初めてのお出かけ
「朝ですよ!お嬢様!」
元気な声が朝を告げる
彼女が来て2日目の朝。
まだ起こされるって感覚には慣れそうにない。
「おはよ。今なんじ……?」
寝ぼけ眼をこすり、時計を見る。
時刻は朝の5時。普段なら絶対に起きない時間。
「……ちょっと早くない?」
「早くないです!急いで急いで!」
そう言いながら彼女が私の身支度を整える。
布団を畳み、私の着替えを用意する。
ちっこいのによくできてる子だ。
私はぼーっとその様子を見守ることしかできなかった。
「昨日でだいたい全部学びましたからね!
今日はお買い物して、明日からが本番です!」
「なにか欲しいものあるの?
買ってあげるから何でも言ってね。」
「まずは服と布団ですね!
お嬢様の服はぶかぶかです!」
まあ身長に差があるからね。
私が160ちょっとで、フランは140センチちょいくらい。
ぶかぶかの服可愛いんだけどなー。
「でもまだどこも開いてないよ?
もうちょっとゆっくりしても良いんじゃないかな。」
「ゆっくりなんて勿体ないです!
おむすびを用意いたしました!
お散歩に出かけましょう!」
見ると机の上にラップで包んだおむすびが置いてあった。
そういえば昨日私が眠りについたとき、この子はまだ起きてた。
今日も私が起きたときにはもう散歩の用意をしていた。
(……この子なりに頑張ってるんだな)
「ありがとね。
でもちょっとだけ準備するから待っててね。」
普段より4時間早い起床。
顔を洗い、1日を始める。
「うーん、涼しい」
2人で河川敷を歩く。
季節は春、この時間だとまだ少し寒いくらいだ。
「お嬢様!見てください!
これがたんぽぽですね!」
フランがたんぽぽの綿毛に近づく。
そしてドキドキした顔で私の方を見る。
「うん、吹いてあげていいよ。」
なんで許可待つんだろう?
でも私を見る目が可愛くて、ついほっこりしてしまう。
「ありがとうございます!」
そして大きく息を吸い、綿毛を吹き飛ばした。
「この星は植物も可愛いですね」
ニコニコと綿毛を見送る。
娘が居たらこんな感じなのかな。
無意識に口元が緩んでしまう。
「あ!もう1つありました!」
とてとてと次のたんぽぽへと走っていく。
「次はお嬢様の番です!」
たんぽぽを私の口元へと近づける。
ふーっと吹くと、たんぽぽはどこかへと散っていく。
たんぽぽを最後に吹いたのはいつだっただろう。
風に運ばれるたんぽぽを見て、なぜだか懐かしい気持ちを感じた。
「そういえば、フランは今何歳なの?」
余命のことばっかりで、今がいくつなのかは聞いてなかった。
「うーん、たしか今は三十周期の途中だったので……。
こちらの惑星時間でいうと約90億歳ですね!」
途方もなさすぎて、なんともいえない。
「でもそれだけ生きてて暇じゃなかったの?」
今の1分1秒を大切に生きている彼女が、どうやって生きてきたのかが気になった。
「暇という概念すらありませんでした。
終わりが無い命だと、感情が希薄になるのですよ。
余命を告げられて初めて悲しいって感情を知りました。」
淡々と彼女の感情について説明してくれる。
「だからお嬢様が抱きしめてくれたとき、すごく嬉しかったんです。安心という感情はお嬢様が最初にくれたプレゼントです!」
そう言ってフランは私の手を握る。
小さいけど暖かい。
「そっか、それなら私も嬉しいな。」
私は緩みそうになる口を抑えて、そうとだけ返した。
「そろそろ朝ご飯にしましょうか!」
ベンチを見つけて、私に座るように促す。
私が座ると、フランはくっつくように横に座った。
「ではお嬢様!召し上がってください!」
そう言うと私の膝の上におむすびを4つ置いた。
フランはニコニコとこちらを見ていて、自分の分を取り出す気配もない。
「あれ?フランの分は?」
「?」
私の質問にもピンと来ていないようで、小首をかしげる。
「あ!そういうことですか!
私は必要ないのですよ!」
フランは胸を張ってそう答えた。
「私は寿命が来るまでは従来通り完璧な生命です。
食事、睡眠、排泄はする必要がないのです。」
それで朝も早かったのか。
ちょっとだけ合点がいった。
「そんなことより朝ご飯です!
お口に合えば嬉しいです!」
そう言って話を切り上げ、早く食べるように促す。
ラップを開き、一口齧る。
「うん!すごく美味しいよ!」
ちょっとだけ心配だったけど、すごく美味しい。
料理なんて初めてだろうに、塩加減もちゃんとしてる。
「執事ですので、料理は任せてください。
頭を撫でてくれてもいいんですよ?」
頭を私に向ける。
頭を撫でると、小さな声できゃーって鳴いた。
お散歩が終われば買い物も待っている。
この可愛い執事さんを喜ばせたい。
私は既にこの子の虜だった。