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ラブ1


 とある王国に3人の王子がいました。いちばん上の王子は21才。次の国王になる王太子です。去年、公爵家のご令嬢と結婚して、ラブラブの新婚です。

 生まれたときには、王さまと王妃さまはもちろん、国中が待望の王子誕生に湧きました。お祝いのお祭りは、10日間も続きました。


 みんなにかわいがられ、大事にされ、でも王太子にふさわしいようにきびしく育てられました。元々まじめな性格でしたから、みんなの期待に沿って、りっぱな王太子になりました。

 

 2番目の王子は20才。ふたり目の王子誕生に、みんな喜びました。でも去年の王太子誕生で散々大騒ぎしたので、今年は適当でいいかと思いました。

 王太子を、ゆくゆくは王さまを補佐するようにそこそこきびしい教育を受けました。


 3番目の王子は16才。すこし年の離れた末っ子の王子は、みんなにとってもとっても甘やかされて、かわいがられました。

 ゆくゆくは王さまの補佐の補佐です。2番目の王子よりもゆるゆるな教育を受けました。


 真ん中の子がおざなりになるのは、いつの世もどこの世界もいっしょ。

 王太子としての期待を背負った1番目の王子と、みんなにかわいがられる年の離れた末の王子の間で、2番目の王子は空気を読んでその場に対応できるこなれた子どもになりました。


 決して蔑ろにされているわけじゃありません。食事は親子5人そろってしますし、着るものだって王太子とおなじように誂えてもらっています。

 王さまも王妃さまも無視しているわけじゃありません。

 

 でも王太子にかける期待は特別。どうしたって時間も手間もかかります。

 3番目の王子も、まだまだ小さくて「おとうさま、おかあさま」と呼ばれれば「どれどれ、どうしたの?」と駆けつけます。


 おとうさまもおかあさまも、忙しそうだな。

 2番目の王子は、話したいことがあっても我慢しました。だんだんそれがあたりまえになりました。


 でも。

 その隙をねらうことを覚えました。大人の機嫌のいいときをねらい定めて話しかけるのです。

 そうすれば、王さまも王妃さまも、そのほかの誰もがちゃんと話を聞いてくれました。


 兄が叱られたことはしない。弟みたいにわがままを言って大人を困らせない。

 典型的な真ん中の子どものできあがりです。

 

 3人とも王さまの血を受け継いで、まじめな性格です。そこそこの教育でも、ゆるゆるな教育でも、ちゃんとりっぱな王子になりました。

 しかもそろって金髪碧眼で見目麗しい。王さまと4人ならぶと圧巻の美しさです。


 王妃さまが言います。

「やあねぇ。わたしがかすんじゃうわ。すこし髪の毛をボサボサにしなさいよ」

 自分で生んだのに、ひどい言い草です。

「そんな心配はいりません。母上は美しいですよ」

 王太子が言います。

「そうだよ。かすんじゃうのはぼくらだよ」

 3番目の王子が言います。

 2番目の王子は考えます。

 同じことを言っても、母上は喜ばないだろうな。

「母上は、ぼくたちだけじゃなく、国民みんなのあこがれなんですから」

 これで、いいだろうか。


「まあ、3人ともうれしいことを言ってくれるのね。ありがとう」

 王妃さまはにっこりと笑いました。

 よかった。合ってたようだ。



 ある日王さまが2番目の王子に言いました。

「おまえのお嫁さんが決まったよ」


 お嫁さん。

 ぼくのお嫁さん?


「隣国の王女さまだ」

「ほら、あなた仲がよかったじゃない」

 王妃さまが言いました。


 王子の脳裏に、あの夏のバカンスが浮かびました。


 この王国と隣国はとても良好な関係です。王さま同士も王妃さま同士も大変仲良しです。

 あまり会うことはできませんが、手紙のやり取りはよくしています。王国の名物を贈ったり贈られたり。


 そして一度だけいっしょにバカンスを過ごしたことがありました。

 国境の大きな湖のほとりにある保養所で、両家の一同が集まったのです。2番目の王子は9才でした。


 隣国の子どもたちは、王子がふたり、そして末っ子は8才のお姫さまでした。こちらも年の離れた末っ子です。とってもとってもかわいがられていました。

 女の子に縁のなかった3人の王子たちも、この姫をとってもとってもかわいがりました。


 この姫は、ほんとうにかわいらしかったのです。ふわふわでくるくるの明るい栗色の髪に、ペリドットのような澄んだ若草色の瞳をしていました。とろりとした白いミルクのようなほっぺは、真ん中がふわんと桃色で、ぱくっとかぶりついたら、さそかしおいしかろう。そんなかんじでした。


 でもそんなことをしたら、姫はびっくりして泣いてしまうだろう。

 2番目の王子は、そうしたいのをすごく我慢しました。


 王子たちはみんな、とても彼女を大事にかわいがったのです。

 でも、王子という立場から解放された少年たちは浮かれてしまいました。

 ふだんならゆるされない遊びも、ここではゆるされたのです。


 水遊びに魚釣り、馬で遠乗り。カブトムシを捕まえたり。水辺に用意してもらった長いすで、だらしなく昼寝をしても誰も文句を言いません。

 みんな遊びに夢中になって、すっかり姫のことを忘れてしまいました。


 姫は、水着になって泳ぐなんてさせてもらえません。せいぜい少しだけスカートを持ち上げて、足を水に浸すくらいです。

 みんなで魚釣りをしているときは、木陰のベンチで侍女といっしょに本を読んでいました。


 2番目の王子は、はっとしました。

 あの子は楽しんでいるだろうか。

 もしかして楽しいのは自分たちだけで、彼女は楽しくないんじゃないだろうか。

 だから、王子は姫に声をかけました。

「いっしょにボートに乗ろうよ」

 手を差し出したら、姫はうれしそうにその手を取ったのです。


 漕ぐのは侍従です。9才の王子にはボートを漕ぐのはむずかしかしいことでした。

 自分で漕げたら、カッコよかったのにな。

 次に会うときには、必ず自分で漕いでやろう。王子はそう決心しました。


「あっ、魚が泳いでいる」

 姫は目をキラキラさせて、王子に笑いかけました。

「つ、釣りもしてみる?」

「うん!」

 次の日、姫は王子たちに混じって釣りをしました。2番目の王子は、姫につきっきりで、餌のミミズをつけてやったり、竿を上げてやったりしました。

 姫は結構大きいニジマスをつり上げました。

 料理人がバターで焼いてくれたニジマスを、姫は「おいしい!」とたくさん食べました。食べ過ぎておなかを痛くしてしまいました。


 心配は心配でしたが、そんなところもかわいいな、と王子は思ったのでした。


 それから森へ行って、ドングリを拾ったり、きれいな花を摘んだりしました。

 ドングリは侍従が日なたで干してくれました。翌日に見たら、丸い穴があいていました。きのうはなかったのに。

 侍従に聞いたら「どうしてでしょうね」と笑って教えてくれませんでした。

 そこから、幼虫が出てくるのだと知ったのは、次の年でした。


 花は姫が押し花にしました。

 読んでいた本に、薄紙に包んではさみました。

「できたら、送るわね」

 姫はそう言いました。


 翌月、しおりになった押し花が王子のところへ送られてきました。

 あれはどこにいっただろう。たしか、デスクの一番上の引き出しにしまったはず。さがしてみよう。なにかの下敷きになっているかもしれない。

 2番目の王子は久しぶりに思い出しました。


 彼女がぼくのお嫁さんになるのか。

 なんだか、こそばゆいです。


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