鈴のハイテンションドライブ
朝の5時50分。アパートの前。
私も小鳥も少しぼんやりした頭で迎えに来てくれる鈴の車を待つ。
キャンプが楽しみで昨日の夜はあまり寝れなかった。
小鳥も同じみたいで、立ちながら船を漕いでいる。
フランは楽しそうにそんな私たちの写真を撮っていた。
そんな少しぼんやりとした朝から、キャンプの1日は始まった。
6時。待ち合わせ時刻。
鈴の車が到着した。
小鳥が助手席に、私とフランは後部座席に。
席についた途端に、眠気が襲いかかってきた。
キャンプ場までは3時間くらいかかるらしい。
ちょっと寝かせてもらおう。
昨日の夜はウキウキしすぎた……。
車が発進した。
そして……。
『紅だーーーっっっ!!!!!』
「っっ!!???」
鈴の大熱唱で私は叩き起こされた。
「鈴!?ど、どうしたの!?イカれた!??」
「鈴、急にはまじでやめろ!」
小鳥も目が覚めたようだ。
怒りを孕んだ声。
耳元で叫ばれたんだから、手が出なかっただけで褒めてあげたい。
ただ私と小鳥のブーイングを受けても鈴の『紅』は止まらない。
後ろからよく見ると、鈴はヘッドマイクをつけていた。
うるさい。うるさすぎる。
殴ってでも止めたいのに、運転してるのは鈴だからそれもできない。
悪夢のような時間は一曲歌い切るまで続いた。
『いえーい!めっちゃホリデー!!
拍手をよこせーー!!!』
「……ねえ、一回どっか駐車してもらっていい?」
『いいよー!』
車が路肩に止まる。
ふう……。
「ねぇ鈴。運転してくれてありがとね。」
『えへへ。今さらなんだよ。改まってさ。』
まずはちゃんと感謝の意を伝えよう。
鈴は照れるように鼻をかいた。
「それとうとうとしちゃってごめんね。」
『別にいいよー!寝たけりゃ寝なよ!』
次に謝罪の気持ち。
運転してくれてるのに、後ろで寝ちゃおうだなんて。
確かに悪いことをしたかもしれない。
鈴は快く許してくれた。
感謝も謝りたい気持ちもちゃんとある。
それはそれとして。
「小鳥。鈴のこと叩いていいよ。」
「言われなくても。」
べしっ。べしっ。
乾いた音が2回。
それと小さなギャッという声。
「うるさすぎ。周りに迷惑だからまじでやめて。」
「ここら辺、人居ないから大丈夫なのに……。」
「じゃあ耳壊れるから音量下げて。」
「ちぇー。仕方ねえな。」
鈴はそう言ってヘッドマイクを後部座席に投げてきた。
これでひと安心だ。
「でも目ぇ覚めたろ!
えへへ。俺のドライブでお眠りはさせないぜ?」
ふふーんと楽しそうな声で運転再開。
ただまあ目は完全に冴えた。
今さら寝ようだなんて思えない。
「鈴、キャンプ場まではどれくらい?」
「うんにゃ。だいたい3時間くらい!
いや、ぶっちぎれば30分でいける……!!」
「ぶっちぎんな。」
今は時速40キロ。
6倍早く着くなら時速240キロになる。
あまりにも恐ろしい。
「もうっ。鈴お姉様ったらはしゃぎすぎです。」
隣に座ったフランがぷんぷんと頬を膨らませた。
歌うのはいいけど、暴走は駄目。
これ以上ふざけるなら運転を代わるという強い意志を感じる。
「だーいじょーぶ!絶対に事故らないからさ!
フランちゃんは兄弟に餌付けでもしてよ!」
鈴がポイッとなにかを投げてよこした。
魔法瓶?
フランはそれを華麗にキャッチしてみせた。
「鈴お姉様。」
「えへへ。」
フランはその中身がなにかもう分かってるらしい。
呆れた声のあと、ひとつため息をついた。
「まったく……。鈴お姉様はよく分からないです。」
「ほらほら早く早く!朝ごはんまだだろ?」
鈴に急かされるまま、フランは魔法瓶を開けた。
そして車内は妙な匂いに包まれた。
「おい……この匂いは……。」
「えへへー!麻婆豆腐!
あ、小鳥っちの分もあるよ!」
なんで車内で麻婆豆腐?
朝ごはんは嬉しいけど、チョイスが意味不明すぎる。
「あ、おいし。」
「……うまいな。」
スプーンで掬って食べると、絶妙な味。
これが不味かったら文句のひとつも言えるのに。
「ふんふふーん♪僕の名前は麻婆♪
2人合わせてまーぼーどうふ♪」
よく分からない歌を歌ってとっても楽しそう。
だけど……。
キャンプでテンションが上がってるにせよ、さすがにおかしくない?
高校の時だってここまで舞い上がってるところは見たことがない。
「なぁ鈴。なんかいいことでもあったのか?
今日のお前変だぞ。」
私の聞きたかったことを小鳥が代弁してくれた。
「えー!そんなことないよー!
良いことなんてさー……。
えへへ。やっぱり聞いてー!
自慢したい!」
顔を見なくたって、にやにやしてることが伝わってくる。
声に幸せが滲みでていた。
「なにがあったんですか?」
私と小鳥が聞きあぐねているとフランが尋ねてくれた。
一拍。
ただそれだけ言葉を溜めて、蕩けたように。
「このみがね、ちゅーまでなら好きにしてって……。」
ひゃー……。
す、好きにしてかー……。
「え、え、それで??」
「昨日の夜はねー。ずっとしてたの……。」
「ひゃー……。」
わぁ……。
すごい。
そりゃテンションも上がるよ。
「ということで今日の俺は最高潮!
えへへ。楽しいキャンプをしようぜ!」
ハイテンションの理由も納得できた。
納得したならあとは楽しむだけ。
「ねぇ鈴。防音完璧なんだよね。
私も歌っていい?」
「いいよー!」
そして私たちは心機一転、ひたすらに楽しみながらキャンプ場へと向かう。
また眠くなることなんてあるわけがなかった。




