ラブ4
今度はネコ?
王子は後ろからのぞきこみました。
――みゃあ。
姫の膝の上にネコがいました。それも生まれてまもない、小さな小さなネコです。ガリガリに痩せた茶トラです。
母ネコに捨てられたのでしょうか。目ヤニだらけで目がふさがっています。どこかケガをしたのか、前足には血がこびりついたうえに、泥だらけです。
侍女が汚れる、というもの無理はありません。
「捨てられちゃったのかな?」
王子が言いました。
「たぶんそうです」
姫が言いました。
「連れて帰ろうか。洗ってあげよう。ミルクもあげよう」
姫がぱっと顔を上げました。
「いいのですか?」
「放っておけないだろう?」
姫は恥ずかしそうに、うなずきました。
かわいいなあ。
ネコもだけど、姫も。
――みゃあ。
「あらあ!」
なんと、バラの木の影からもう1匹出てきました。こっちはキジトラです。やっぱり目ヤニで目がふさがって、ガリガリです。
「おやおや、兄弟かな」
こっちは王子が抱き上げました。
「まだいるかな?」
バラの木の奥をのぞいて見ましたが、もういないようです。
「じゃあ、連れていこうか」
「はい」
姫はネコを抱っこして、とことこと王子についてきます。
なんだか、壁がなくなった気がします。
王子の部屋に、お湯を用意してもらって、ふたりでいっしょにネコを洗いました。ふきんでていねいに目をぬぐってやると、きれいな青い瞳があらわれました。
「まあ、きれい」
「ほんとだ」
ふたりは目を合わせて笑いました。
茶トラのほうは、前足にひっかき傷がありましたが、かすり傷程度です。きれいに洗ってあげたので、そのうちに治るでしょう。
すっかりきれいになると、痩せたあばら骨が気になります。
温めたミルクを、お皿に入れて出すと、二匹ともすごい勢いでゴクゴクと飲みほしてしまいました。
「よかった。元気そうだ」
「ええ、ほんとうに」
「きっとすぐに太るよ」
姫はとってもうれしそうです。王子もうれしくなりました。
「……よかった。きみが笑ってくれて」
姫が王子を見つめます。
「わたし、笑っていませんでしたか?」
「いや、笑っていたけど。ちょっと元気がなかったかな? なにか、気になることがあった?」
聞くのはこわいけれど、今しかない。
王子はそう思いました。もし好きな人が忘れられないとしても、どうしようもない。我慢してもらうしかないのだが、それでもなるべく姫が負担にならないようにしてあげよう。
自分にできるのはそれしかないから。
悲痛な覚悟です。無駄ですが。
姫も今しかないと思いました。好きな人が忘れられないのなら、ゆるされるなら側妃に迎えればいい。そう言おうと思いました。
胸がズキズキしますが。無駄ですが。
「わたしがお嫁さんでよかったのですか」
姫はがんばりました。今まで生きてきた中で、いちばんがんばったかもしれません。
王子は飛び上がるほど驚きました。
そんなことは、一度も思ったことがありません。それどころか姫が来てくれて、ほんとうにうれしいと思っていたのです。
「……どうしてそう思うの?」
姫はうつむいてしまいました。
「……もしかして、誰か忘れられない人がいるのかと」
「まさか! そんな人はいないよ!」
どうして姫はそんなことを思ったんだろう。自分のなにがそう思わせてしまったんだろう。王子は情けなくなってしまいました。
「そうなの?」
姫は茶トラのしっぽをぎゅうぎゅう握りながら言いました。
「そうだよ。きみが来てくれてほんとうにうれしいんだ。ああ、でも…」
え? でも? でも、なんだろう。
「きみがあんまりすてきなレディになっていたから、ちょっとびっくりしちゃって。いや、子どものままじゃないってわかってはいたんだ。もうりっぱなおとなになっているんだって。でも、想像以上にきれいだったし、すてきだったし。話すのも緊張しちゃって。ぎこちなくなったのはあやまるよ」
ええ、どうしよう。すてきとかきれいとか言われちゃった。
「そ、そ、そうだったのね」
姫があんまりしっぽを握るから、茶トラにシャーされました。
でも、よかった。側妃は迎えなくていいみたい。
「きみこそ、誰か想う人がいたんじゃないの?」
え? 今度は姫がびっくりする番です。
「な、な、な、なんで」
「その人を思い出して、悲しくなっているのかなと思って」
「まさか! そんな人はいませんよ! ただ……」
「……ただ?」
「殿下があんまりすてきな男の人になっていたから、びっくりしちゃって……」
「え? ぼく? すてき?」
「は、はい。緊張したんです」
姫は真っ赤になってうつむいてしまいました。
おんなじ会話、くり返します?
侍女も侍従もメイドも思いました。
「そっか、そうか! よかった!」
王子は満面の笑みを浮かべました。
「わ、わたしもよかったです」
ふたりの間に、ほわんとした空気が漂いました。
「今度のバカンスは、あの湖に行こう? そしてまたニジマスを釣ろう?」
「は、はい! たくさん釣ってたくさん食べましょうね、殿下!」
「……名前、名前を呼んでほしいな。殿下じゃなくて」
王子が言いました。姫の目がまん丸になりました。……いいのかしら。
「……ア、アンソニーさま?」
「ふふっ。なんで疑問形? あと『さま』はいらない」
「ア、アンソニー」
王子は満足そうです。
「うん、キャロライン、キャリーって呼んでもいい?」
ひゃあーーー。キャリーって呼ばれた!
「は、はい。もちろん」
それって、今? 結婚当初に言っておくことじゃない? もう半年もたっているのに。
一同は思いました。
――みゃあ。
ネコも思ったみたいです。
あれから一か月。アンソニーとキャリーはようやく遠慮なくラブラブしています。
2匹のネコもふたりの元で元気に暮らしています。
おしまい