ボールから逃げない練習
アパートの前の駐車場。
カラーコーンで作られたサッカーゴール。
その前に私は立っていた。
今日は初めてのサッカー練習。
まあみゆちゃんが相手だし、PKだからゴール前から動くこともない。
今日は気楽な練習だ。
「おじょうさまー!頑張ってくださいねー!」
フランが応援してくれている。
「うん!頑張るよー!」
私は手を振って答えた。
「……?」
小鳥を見るとなんか怪しげに笑っている。
擬音で表すとくっくっくって感じに。
今は笑うところあるかな?
思い出し笑いだろうか。
でも今注目すべきは対戦相手のみゆちゃんだろう。
みゆちゃんは真剣な目でサッカーボールを見ていた。
「ではこれよりゴールキーパー練習を始めます!」
フランがホイッスルを吹く。
今のフランは選手兼コーチ。
サングラスをかけてコーチらしさをプラスしていた。
「10回中7回ゴールでみゆ様の勝利です!
お嬢様は負けたらランニングなので、頑張ってくださいね!」
そんなの聞いてない。
「え!?さっきランニングしたばっかりだよ!」
「夕方にもう一周してもらいます!」
「えー……」
絶対に負けたくない……。
みゆちゃんには悪いけど、手加減はできなくなった。
「それとみゆ様はお嬢様へのハンデがあります。
お嬢様の腰より高くは蹴らないでくださいね!」
「うん、だいじょうぶ」
あれ?私に有利なハンデでいいの?
大学生と小学生だよ。
さすがにそれは甘く見すぎてない?
「フラン、本当にハンデ貰っていいの?
ふつう逆じゃない?」
「……?当然のハンデですよ?」
フランは心の底から私にハンデが必要だと思っているようだった。
まぁランニングしないで済むなら、私はそれでいいけど。
「ではお嬢様、1回目の挑戦です。
みゆ様、どうぞ。」
ホイッスルが鳴った。
ゴールは大きい。
でもちゃんとみゆちゃんの動きを見てれば……。
ぽすっ
軽い音のあと、コロコロと転がってくるボール。
私は難なくそれを受け止めた。
「……」
思ったよりもずっと弱い。
まあでも女子小学生なんてこんなものだよね。
実はすごいのかも……とか思ったけど杞憂だったみたいだ。
ボールを転がして返す。
周りを見ると、フランの表情は変わっていない。
小鳥は俯いて私の方を見ていない。
「つぎ」
それだけ言うともう一度みゆちゃんはボールを蹴った。
今回も軽い音。
2回目だけで無く、3回目もコロコロとしたボール。
あっという間にみゆちゃんは後が無くなった。
(……これって勝っていいのかな。)
なんか小学生相手に完全勝利って大人としてカッコ悪い気がする。
でもあのコロコロボールを拾えない振りするのもみゆちゃん傷つけちゃうよね……。
思った方向と違うけど、考えること多い……。
「つぎ」
そう言ってみゆちゃんはボールを蹴る体勢になった。
とりあえず拾う準備を……。
「おいバカ!しゃがむな!!」
「……へ?」
バスンと音がして、顔の真横を鋭くボールが掠めた。
「え?」
周りを見る。
足を振り切るみゆちゃんが見えた。
「え?何が起きたの?」
みゆちゃんに聞いてみる。
「ハンデあげたの。ボールはやくとって?」
言われるがままにボールを転がす。
まだ理解が追いつかない。
めっちゃ早かったんだけど。
あれ取るの?
無理だよ?
「フラン。タイム。」
「タイムは無しです。」
「じゃあギブ。」
「ギブも無しです。」
今日のフランは無慈悲だった。
「つぎ」
みゆちゃんはそれだけ言うと蹴る準備を始めた。
バスンと音を立ててボールはゴールへと飛び込んだ。
「おいバカ!逃げんな!!」
小鳥が野次を飛ばしてくる。
私はみゆちゃんが蹴った瞬間にゴールの外に向けて駆け出していた。
「だって!当たったら骨折れるかも!」
「折れねえよ!」
小鳥は私の脆さを知らないからそんなこと言えるんだ!
「みゆちゃん、つぎは手加減してくれるよね……?」
「みゆ様、手加減したら練習になりません。
全力でお願いします。」
フランはニコッと笑って鬼のようなことを言った。
やっぱり昨日のことすごく怒ってる……?
なんか今日厳しくない……?
「お嬢様。早くボール転がしてください。」
「うぅ……」
みゆちゃんに向けてボールを転がす。
みゆちゃんは綺麗にトラップして、ボールを定位置にセットした。
「それとお嬢様?次に逃げたら怒りますからね。」
フランがこわい……。
「お嬢様。怖がらないで、力を抜いてください。
今日はボールを弾くだけでいいです。
ボールをよく見てください。」
「いくよ」
そうは言うけどボールが怖い。
なんで私はゴールキーパーになるなんて、言っちゃったんだろう。
ボールが真っ直ぐ私に向かってくるのが見えた。
咄嗟に避けようとしたが間に合わない。
ボールは私の足に当たって弾かれた。
「痛いっ!……けど折れてない?」
「そう簡単に折れねえって。」
「これでお嬢様の勝ちですね。」
フランはそう言ってみゆちゃんの頭を撫でであげていた。
みゆちゃんは負けたけど幸せそうだった。
「お前はボールを怖がり過ぎなんだよ。
とりあえずこれで折れねえって分かったろ?」
小鳥が私に向かって言う。
「……今日のは私にボールを慣れさせる訓練だったの?」
「よく分かったな。バカのくせに。」
勝ったけど釈然としない。
「はぁ。これで分かったでしょ?
私にゴールキーパーは向いてないよ。」
まあでも皆に私の運動音痴っぷりを改めて知ってもらう良い機会だったと思おう。
「あぁそうだな。」
小鳥は一度頷く。
「じゃあ特訓だな。」
え?
「みゆちゃん、次もお願いしていいか?」
「うん。まかせて。」
みゆちゃんがまたボールを蹴る準備をする。
「お嬢様!頑張ってくださいね!」
フランが無邪気に手を振ってくる。
「待って待って!!タイム!!」
「タイムはねぇって。」
その後、1時間ほど特訓は続いた。
私は足でボールを弾けるようになった。
それは確かに今日の成果と言えた。




