでいた。ただ例外もあり私のように結界を無効化するスキルを持っている者が現れると話は変わってくる。だが結界を無条件で無効化出来るスキルの持ち主は全世界探し回っても私ぐらいの物だろう、つまりこの洞窟は私にとって鉄壁の要塞なのだ。
私はその洞窟内で着々と復讐の準備を進めていた。武器の整備や、スキルの精度を高める修行は勿論、人類側と魔界の情報収集等を内密に誰にも気づかれる事がないように集め回っていた。1度だけ見つかって魔王軍と勇者が攻めてきたことがあったが全員殺したので問題は無いだろう。
そして、いつもの様に情報収集を終え森へと帰還した私だったがいつもとは違う違和感に気付く。
「『勇者』か…」
森の奥から勇者数名の気配を感じとった私はすぐさま、敵探知のスキルを発動させ敵の人数を感知する。スキルによると敵の数は5名で恐らく全員勇者のようだ。何処かから私がここに居ることを嗅ぎつけたのだろう、サクッと全員殺して証拠隠滅だ。
森の静寂を切り裂くように私は突進した。異変を察知した五人の勇者たちは背中合わせに陣を組み、彼女を迎え撃つ。彼女の視線は、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。
「き、来たぞ!」
一直線に突き進んでくる私に気付いた1人が声を上げると、全員が彼女の方向を見て各々が武器を構えた。だが遅い、私はその勢いのまま突っ込み勇者の1人の首にすれ違い様に剣を振るった。
しかし、その刃が敵に当たる事は無く直前で別の者が私の刃を防いでいた。
「躊躇が無いなニーナよ、凶暴に育ちよって」
「…先生」
私の剣を防ぎそんな事を言ってきた男はかつてニーナに『勇者』としての修行を付けてくれた先生だった。
グレイ・ミネルヴァと呼ばれるソイツは当時、訓練という建前で女だった私に手加減することなく木刀を振るい、他の勇者候補達の見世物にしていたサイコ野郎だ。
だが、勇者としての実力は確かな物で修行を付けるだけあって他の勇者達とは頭1つ抜けた実力を持っていた。
「お前と交渉しに来たんだニーナ」
「黙れ死ね」
そんな事を言うグレイからは確かに敵意を感じなかった。だが、私からすればそんなものはどうでもいい
私はそう言い放つと再び剣を構え、グレイの喉元へとその剣を伸ばした。
「交渉は厳しそうだな、ならあの時の様にまたいじめてやろう」
そう言い自身の剣を構えるグレイ。剣を構えた途端気配が代わり隙が完全に無くなる
私は剣をそのままグレイの胴元目掛け横に一閃、しかし寸前で防ぐグレイ。勇者達に武を教えるだけはあって一筋縄では行かない。
「もっと本気で来い、魔王を倒した剣はそんなもんか?」
そんな事を言い安い挑発をかけてくるグレイ、周りの4人の勇者も剣を構え私の周りを囲っていた。
「いいよ乗ってあげる、その安い挑発に」
私はそう言い空中に別の空間をを出現させその中から一振の剣を取り出した。
この空間は私のスキルによるもので、この中に武器や道具を収納し好きな時に取り出せるという便利スキルだ。
収納出来る物のスペースはほぼ無限だが人等の命を持つものは収納できない。
別空間から私が取り出した剣の名は聖剣『アロンダイト』
その昔、魔王軍200体の進軍をたった一人で食い止め『英雄』と呼ばれた勇者が使っていた伝説の聖剣で白く輝く純白の退魔の剣だ。
この聖剣はその戦いで勇者と共に散り、ボロボロになって各地に散らばっていたのを私が回収し修復したもので、今は復讐のために用意した武器の一員となっている。私の持つ武器たちの中でも両手で持たないと振り回せない程の重さを誇る大剣だが、力技が好きな私はこの剣を大変気に入っていた。
私がアロンダイトを構えると場の雰囲気が変わり、それを感じ取った周りの4人の勇者が先に飛びかかってきた。
だが気付いた時にはもう遅い、私はアロンダイトを両手で握り横に一閃。
私の流れるような太刀筋は4人には捉えることは叶わず気付いた頃には頭が宙を舞い鮮血が辺り一体に散らばっていた。
「で、本当に本気出していいのか?」
私がそう言い放つとグレイの表情は先程までのニヤケ面とは違い緊張感のある真剣な顔をしていた。
情けない男だ、こんなヤツらが『勇者』を名乗っているのだからやはりこの世界は腐っている。
「お前を『ミネルヴァ家』は血眼になって追っている。序列上位者も直ぐにお前の事を殺しにくるだろう」
そう言うグレイだったが、私からすれば予想通りの事だった。
『ミネルヴァ家』の一族には序列と言う物が存在する。この一族から出荷される『勇者』はこの序列外の勇者のみで、一族の中でも実力のある者は『序列』という称号を与えられ売り払われる事は無くミネルヴァ家で永住する権利を与えられる。
その序列は1~10位まであり実力でその順位は変動し、上に行けば行くほど強く『ミネルヴァ家』の中でも強い発言力を持つ。
ミネルヴァ家当主により直々に与えられるその序列を持った勇者の力は、一国の戦力をも凌駕し一族の力を誇示する役割も担っている。
彼らからすれば魔王の討伐などはいつでも達成出来るものであったが、争いが起これば起こる程この一族からすれば儲けが増えるだけで得でしか無いので放置していたのだ。
そんな中独断で魔王を討伐した私の事を鬱陶しく思うのは当然の事であろう。
そしてグレイの言う事によるとその序列持ちの勇者達が私を狙って遂に動き出したというのだ。
一族からすれば私は世界の敵である以前にミネルヴァ家の名を汚した一族の恥晒しだ。血眼で殺しにかかるのも当然の道理だろう。
「全員返り討ちにしてやるから安心してお前は逝け」
「はなから交渉はやっぱり無理だったか…当主によろしく」
そう言い残したグレイの喉元に私は一直線に刃を振るった。
グレイはガードをすることもなく、死を受け入れるように私のアロンダイトを受け入れた。
大人数だろうが相手が勇者だろうが、見え透いた挑発をしようが全てを真っ向から叩き潰す。これこそが『ニーナ・ミネルヴァ』、世界の敵と呼ばれる彼女の実力だ。
「…潜伏する場所変えないとなぁ」
グレイが来たということは私の潜伏先は一族に完全にバレたと考えていいだろう。序列持ちの中には厄介なスキルを持つもの達もいる、ここは大人しく別の潜伏先を探すのが先決だろう。
そう考えた私は洞窟内の荷物を全て別空間へと移しその場所を後にした。
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人間界の真ん中に位置する大都市『グリモワール』
人間界で1番広大な土地と戦力を持つ国で、この国の頂点に君臨する者こそミネルヴァ家5代目当主兼グリモワール国王『テセウス・ミネルヴァ』だ。
ニーナが洞窟から移動を開始した頃ミネルヴァ家では一族会議が開かれていた。当主の声によって集められたのは序列持ちの勇者達。一族での会議で決定したのは『ニーナを殺した者に次期当主の座を確約する』と言ったものだった。
これによりニーナを殺す事に興味のなかった者達や、やる気すら無かった者達もニーナを殺すために動き出した。
「出来損ないの妹の様子見にでも行こうかな」
そんな中、そう言い1番最初にグリモワールから出発した勇者は『ニール・ミネルヴァ』。ニーナの実の兄であり彼女と同じ金髪と、ニーナがまだ勇者だった頃の鮮やかな青の瞳を持っている。そんな彼は序列2位の勇者で数々の逸話を残した伝説の勇者だ。
着いてこようとする部下達を制止すると彼はグリモワールを後にした。
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