大人の恋愛を見つめて
実のところ、私は期待していた。
山城さんは27歳。
店長さんは30歳。
そして2人とも私の尊敬する大人だ。
2人の恋愛はきっと、私の恋愛の参考になるだろう。
大人の恋愛。
それをきっと知れるはずだって。
ただ、そんな期待は見事に裏切られた。
「ひゃ、ひゃーーっっ!!!」
店長ちゃんの顔を見るなり、山城さんはすごい速度で駆けていった。
靴を履くこともなく、裸足のまま。
それに服だって、ちょっとはだけてた。
もし誰かに見られたら大惨事。
新手の妖怪だと思われても仕方ない。
でもそんな脱走を、フランも店長ちゃんも許さなかった。
私が反応するよりずっと早く、家を飛び出す2人。
私が呆気に取られてる間に、2人に腕を取られて山城さんは戻ってきた。
「なな、なんで……?
さきせんぱいがここ、ここに……?」
目を白黒させて、山城さんはそう言った。
あまりの衝撃に酔いも覚めたようだ。
顔を青ざめさせながら、逃げようともがいてる。
「メアリが居るんだもん。
ふふっ。ついに見つけたわ。」
「ひゃ、ひゃっ、あぅ。」
店長ちゃんの顎クイ。
効果はばつぐんだ。
山城さんはへなへなと膝をついた。
「これは夢……酔ってるから……。」
足はガタガタで力が入っていない。
それに腕をフランに取られてるから逃げられない。
そんな状況。
詰みを悟った山城さんはついに現実逃避を始めた。
目をつぶり、うわごとのようにそう呟く。
それには店長ちゃんもさすがにため息をついた。
「ねぇメアリ。私には会いたくなかった?」
その言葉に、山城さんは息を飲み込んだ。
そして少し迷って、首を縦に振った。
「メアリお姉様、嘘はだめです。」
「私たち、さっきの話聞いてますよ。」
でも当然だけど、そんな嘘今更通じない。
だって今も好きって聞いたばっかりだもん。
私たちがそういうと、山城さんはうーとひとこと言って俯いてしまった。
「だって、だって……。」
俯きながら、そう何度も繰り返す。
なんでこうも意固地なんだろう。
お互い好きなのは分かってるのに。
山城さんが首を縦に振るだけで終わるのに。
(お互い好きなのに付き合えないなんて……。)
そんなの余りにも悲しい。
「……もう。」
俯く山城さんを見て、店長ちゃんはそう言った。
諦めないで。
どうかもうちょっと頑張って。
私は心の中で何度も応援する。
どうにか2人を付き合わせられないか。
思考はグルグルと回る。
「お嬢様。心配は無用だと思いますよ?」
私の手を握って、フランがそう言った。
でも、ほんとに?
私の目線に、フランはにこりと頷いた。
ふと横を見る。
店長ちゃんは山城さんを見て、一度だけ頷いた。
「えっとね。新入りちゃん。
フランちゃんの目覆ってもらっていい?」
その言葉を聞いて、フランは自ら目を手で覆った。
そして次の瞬間。
「……っ!?」
「!?」
店長ちゃんは山城さんの口を塞いだ。
激しく、濃く。
長い長い10秒。
私は目を逸らすことができなかった。
「……ふぅ。」
唇が離れる。
さっきまでとなにも変わらない。
だけどその顔はなぜだか扇情的に見える。
「……ぇ、ぁ、ぅ」
山城さんは口をパクパクとして、呆気に取られていた。
だ、だってあんなに深いの。
心臓止まっちゃってもおかしくないよ。
「ねぇ。」
店長ちゃんのその言葉に、山城さんは肩を震わせた。
またキスするのかも。
そう思って私も山城さんは店長さんから目が離せない。
「私はメアリのこと好きよ。
メアリは私のこと好き……?」
その手が山城さんの頬を撫でる。
山城さんは観念したのか、潤んだ目で店長ちゃんを見つめた。
「……私、お昼にお外出られないよ。」
「知ってるわ。出会ったのも夜だったもの。」
「……それにすごく目立つよ。」
「知ってるわ。すごく綺麗。」
それだけの会話。
でもたったそれだけで、山城さんはぽろぽろと涙を零した。
大きな身体に見合った大粒の涙。
それはすぐに拭われた。
そして今度は優しいキス。
山城さんは逃げることも拒むこともなく、それを受け入れた。
「ごめんね。ちょっと2人きりにしてもらっていい?」
その言葉に頷いて、お部屋を出る。
これにてミッションコンプリート。
2人はよりを戻すのだろう。
お部屋から出て、フランとハイタッチ。
それで私たちの夜は終わりを迎えた。
めでたしめでたしだ。
そう、めでたしめでたし……。
なんだけど……。
ベッドの中。
フランとのおやすみのちゅーもした。
あとは寝るだけ。
だけど私の中には鮮烈に刻まれた光景があった。
(2人のキス、すごかったな。)
「うー……。」
悶々とした気持ちを抱えたまま、私はフランを抱きしめる。
深いキスはまだだめ。
それがアパートのルール。
だけどどうしても、私はしたくなってしまったのだ。




